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【連載小説】「さくら、舞う」 3-2 血の繋がらない家族
前回のお話
サザンクロスのライブで偶然知り合った二人が再び出会った。一緒にいた、まなと顔見知りだった麗華の思いつきで急遽、自宅に招かれた舞。あとから合流した悠斗と共に半年前のライブの話をしていると、やがて自身が苦手としている父親の話に行き着いた。音楽ライブを楽んでいた彼女の前に、なぜ突如として父親が現れたのか。同様の思いを抱くさくらとともに詳細が知りたいと詰め寄ると、麗華たちは彼らが登場するに至った経緯を話し始める。
11.<ユージン>
――父親たちの登場は、停電という緊急事態が発生したことでやむなく行われた特別な演出であり、彼らにとっても寝耳に水の話だった……。
そんな説明を受けたさくらさんと舞さんの顔には「なぜ?!」という文字が浮かび上がっていた。何がそんなに氣にいらないのか。尋ねようとした瞬間、二人は同時に席を立ち、引き留めるまもなく外に出て行った。
仕方なく麗華さんに問う。
「……一体、何にあんなに怒っているんでしょうか。さくらさんの父親って、麗華さんの弟さんなんですよね? 昔から険悪な関係だったんですか?」
「険悪って言うか……。まぁ、こればっかりは親子で解決してもらうしかないわよね。……夢を追いかけることと円満な家庭を築くこと。両立させるのは思っているより難しいみたい。そんなこともあるから、ミュージシャンのあたしはずっと独り身を貫いてる訳なんだけど。やっぱり、自分ことだけを考えてすべてを決められるってのは、精神的に楽よ」
「ああ、そういうことですか……」
話を聞いて自分の生まれ育った家のことを思い出した。
音村家は両親ともに音楽家。母親の方は声楽家で、父親の方はドラマー。楽しい家だったが生活は常にギリギリ。そんなこともあってオレたちには将来、音楽家以外の職について欲しいというのが母親の口癖だった。
そんな母親の思いに反し、オレたちきょうだいはドラマーの父親と一緒に楽器に触れて育ち、今に至る。一応、今は全員が独身だし、それなりに売れているから認めてくれてはいるが、家庭を持つようなことになったらきっと母親は再び「心配」を振りかざして口出ししてくるだろう。
そんなオレと、野球一筋の父親を持つさくらさんや舞さんは、実は同じ悩みを持っている者同士なのかもしれないと思った。
(あーあ。やっぱり放っておけないんだよなぁ……。)
「……ちょっと、二人のこと見てきます」
お菓子パーティーの続きが始まる中、オレはひとり、家を抜け出して彼女たちを探した。
*
土地勘のない場所で当てもなく歩く。無謀なことをしているなと思ったが、十分ほど歩いたところで小さな公園のベンチに腰掛ける二人を見つけた。安堵し、近づく。
「ここにいたんっすね。探しましたよ」
「あ、ユージンさん……」
さくらさんは立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、急に家を飛び出したりして。もうちょっと話したらすぐに戻りますから」
「いや……。オレは別に二人を連れ戻したくて追っかけてきたわけじゃないっすよ。ただ単に……二人の境遇がオレと似てるなと思ったら放っておけなくて」
『え?』
二人は同時に声を発し、顔を見合わせた。二人から何度目かの「なぜ?」が出る前に、オレは自分の生まれ育った環境について簡潔に語った。
すると、同意どころか反論される。
「ユージンさんはいいじゃないですか。親御さんと同じ道を歩んでいて成功もしているんですから。見捨てられたわけでもないんでしょう? 私とはまるで違います」
「うん、うん。父親に認められてるって時点でわたしたちとは真逆だよね」
「ん?」
舞さんの言葉を聞いて、ピンときた。
「……もしかしてお二人って、父親に自分のアイデンティティーを認めて欲しいんです? さくらさんは画家として、舞さんは女として」
『ん??』
今度は二人が唸った。そしてしばらく黙り込んだ。
その様子を見てオレは、きっと核心を突いたのだ、と思った。悩みの大元が分かれば話は早い。
「やっぱ、似てます。オレんちと。……うちの父親も不器用な人でした。言葉で説明するのが本当に下手クソで。だけど代わりに音楽で自分の思いを伝えてくれた。おかげでオレたちはわかり合うことが出来たんです。……そう。言葉ってのは、あえて言おうとすると照れくさいですが、歌に乗せたり絵にしたりすれば、あるいは無言でキャッチボールとかすれば、案外すんなり伝わるもんだとオレは思うんです。でもそれすら避けてたら、やっぱりわかり合えない。少なくともどちらかが歩み寄る姿勢を見せないと、それこそさっき悠斗さんが言っていたように一生すれ違ったまま最期の時を迎えてしまうと思います」
三人の話に聞き耳を立てていたのがバレたかな、と思ったが指摘はされなかった。
しばらく黙っていた二人だが、そのうちに舞さんから疑問を投げかけられる。
「……ユージンさん自身は、お母さんが心配していたように、音楽の道に進んだら食べていくのもやっとかもしれないって思わなかったの? わたしみたいに、企業勤めしながらサブで好きなことをする道だってあったんじゃない? ……ああ、言ってなかったと思うけどわたし、とある企業の社会人女子野球チームに所属してるんだ」
「もちろん、そういう道も選択肢に入っていましたよ。フツーの人生ってのに少しばっか憧れがありましたから。何せ両親とも音楽家だし、年がら年中バンドマンがやってきてはどんちゃん騒ぎしてるような家でしたからね。クラスメイトと同じように、どこかの学校に入るために塾通いしたり資格を取ったりすればフツーになれるんじゃないかと考えた時期もありました。それが高三の時です」
「そう思っていたのなら、なぜ今の道に……?」
「ウイングのライブを見て心が揺さぶられたから。ああ、ウイングって言うのは、拓海さんと智さんが二人で組んでたエレキバンドです。ほらオレ、エレキ弾きだからめっちゃ感化されちゃって。オレもあんなふうに弾けるようになりたいと思ったのが一番の理由です」
「それだけの理由で……?」
「それだけ、じゃダメなんですか? だって人生は一度きりですよ? 音楽やってて楽しそうな親を見て育ってるし、やっぱり音楽がないと生きていけないって思ったから。舞さんだってそう思ったから今でも野球を続けているんじゃないんですか?」
「否定はしないけど……。今はわかんなくなっちゃった。それを確かめるための休職なんだけどね……」
「あ、休職されてるんですか……」
聞いちゃいけないことに触れてしまったかな、と反省する。しかし次の瞬間、自分でも予期せぬ言葉が口をついて出る。
「お時間があるんだったら今度、オレたちの音楽を聴きに来ませんか? 四月にライブハウスで行われる春の音楽夜祭に出演予定なんです。さくらさんのライブペイントもありますよ。生歌、生演奏を聴けば、オレみたいに人生が開けるかもしれません。まだチケットは残っていたはずですからこれを機にどうです?」
「ライブ……ペイント……?」
その言葉が初耳だったのか、舞さんは首をかしげた。さくらさんが自ら説明する。
「あー。ユージンさんたちの奨めで、下書きなしで音楽からインスピレーションを受けて絵を描く、ってのを始めたんです。まだ手探りではあるんですが……」
「へぇ、面白そう!」
「なら、決まりですね。是非遊びに来てください」
自分で誘っておきながら思う。また自分から面倒ごとに首を突っ込んでしまった、と。そうすることで、時に寝る時間すら満足にとれないほど忙しくなるのは分かっているはずなのに、ひとこと言わずにはいられない衝動に駆られるときがある。我ながら困った性格だ。
「あーっ! マイマイがいるー!」
そのとき、公園のフェンスの向こうから小さい子の声がした。先ほど帰ったはずのまなちゃんだった。後ろにはママチャリを押す悠斗さんがいる。
「マイマイも遊んでたの?」
「ううん、おしゃべりしてただけ……。って言うか、なんでここに? 家に戻ったはずじゃ……?」
舞さんはその問いを悠斗さんに投げかけた。
「まなの氣まぐれってやつだよ……。思い出したように、『やっぱりあっちの公園に行く』って言い出して。まぁ、オレも暇だから自転車で改めてやってきたって訳。まさか舞がいるとは思わなかったけど。……察するに、父親の話に嫌氣がさして家を出てきた、ってとこかな?」
「……悠斗さんには関係ないでしょ」
舞さんは拗ねた子供のように顔を背けた。そんな彼女の手をまなちゃんが引く。
「マイマイ、一緒に遊ぼー。おねえちゃんも!」
「ええっ? わ、私も?」
さくらさんも巻き込まれ、三人はベンチを離れて向こうの滑り台に行ってしまった。
「やれやれ……。ええと……。ユージンさん、だっけ? 舞の面倒を見てくれてありがとな。本当はおれが見なきゃいけないんだけど、どうしても小さい子優先になっちまってな……」
今日初めて会ったばかりの悠斗さんに礼を言われたオレは、どう返事をしたらいいものか悩んでしまった。
「いや……。オレが好きでやってることなので氣にしないでください」
「面倒見がいいんだな」
「やんちゃな双子のきょうだいが下にいるもので……。でも、面倒見がいいって言う意味ではあなただっておんなじじゃありませんか」
「おれは、相手が本当の自分を取り戻すための手伝いをしてるだけだよ。どうやらおれの言葉には人生観が変わるほどの影響力があるらしくてな。そのせいか、舞の兄貴も、麗華さんの友人の永江孝太郎さんも出会ったときとはまるで別人になったよ」
「すごい! それって、まるでオレがウイングのライブで人生変えたのと同じじゃないっすか! あなたは一体……?」
「おれ? おれは何者でもない、ただの鈴宮悠斗だよ」
「何者でもない……ですか」
謙遜しているのだろうか。いいや、違う。何者でもない自分に誇りを持っていなければこんなに堂々と発言することは出来ないだろう。麗華さんもあっさり家に招き入れているし、やはりこの人、ただ者じゃない。
拓海さんや智さんとは違う大人の魅力を持つ悠斗さんに興味が湧く。もっと話がしたいと思っていると、お菓子パーティーをしているはずのみんながゾロゾロとやってきた。
「え、なんでここに……?」
「ユージン一人にさくらちゃんたちの面倒を見させるなんて無責任じゃない? って話になってね。こうして探しに来たのよ」
「あー、別に問題ないっすよ。悠斗さんが来てくれたんで」
ほんのり赤ら顔の麗華さんに向かって返事をした。
「なーんだ。それじゃあみんなで出てくることなかったかな……。ま、いっか。酔い覚ましってことで。あら、まなちゃん。また会っちゃったわね」
「レイカちゃんも遊びに来たの? じゃあこっち! ブランコしよー!」
「ブランコ? じゃあ後ろから押してあげる。今ブランコに乗ったら氣分悪くなりそうだからー」
まなちゃんは本当に氣を許しているようだ。麗華さんを友達のように誘い、遊び始めた。
女性陣がキャッキャと笑い合う姿をぼんやり眺めるオレに対し、悠斗さんは実に幸せそうな顔で彼女らを見つめている。
「なんだか嬉しそうですね?」
「ああ。やっぱり女たちが元氣だとこっちも元氣になれるからな。……舞もさくらも、多分まなに癒やされてる。これでいいんだ」
「……深いですね」
「深い? まぁ、そう思うならそれでもいいけど。要は、こうやって老いも若きも一緒になって生きてる今が幸せってこと。おれはそれを野上一家から教えてもらったんだ。本当に面白い一家だよ。ずっと一緒にいても飽きない」
「へぇ……。てっきり悠斗さんが周りに教えを説いて回ってるもんだと」
「まさか。おれは変えさせられた方。これでも壮絶な人生を送ってきてるんだよ」
「その、壮絶な人生ってのに興味があります」
「話すのは構わないけど、三日三晩はかかるぜ? 何せおれの半生を、順を追って話すことになるわけだからな」
「尚更聞いてみたくなりました」
「おれの人生に興味を持つなんて、変わってるな。ユージンさんは」
「あー、ユージンでいいです」
「んじゃ、次からはそう呼ぶよ」
「……で、どんな半生を送ってきたんです?」
酔ったオレがしつこく問うと、悠斗さんは少し考えてから「ざっくり言うと、自分の命や人生について思い巡らす機会を与えられた後半生だったよ」と語った。
「あとは、家族を持つことの意味と大切さを学んだかな。おれ、今の家族が氣にいってんだ。血は繋がってないし、みんな常識外れだけど、それが心地いいんだ」
「分かるかも。オレの場合はバンドが家族みたいなものですね。一緒にいると楽しいし安心します」
「うん。……別にさ、完璧にわかり合えなくってもいいんだ。喧嘩だって大いにすればいい。でも、本当に大事なのは言葉に出さない部分で何を思っているかってこと。そういうのこそ言葉にすると安っぽいからな。あえて言わずに、感じる。まぁ、これが難しいんだけどな」
「今の言葉、さくらさんや舞さんに聞かせたいっすね」
「いや、今言ったって受け入れてはもらえないだろう。分かるようになるのはもうちょっと先だ。まぁ、焦ることはない。おれは時間をかけて舞を説得していくつもりだよ」
オレなら問題は一刻も早く解決したいと思ってしまうが、相手の氣持ちが変わるのをゆっくり待てるなんて、さすがは年長者。惹かれるのはきっとそういう余裕があるからなのだろう。
「舞さんだけじゃなく、さくらの方も説得してもらえると有り難いんだけどな」
そこへ智さんと拓海さんがやってきた。二人はオレらが腰掛けるベンチの前にしゃがみ込んだ。
「だって君は、庸平くんとも親しいんだろう? なんとかならないか?」
智さんたちは球場ライブの件でさくらさんの父、水沢庸平氏の世話になったと聞く。悠斗さんは少し間をおいてから答える。
「舞の父親や、永江孝太郎氏、ワライバのオーナーと関わり合う中で自然と知り合ったってところでしょうか。一緒に飲んだこともあります。そのときは、娘とは連絡も取れないし、会ったところで何を話したらいいか分からないと言っていましたね……。まぁ、今回こんなふうに縁が繋がったので、おれの方からそれとなく話題を振ろうかとは思っています」
「頼むよ。さくらの才能を開花させる鍵は父親との和解だと思ってるから……って拓海が言ってる。あー、こいつ、レイちゃんにそっくりだからか、結構あの子のこと氣にかけてるんだ。……頑張ってるさくらを応援したいだけ? まぁ、そういうことにしておくか」
拓海さんの手話を通訳しながら智さんが語った。
「さっき少し話してみて、さくらが素直でいい子だ、ってのは分かりました。舞と同じような悩みを持ってるとも感じたので、おれに出来ることはやってみようと思います。……それはそうと、さっきユージンから聞いたんですが、昔はウイングって言う名前で活動してたそうですね。彼の人生を変えたというウイングの歌を是非一度、目の前で聴いてみたいもんです」
悠斗さんが期待のまなざしを向けると、智さんがにやりと笑った。
「さくらの救済を依頼した僕らに歌を要求するとは。君はなかなかいいセンスをしているな。オーケー、それならうちの音楽スタジオに招待しよう。調子がよければ拓海の生歌も聴けるかもしれない」
突然そんなことを言われた拓海さんは目を丸くし、顔の前で手を横に振った。全力で否定するその顔が必死すぎて、オレも悠斗さんも思わず笑う。が、ひとしきり笑ったあとで悠斗さんがすっと真顔になる。
「……ユージンは幸せだな。こんなに面白い『家族』と一緒にいられて。これからも大事にしろよ。いつこの幸せな日々が終わるか、分からないんだから」
平穏な時が永遠ではないことを突きつけられ、表情を失う。怯えながら小さな声で「はい」と返事をすると、拓海さんに肩をたたかれる。
――大丈夫さ。俺はまだまだ死ぬ氣、ないから。この人はきっと、今日が最期の日だと思って毎日を全力で生きろって言いたいのさ。……言われなくてもユージンはそうやって生きてるだろ? それでいいんだ。――
「……そっか。オレたちミュージシャンは、音楽を奏でることで毎日『今、ここ』を生きてる。それが、さくらさんたちにはまだ分からないってことか。……いつか、分かる日が来るといいな」
――そうだな……。さて。そんじゃあ家に戻るか。――
立ち上がった拓海さんは麗華さんたちに帰宅を促し、自宅へと足を向けた。みんなそろって同じ家に向かう様が家族のように見えた。
続きはこちら(第三章#3)から読めます
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