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熊本地震から5年。この経験が令和2年7月豪雨からの迅速な復旧へ繋がった
今日で熊本地震の前震発生から5年を迎えました。改めまして震災関連死を含め亡くなられた276名の方々に心よりご冥福をお祈りします。
前震発生時、私は会社で残業をしていた所でした。当社の事務所は丈夫な太い鉄骨造りなのですが、突然ガタガタ大きな音を立てて揺れ始めたことを覚えている。上天草の震度は5弱。すぐ家族へ電話をして無事を確認し、仕事を切り上げて帰宅。子供は少し怖がっていたものの、その時はちょっとビックリしたね程度の印象でした。
そして2日後の4月16日。夜中突然、携帯の緊急地震速報のアラームがなり始めたと思ったら、これまで経験したことがない強烈な揺れが襲ってきた。誰もが本能的に「これはヤバい!」と感じるレベルで揺れる中、子供たちをダイニングテーブルの下に避難させてじっと揺れが収まるのを待った。しかし、揺れがこんなに続くのかと思うほど長く、家がミシミシ音を立てながらこんにゃくのように揺れている状況は恐怖しかなく正直に死を覚悟。上天草市の震度は6弱だったが震源である益城町の震度7(当初は6強と発表)という防災速報を目にした時は素人ながら現地はとんでもない状況になっていることが理解できた。テレビからは熊本城が大きく破損したり、阿蘇大橋が崩落したなど信じられない情報が次々に飛び込んでた。その後、津波注意報が発令されたので念の為に車で近くの山へ避難した所、たくさんの地元住民が怯えた様子で集まっていた。
当時の私の状況はこんな感じでしたが、地震の状況については多くの報道やたくさんの方々がSNSで発信されているのでこれくらいにして、当時私が経営者として取った行動、そしてその時の経験が昨年に球磨川くだりを襲った水害からの復旧に大いに役立ったことを書きたいと思う。
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