令和2年7月豪雨5ヶ月。被災地の今
令和2年7月4日に熊本県を襲った豪雨では県南の人吉球磨地方、芦北地方を中心に壊滅的な被害を受けました。それから早いもので5ヶ月となり、9月頃までは街中の至る所で積み上げられた汚泥や被災したままの状態の家屋等も見られましたが、現在は人吉市内中心部に関してはある程度の片付けが終わり、既に解体され更地になった場所もあれば修理が終わり営業再開に漕ぎ着けたお店もあり少しずつ復興の兆しも見え始めてきました。
しかし、少し落ち着いてきたことで厳しい現実が見え始めています。この記事では私が現地で肌で感じ、マスコミでは報道されない被災地の、特に地域経済の現状をお伝えしたいと思います。
「なりわい再建支援補助金」に代表される手厚い支援
今回の令和2年7月豪雨において政府には迅速かつ手厚い支援パッケージを創設して頂きました。これは地元選出の国会議員の先生方が被災地の窮状を政府へ素早く伝えて頂いたことにより実現しています。熊本は平成28年の熊本地震の経験もあり大規模な自然災害時における国・県・市町村の連携がスムーズにできる仕組みが出来上がっていることも大きい要因です。今回の支援スキームの代表格が”なりわい再建支援補助金”です。
なりわい再建支援補助金は東日本大震災や熊本地震などの被災地が対象となった「グループ補助金」の改良版で被災企業の迅速な復旧を目指すために複数の企業でグループを組む必要がなくなりました。また、これまでは工場や店舗の施設や設備など不動産が主とした対象となっていましたが、今回は被災地のバスやタクシー、トラックや重機などの特殊車両の多くが水没して廃車処分となってしまったこともあり、事業再開に必要不可欠な車両等に関しても対象となりました。当社「球磨川くだり」も船やクレーン、トラック、送迎用車両の全てが水没しましたので今回の補助金適用範囲の拡大は事業再開を目指すことの大きな後押しとなりました。
手厚い支援があるのに事業の復旧が進まない
繰り返しになりますが「なりわい再建支援補助金」に代表されるように政府からは手厚支援を頂いています。しかし、被災事業所の復旧はまだまだ道半ばどころかスタートラインにも立てていない事業所が多くあります。その要因は様々ありますが代表的な要因として下記があるのではないかと感じています。
それぞれ事情は違いますが、①〜⑤のどれかには当てはまっていることで先に進めない事業所は相当あると推測されます。直接多くの事業者に尋ねたわけではありませんのであくまで私が知り得た範囲での情報ではありますが、そんなに外れているとは思いません。ではそれぞれの項目についてもう少し解説したいと思います。
①ようやく片付けが終わった事業所も少なくない
今回の水害の特徴としてじわじわ浸水したのではなく、一気に濁流が押し寄せたことがあります。被災者の皆さんの多くから「津波のようだった」との声が上がっています。その証拠に当社のラフティングの拠点があり、今回の被災地の中でも群を抜いて悲惨な被害が出てしまった球磨村渡・茶屋地区の写真をご覧ください。もう声を失ってしまうレベルです。
場所によって被災の度合いが大きく違います。ただ、見た目だけでは判断できないのが今回の水害。外観はそんなに損傷していなくても床下を中心に至る所に泥が流れ込んでおり、掻き出す作業だけでも途方もない労力がかかります。また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でボランティアの受け入れ制限によるマンパワー不足があることも被災事業所の営業再開のスピードが鈍化する要因となっています。
②PCや書類が水没によりデータが不明。被害額の算出が出来ない
これは結構知られていない問題です。なりわい再建支援補助金の申請には様々な書類、資料が必要です。施設や設備の復旧を支援する補助金ですので、逆に言えば決算書や固定資産台帳などから公に資産の中身を証明する必要があります。高齢の事業主の方はまだまだ紙だけで管理している方も多く、その他の多くの事業所でもPCにほとんどのデータが入っており、水没したことで全てがダメになってしまいました。バックアップ用の外付けハードディスクやUSBメモリなども同様に使用不能となっていることも見受けられ、それらのデータをどうやって探し出し証明するのか。この点でも申請書類作成の困難さがご理解できると思います。7月11日の記事にも書いた通り、幸いにも当社は全てのデータをクラウド化していましたので事なきを得ましたが、当社のような対策をしていた事業所は稀であり、多くの事業所が苦労しているところです。
③全てが補助対象にならない。それなりの手出しが必要
ここは非常に重要なポイントです。なりわい再建支援補助金の創設が決まった後、知人の経営者からは「これで安心だね。」とか「半年後には営業再開できるかな。」など楽観視する声が多く聞かれ、とても違和感を持った記憶がありました。それはおそらく”施設・設備の復旧を補助”の意味を勘違いされているのだろうと。例えばレストランが被災した場合、建物や高額な厨房設備の復旧費用は補助対象となりますが、食器やグラスなど10万円以下の備品などは対象外となります。復旧費用の全てが補助対象になるのではなく、あくまで補助対象経費として認められたものが3/4の補助を受けることが出来るのです。また、人件費等の運転資金も勿論対象外なので実質的には2/3〜1/2程度の費用削減に繋がると理解すべきなんですね。そこを踏まえての事業再建計画が必要となります。
④復旧工事に入りたいが建設・建築業者が全く足りない
報道等で目にされた方も多いと思いますが、今回の令和2年7月豪雨では過去の水害と比較しても桁違いの被害が出ています。護岸・道路・橋梁などの公共土木被害は熊本地震を上回る規模となっています。そのほかにも農林関連の被害も大きく、地元の土木建設業者の多くが復旧工事に駆り出されており、民間の仕事まで手が回らないのが実情です。
これらは熊本地震発災後も同様の状況が続いていたので十分想定出来たことですが、多くの事業者の皆さんがここまで確保が難しいとは思っていなかったようです。当社の場合は既に8月には知人の熊本市の業者を仮押さえしていたので、現在申請準備を進めている補助金の交付決定通知が届き次第工事に入ることが出来る状況となっています。
尚、地域外の業者が工事の応援に来るにあたり大きな課題があります。それは人吉市内の多くの宿泊施設が被災したことで作業員の皆さんの宿泊場所が足りない状況で、現在は八代市を中心に遠くは宮崎県の小林や都城のビジネスホテルから工事に通っている業者もいるほど。これから本格復旧が始まってくると益々宿泊施設の確保が難しくなってくることが予想出来ます。
⑤そもそも書類の作り方自体がわからない
実はこの書類作成について悩んでいる経営者は多くいます。公的支援ですので様々な書類の作成、資料の添付が求められます。国の補助金のフォーマットは共通するものも多く、これまで補助事業を経験したことがある方ならばある程度の対応ができますが、全く未経験の方にはかなりハードルが高いのが事実。熊本県や商工会議所・商工会が説明会を開催していますし、熊本県のHPには詳しい説明が記載してある「交付要綱、手引き、Q&A」もアップされていますが、書類作成が苦手な方は要綱を読むことも苦手なパターンが多いと感じます。申請するかどうかは自己責任ですが、申請を躊躇う方々はオーナーが高齢だったり、家族経営の零細事業者に多い気がします。様々な業種や規模の事業所が複雑に絡み合って地域経済が形成されていますので単に勉強不足・努力不足で片付けることが出来ないのです。
当社は一般の事業所よりは補助金の申請は慣れているものの、逆に被害は被災企業の中でも甚大だったこともあり作成しなければならない各種書類は膨大なものがあります。熊本地震の際にグループ補助金の申請業務を多く手掛けられた知人の行政書士の先生に書類作成支援をお願いしています。やはりプロの支援があるかどうかでハードルが全く違います。申請作業に苦労している事業者の方は行政書士事務所に相談されると良いかもしれません。ただし注意をしなければならないのが行政書士の中には交付決定額の10%など不当な成功報酬を要求する方もいらっしゃいますので複数の事務所に相談して決めることをお勧めいたします。
被災地の人々が気づき始めた厳しい現実
7月4日の発災後から3ヶ月の9月頃までは皆さん復旧作業に忙殺されていましたし、友人知人を中心としたボランティアの方々が多く訪れていたので地域が程よい緊張感で包まれていました。しかし、10月に入ると街中を覆っていた泥やゴミはほとんど撤去され、自宅や事業所の片付けの目処が立ち日常が戻り始めたことで、それまで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまいました。そこで厳しい現実が見えてきたのです。
被災した事業所の中でも割と被害が軽微だったところは片付けや機材の新調で営業再開に漕ぎ着けることが出来ましたが、大量の泥が流れ込んだり、大きく損壊した施設は片付けのあとは大規模な改修工事が必要となります。また、特殊な設備が必要な施設は発注してもコロナ禍の影響もあり納期に時間がかかることも。そして何より、大規模に被災した多くの事業所が保険や自己資金だけでは再建が難しく「なりわい再建支援補助金」に頼るしかない状況です。そこで先程まで解説した補助金申請のハードルの高さが復興のスピードを鈍化させていることに繋がっています。
インフラ復旧も大切だが、地域経済再建は待ったなし
この記事で最もお伝えしたいことが被災地域経済の厳しい実態です。被災した事業所の中には既に廃業を決めたところもあるし、今後はさらに増えてくることが予想されます。また、住まい・職を失ったことで地域外へ転出した世帯も相当数あると聞いています。事業所・人口双方が減少すれば地域経済が縮小することは当然です。今回の水害では道路、橋梁、鉄道など多くのインフラが失われました。国・県の大規模な支援のもと少しずつ復旧は進んでいますが余りにも被害が甚大なので元通りになるのは長い年月が必要。しかし、経済はこのままでは維持することは不可能。なぜなら収入がないと住民は生活が出来ませんし、企業は存続出来ません。
当社は観光業なのでホテルや旅館をはじめとする観光関連事業の経営者の方々とお会いする機会が多いのですが皆さん本当に苦境に追い込まれています。被災直後は今秋に再開できたらと話す方が多かったのですが、既に冬になろうとしてるにもかかわらずまだ再開の目処が立っていないところがほとんど。最近では早いところで来年のゴールデンウィークに間に合うかどうか、長期化する施設では全面再開まであと1〜2年かかるなどの話も出ている状況です。雇用の維持も難しい状況で雇用調整助成金の特例が期限を迎える来春のタイミングが一つの山場かもしれません。尚、従業員の皆さんは雇用調整助成金や失業保険もありますし、場合によっては転職の選択肢もあります。しかし、経営者は何の支援もなく貯蓄を切り崩して生活するしかありません。それなりに蓄えがある方はどうにか耐えることができますが、そうでない方は既にアルバイトなどをしながら生活を維持している状況です。10月以降はその厳しい現実が経営者のマインドを襲っており、事業再建の意欲が急激に減退している様子をリアルに感じています。このままでは更に多くの事業所が廃業する可能性があります。インフラ復旧より経済復旧を急がななければ! このことを強くお伝えしたいです。
経営再建には業態転換も選択肢に
昨日判明した政府による新たな経済対策のなかに中小企業の業態転換に関して「事業再構築補助金」が創設されると報道がありました。今回のコロナ禍、そして豪雨災害は未曾有の災難ですが、私の経営者仲間内では何にしても訪れていたであろう社会の変化、急激な高齢化・過疎化が5年早く訪れただけだとの認識で一致しています。コロナや水害がキッカケとなり企業に変革を求められているのだと。
当社は人吉市の第3セクターとしてこれまで50年以上に渡って川下り・ラフティングを生業にして事業を営んで参りましたが時代遅れの経営手法・気候変動による自然災害の増加などが要因でコロナ・水害の10年以上前から経営悪化の一途をだったのが実情です。私も一昨年の8月に人吉市より経営再建を依頼され、昨年1月より代表取締役に就任して以来様々な改革を実施しながら事業の立て直しに努めて参りましたが、どれだけ改革を行なっても川に関わる事業だけでは限界があると感じていました。そして訪れたコロナ禍&豪雨災害。借金以外の全てが流れ去ってしまい、本当の意味でこれ以上失うものが無いと断言できるほど何もかもを失いました。被災後の半月ほどは正直途方に暮れ、廃業の方向に気持ちが傾いていました。しかし、自分自身の中で「本当に全てのことをやり尽くしたのだろうか? 限界まで頑張ったのだろうか?」と自問自答したなかで「もう少しだけ頑張ってみよう。何か別の事業にチャレンジして見るのも選択肢では無いだろうか?」との考えが浮かび、現在進めている当社の事業再建計画の中でこれまでの川下り事業とは別の事業を立ち上げ、複合的な観光事業者として再建を目指すことを決めました。
その第一弾として「復興サイクリングツアー」の準備を開始しました。詳細については後日改めて記事にしたいと思いますが、なぜサイクリング事業を立ち上げようかと考えたたのかは下記の理由があります。
9月より熊本県・人吉温泉観光協会の支援を受けながら準備を進めており、既に11月下旬には熊本県立大学高濱ゼミの皆さんにフィールドワークの一環として体験をして頂きました。本格的な受け入れは来年春からを予定しています。しっかりと商品としての付加価値を磨きながら事業開始に進んでいきたいと考えます。
復興の道のりは果てしなく
長文になりましたが、被災地の現状・なりわい再建支援補助金の活用の難しさ・地域経済の深刻さ・事業再建には業態変換も選択肢に入れる必要性など様々な視点で記事を書かせて頂きました。復興は片付けやインフラの復旧だけではありません。今被災地域で暮らす住民、そこで生業を営んでいる事業所の生活を守ることで初めて復興に繋がります。
ここ最近の国内は医療と経済どちらを優先すべきかで揉めています。どちらが優先なのかは不毛な議論ですが、菅総理がなぜGoToをストップしないのか。それは経済が成り立たないと全てが成り立たなくなるとご理解されているからだと思います。コロナの死者を遥かに上回る自殺者の増加。収入がなければ生きていけないことは明白です。
豪雨災害とコロナ禍は直接イコールではありませんが、地域経済の悪化が地域の衰退、若者・子育て世代の転出に繋がっている現実を目の当たりにしているものとして経済対策の重要性を嫌と言うほど感じています。経済なくして生活なし。これは紛れもない事実であり、今後の被災地に最も求められていることは地域経済の再生だと私は考えます。現在、全国各地の経営者仲間や地元の若手経営者とスピード感ある経済再建の必要性が共通認識となりつつあり、何か良いスキームが作れないかと協議を始めたところです。私にできることは限られていますが、私の得意分野である経済を通じて少しでも被災地の復興に貢献出来ればと考えています。
12月7日追記
偶然にもこの記事を投稿した翌日に地元紙「熊本日日新聞」で私の記事と類似した内容が掲載されたこともあり、友人知人から人吉が未だに厳しい状況に置かれていることに驚いたとの連絡を受けています。被災地への世間の関心は時間が経つに連れて失われることを改めて実感しています。
ここから先は
水辺のまちづくり|観光・公共交通・三セク再生のリアル
熊本県をフィールドに観光と公共交通を軸とした水辺のまちづくりに取り組んでいます。また、補助金なしで公共交通立ち上げや債務超過の三セク再建な…
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