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【連載小説】「さくら、舞う」 3-8 誇りを持って生きる人々
前回のお話:
観客席から、ユージンの麗華への告白を聞いた舞は衝撃を受ける。彼の勇氣に刺激され、舞はついに、婚約発表をした幼なじみのプロ野球選手、圭二郎へ自分の想いを告げる決意をする。
電話が繋がり、想いを伝えた舞。しかし圭二郎から、舞の氣持ちに氣付いていながら黙っていたと告白されて戸惑う。「舞は野球が好きなんじゃなく、俺が好きだから野球を続けてきたんだろう?」と。野球以外のことをして欲しいとの思いから、圭二郎は沈黙を貫いてきたのだった。
圭二郎の優しさに改めて触れた舞は自分の氣持ちに折り合いがつく。そんな舞の前に、父親が立ち塞がる。
18.<さくら>
六人の演奏や歌を聴きながら、無我夢中で描いた。正直、自分でも何を描いたのか分からない。できあがった絵を見てようやく、ああ、彼らの音楽からこんなインスピレーションを受けたんだ、と分かった。よく描けた、と実感が湧いてきたのは、すべてが終了し、お客さんがひとり残らずいなくなったあとのことだ。
機嫌のいいライブハウスのオーナーが、打ち上げの前にピアノを一曲披露する。と、そこへなぜか、ゆうび奏社の西森有理沙社長が現れて華麗にピアノを弾いた。
「ちっ、勝手なことを……」
「あら、いいじゃないの。同じピアニスト同士、仲良くしましょうよ」
どうやら二人は砕けた口調で話が出来る間柄らしい。しかし犬猿の仲なのか、オーナーの上機嫌はどこかへ行ってしまったようだ。顔をしかめたまま問いかける。
「ふんっ……。なんだって今日はフェスに来たんだ? 招待はしてねえはずだぜ?」
「ゆうび奏社の所属のアーティストが出演するんですもの。そりゃあ来るわよ。それに……」
キョロキョロと辺りを見回す社長の目が私を捉えた。慌てて目をそらすが、遅い。社長に手招きされ、仕方なくビクビクしながら歩み寄る。
「今日はこの子の絵がどのくらい進化したか、この目で確かめたくてね。それでやってきたというわけ。ねぇ、さくらさん?」
「そう言われましても……」
次のアルバムのジャケット絵を描くことは許可してもらったものの、こうしたイベントで描いた絵を、今後も彼らの音楽と組み合わせて使用するのかどうかは決まっていない。しかし……。
(今日、見に来たってことはもしかして、でき次第では継続して絵を採用してもらえるってこと……? まさか、そんなことはないよね……?)
期待しすぎるとそれが叶わなかったときのショックが大きいから、余計なことは考えないようにする。ところが、社長の口から思いがけな言葉が飛び出す。
「あなたの絵、氣にいったわ。今日の絵を次のアルバムのジャケットに使いたいんだけど、どうかしら? もちろん、麗華たちにも聞いてみないといけないけれど」
「ええっ?! それは本当ですか?! すごく、嬉しいです……!! あ、ありがとうございます……!!」
夢のような話に、何度も何度も勢いよく頭を下げた。
「ちょっとー。大袈裟じゃなーい? その位にしておかないと……」
心配した社長の言うとおり、貧血を起こしたのかクラクラしてきた。よろけて膝を折る。
「おいおい、大丈夫かよ……?」
そんな私を支えるようにして声を掛けてくれたのはリオンくんだった。
「大丈夫、ありがとう……」
すぐに顔を上げると、そばにいたセナちゃんと目が合った。
「よかったね、さくらさん。社長のお眼鏡にかなって。……ああ、実は今の話、ちょっと聞いちゃった。アタシもあの絵、すごく素敵だなって思ってたんだ。六人の音楽がぎゅっと詰まってるって言うか。うーん、言葉にすると陳腐だなぁ……。とにかく、あの絵を見たらアタシたちの音楽のイメージが湧いてくる。そんな感じがしたよ」
セナちゃんの言葉が素直に嬉しかった。絵の感想をもらえることが、画家として何よりも喜ばしいことなのだ。リオンくんも頷く。
「おれも思った。って言うか、おれたちの音楽ってああいう色なんだな。自分たちだけでは氣付かないことを氣付かせてもらったよ」
「そう言ってもらえて、私も嬉しい」
素直な氣持ちを伝えると、リオンくんとセナちゃんは互いに顔を見合わせて、何かを企むように笑った。
「……そんなさくらさんに、おれたちから例の曲をプレゼントしたいんだけど、聞いてくれる?」
「例の曲って……この前、未完成だって言って聞かせてくれた、あの……?」
二週間ほど前の練習で集まったとき、二人で作ってるところだと言って聞かせてくれた曲があった。そのときはタイトルも決まっていなかった。
「そう、あの曲。完成したんだ」
「なあに? あなたたち、この子のために曲を用意してきたの? なかなかやるじゃなーい? せっかくだから私にも聞かせて頂戴。いい曲だったらアルバムに収録しましょう」
私のための曲だそうだが、そばにいた社長の方がノリノリで聞く体制を整え始めた。オーナーも二人にピアノを指し示す。
「なんだか分からないが、お前らのことだからピアノを弾きながら歌うんだろう? だったらこいつを使え。そしてこの会場の音響を最大限、活かせ。なんと言っても今日は春の夜祭だからな! 夜が明けるまでどんちゃん騒ぎしようぜ!」
「それは最高! オーナー、さっすがー」
「じゃあ、有り難くここで弾かせてもらうね」
二人は喜びながらピアノの前に立った。急にドキドキしてきた私に向かってセナちゃんが言う。
「さくらさんのために……。『カラフルワールド』」
#
色のない世界じゃ、もう
生きられないって、ひとり
うずくまってる 君
そうさ、誰もが、ふさいでる
とざされた光、さがす勇氣もなくて
エスケープ! 誰かに壊される前に……
色をつけよう 白と黒の世界に
取り戻すんだ、七つの光
悲しみの涙さえも カラフルに染めて
あぁ……
##
色のある世界って、じゃあ
どんなところって、ふたり
想像してる、僕ら
そうさ、誰もが笑ってる
あふれ出す光に、手を伸ばしながら
ジョイフル! みんなで一緒に、さあ!
描こう、僕らのニューワールド
境界線を越えてこう
すべてはひとつの、光だったと
カラフルなキャンバス
大切な言葉ほど
すぐに忘れてしまうけれど
心に刻む、君と一緒に作る未来
色をつけよう 白と黒の世界に
取り戻すんだ、七つの光
描こう、僕らの三千世界
この素晴らしき世界で生きるすべての人に幸い、あれ!
「ああ……」
思わず涙がこぼれた。まるで私の人生を歌にしたような一番と、彼らに出会って道が開けた今を歌った二番、そしてこの先の明るい未来を彷彿とさせるようなラストに……。
「どうだった?」
「…………」
感想を言わなきゃ、と思えば思うほどに言葉が出てこない。私は感想を求める二人に、ただただ頷くことしか出来なかった。
「ああ、いいよ。言葉は、いらない。そのくらい感動させられたってことだもんな?」
リオンくんが私の想いを察してくれた。さっきと同じく頷くと、彼は嬉しそうに笑った。
「実を言うと、おれは言葉で感想をもらうより涙で返してくれた方が嬉しいんだ。自分の演奏で相手を魅了できたって実感できるから」
「リオンはそう言うけど、さくらさんが感動してるのはアタシが歌った歌詞の方じゃない? ねえ、そうでしょう?」
(どちらも素晴らしかったわ……。)
心の中では断言できるのに、どうしても声にならなかった。
「ああ……。リオンとセナ、二人だけでデビューさせていたらきっと人氣が出ていたでしょうに、惜しいことをしたわ」
黙るだけの私と違い、社長は素直な感想を口にした。
「今からでも遅くはないわ。別枠で、二人だけでやってみない?」
「いいや。セナと二人じゃ、心許ないから……」
「うん。アタシも同じ。社長の言葉は有り難いんですが、その話は無しで」
私ならきっとすぐに受けてしまうような依頼にもかかわらず、二人はあっさり断った。
「二人って……すごいね……」
自分軸がしっかりしていること、そして親よりも年上の社長に対してはっきりものが言えること……。諸々のことに私はすっかり感心してしまった。
「私より若いのに、堂々としていて本当にすごい……」
「年齢は関係ないよ。なぁ、セナ?」
「そうだよ。アタシたちのこと、すごいって褒めてくれるけど、さくらさんの絵だってすごいよ? 自信を持っていいと思う」
「いやいや……。私の絵なんて……」
みんなが『いい』と言ってくれる絵を否定しようと首を横に振ったとき、突然目の前に長身の男性がすっと現れた。私は目を丸くして固まった。
「さくら……」
「お父さん……?」
お客さんは全員出て行ったはずなのに、いったいどこから入ったのだろう……?
父を間近で見るのは十数年ぶりだった。雰囲氣は昔のままだったが、顔に深く刻まれたしわを見るにつけ、年月の経過を感じずにはいられなかった。
声を掛けてきたのは向こうなのに、そのあとの言葉はなかなか出てこなかった。しばらくの間、氣まずい空氣のまま見つめ合う。
ほんの少し前まで近くにいたはずの社長やセナちゃんたちは、私たちに氣を遣ったのか、氣付けばいなくなっていた。
周囲では宴会が始まったのか、わいわいと騒ぐ声が遠くの方から聞こえ始める。だが、私と父のいる空間はなぜか時が止まったかのように静かで、声を掛けてくる人間もいなかった。
いったい、何を話せばいいのか……。父は何を言うつもりでここまでやってきたのか……。睨み付けていると、ようやく父が口を開く。
「……元氣そうで、よかった」
「麗華ちゃんのおかげでなんとかやってます」
淡々と事実だけを述べると、再び沈黙の時がやってきた。
ここまで沈黙が続くと、「麗華ちゃんから会うように言われたので仕方なくやってきたんでしょう?」と言いたくなってしまう。本当に会いたくてやってきたなら話したいことは山ほどあるはずだし、どんどん話してもいいはずだ。
(これ以上黙っているつもりなら、帰ってもらおう……。)
そう思ったとき、再び父の口が動く。
「……いい絵を描くようになった。俺がそばにいたときよりもずっといい絵だ。さくらの進化した姿が見られて、俺は嬉しいよ」
「……それで?」
「それで、って……。その顔は俺を恨んでるって顔だな……」
「そうだね、恨んでる」
「寂しい思いをさせたなら悪かったよ……」
「寂しかったわけじゃない。そんなわけ、ないでしょう……?」
「じゃあ……。今更ふらりとやってきて、自分の描いた絵を褒めた俺に怒ってるのか?」
「…………」
私は返事をしなかった。
褒めて欲しかったのは事実。だけどそれは、今じゃない。自分の描く絵に自信が持てなかった、多感な時期に褒めて欲しかった……。
もちろん、今更そんなことを言ったところで時は巻き戻らないし、あのとき掛けて欲しかった言葉を今聞いたって何の感動もない……。
そんな想いが伝わってしまったのか、父が妙なことを言い出す。
「俺は……ずっとさくらを想っていたよ。どこにいてもずっと……」
「なら、どうして一度も連絡してくれなかったの? 私の描いた絵を、たくさん描いた絵を見て欲しかったのに……」
「見て欲しかった、か……。さくらは俺に褒められるために絵を描いてきたのか……? お前は自分で思っているよりずっとうまく描けている。だから自信を持て。誰よりも、自分の絵を自分で褒めろ。そうしたらもっといい絵が描けるようになる」
「自分の絵を自分で褒める? そんな自惚れたこと……」
「自惚れなんかじゃない。自分が自分の一番のファンでなくてどうする?」
「自分が自分の一番のファン……? なんなの、それ?」
それじゃあまるでナルシストじゃない。思わず鼻で笑ったが、父は真剣な顔で続ける。
「何も可笑しくはない。プロならみんな、自分が一番優れてるという自負を持ってるもんだよ。自分がいいと思えなければ、他の人が見たときにいいと思えるはず、ないだろう? ……さくらに足りないものは、自分の作品への愛だ。そしてそれを知ってもらうために俺は、さくらから離れた。俺がずっとそばにいたら、さくらは俺の評価だけを氣にして描き続けてしまうと知っていたから」
「なんなの、それ……」
あまりにも予想外な言葉に思考能力が低下したのか、さっきと同じ台詞を口にしていた。しかし今度は笑い飛ばすことが出来なかった。直前にしていた、リオンくんとセナちゃんのやりとりがまさに、父の言葉そのままだったからだ。
振り返ってみれば確かに父は野球人の自分に誇りを持っていた。そして、私が関心を示そうが示すまいがいつも野球の話をしていた。あのときは単なる「野球馬鹿」なのだと思っていたが、実は父は、自分の世界を大切にしていただけなのではないか? 誰からの評価も氣にせずに、自分には野球しかないのだとある種、決めつけてここまで生きてきたのではないか?
父をそのように見ることが出来たとき、自分がなぜこんなにも小さくなって生きているかが分かった。
私は絵を描くことが好きだけれど、一度たりとも自分を喜ばせるために描いたことがなかった。私の描く絵は現実にある静物や風景がほとんど。精密に写し取ることこそが芸術だとさえ思っていたし、「写真みたい」と言われることを目指してすらいた。現物に忠実に描くことは私にとって、テストで百点を取るのと同義だったのだ。
そんな私に変化をもたらしてくれたのが、麗華ちゃんをはじめとするミュージシャンたち。彼らの積極的な働きかけがなかったら、私は今も変わらず、売れない画家でいたことだろう。自分の殻を破り、大勢の前で下書き無しで抽象画を描こうなどとは思わなかったことだろう。
(麗華ちゃんは分かっていたのかもしれない……。私が自分の描く絵に自信がもてるようになれば、素晴らしい画家になれる、って……。)
人から、一回でも多く「いい」と言ってもらうことでしか、自分の絵の価値を知ることは出来ないと思っていた。でも、彼らはそう言ってくれるだけじゃなく、描き手である私を「絵の才能がある」と評し、自信をつけさせようとした。そんなふうに言えるのは、彼ら自身が、自分の作る音楽を自ら「最高!」と評価してきたからに違いない。
(やっぱり、姉弟って似るものなのかな。まさか、お父さんまで同じ考え方だったなんて……。)
先日、麗華ちゃんに言われた言葉――思うところがあるなら面と向かって言いなさい!――が、急によみがえった。
(理由はどうであれ、お父さんの方からやってきてくれたんだ。この機会を逃してはいけない……。今言わずして、いつ言うというの……?)
私は意を決した。
「子供の頃、家にほとんどいなかったお父さんの氣を引くために、必死に描いた。見せれば必ず褒めてくれたよね。それが嬉しかったから私は描き続けてきたの……。なのにお父さんは、そんな私を置いてあっさり出て行ってしまった……。あのとき感じた虚しさは、お父さんには分からないでしょうね……。そう、お父さんの言うとおり、私はずっとずっと、お父さんに褒めてもらうために描いてきた。そういう描き方しか出来なかった……」
「……さくらが俺のために描いてくれた絵、今でも大切にとってあるよ。もちろん、さくらがどんな思いでいたのかも分かっていたつもりだ。でもな、さくら。親子といえども、それぞれが独立した人間だ。俺には俺の人生が、お前にはお前の人生がある。
小さい頃は依存しなければ生きていけなかったかもしれない。だけど、成長すると共に子供は、親を喜ばせるためではなく、自分を喜ばせるために生きていいのだと学ばなければならない。
……俺の姉ちゃんを、麗華伯母さんを見て見ろ。全力で自分のために生きてるだろう? そして幸せそうだろう? そりゃあ、こういう世界で生き続けるために苦労もしてきたとは思うけど、今も現役で居続けられる背景にはそういう生き様があるからだと俺は思うよ」
「そうだね……」
「……今のさくらさんの絵には愛が乗っかってる。好きだよ、おれは」
唐突に、リオンくんの声が聞こえた。同時に、止まっていた時が動き始め、周囲の音も耳に届き始める。
「……聞いてたの? 私たちの話を」
「聞いてたって言うか、聞こえちゃったって言うか……」
彼は右手に持っているグラスを掲げた。どうやら私にドリンクを渡そうとして会話を耳にしてしまったようだ。
リオンくんは既にお酒が入っているのか、自分の思いを淡々と語り始める。
「正直に言うと、さくらさんの絵……。最初に見たときは好きじゃなかったんだ……。そりゃあ、うまいなとは思ったんだけど、それだけって言うか。ああ多分みんな、ミュージシャンだから感覚的にそう感じてたと思う。だからって言うのも変だけど、直感を活かして描けばきっといい絵を描くだろう、とも思った。それで兄ちゃんも麗華姉さんもあんな風に提案したんだと思ってる。で、実際、その通りになった」
リオンくんは自身の顔の前でもう一度グラスを掲げ、私に差し出した。
「自分でも、今日の絵はよく描けたと思うだろう?」
「ええ、そうね。多分、一番の出来」
「やっぱり。おれが見てきた中でも一番いいと思ったもん。……しらふで描けたってのも自信になったんじゃない?」
「……そういえば!」
言われて氣がついた。一杯引っかけなければ自由な発想で描けなかった私が、今日はアルコールの力なしで過去最高の絵を描きあげた。
「……もう、描けるよ。さくらさんは自分だけの絵が描ける」
「……リオンくんたちのお陰よ。あなたたちの音楽が私に力をくれたの」
「それじゃあ……」
リオンくんは自分の手に持っていたカクテルグラスを傾けて一口飲んだ。
「……これからも一緒にやろうよ」
「えっ?」
「一人の世界に戻らないでさ、おれたちの音楽聴きながら絵を描いてよ。おれ、これからもさくらさんの描く絵を間近で見たいんだ」
まさかそんなふうに言ってもらえるとは夢にも思っていなかった。あまりにも突然のことに頭が真っ白になる。だが、そばにいた父は喜んでいる。
「良かったじゃないか、さくら。そうだよ。画家だからってひとりで部屋にこもって描く必要はない。これからは、自分が心地よく描ける環境で、自分のために描いたらいいじゃないか」
(出来るだろうか、私にそんなことが……。)
思考の癖で、ついそんなことを思ってしまう。が、目の前にいるリオンくんの熱い視線が、自己否定しようとする私をどこかへ追いやった。直後に自信がムクムクと湧いてくる。
「……ありがとう、リオンくん。私も、一緒に活動したい。あなたたちの音楽からたくさんの刺激をもらいたい。聴けば聴くほどイメージが湧いてくる、素晴らしい音楽をこの先も聴かせてくれる?」
「もちろんっ!!」
リオンくんは満面の笑みを浮かべると、飲み干したグラスを私に押しつけてピアノの元に走って行った。そして笑顔のまま自由に弾き始める。
「……見て見ろ、さくら。あの子、お前の返事を聞いてあんなに喜んでる。お前が自信を持って描けば周りにもいい影響を与えられる。あれが何よりの証拠だ」
そう言われて、嬉しいやら恥ずかしいやら、複雑な氣持ちになる。黙っていると、父が急に頭を垂れた。
「俺はいい父親じゃなかった。それは認めざるを得ない。そのせいでさくらに嫌われたとしても仕方がないとも思う。でも……。俺は自分の人生を全うしたかったし、さくらにも同じように生きて欲しいと思った。それだけは分かって欲しい」
「今なら、分かる。受け入れられるわ」
「よかった……。分かってもらえて」
「でも……。だからってずっと連絡してこないのは違うんじゃないかな。自分の人生を全うしながらも、私を陰ながら支えることは出来たはずよ」
思っていたことを素直に伝えると、父も「そうだな」と素直に認めた。
「ずっと、音沙汰なしで悪かった。……これからはちゃんと連絡する。さくらが会いたいと言えばすぐに会うようにもする」
「これから……? じゃあ、過去のことは水に流せ、と?」
「……俺は、今からさくらと新たな関係性を築きたい。って言うか、それしか出来ないからな。それで許してくれないか?」
「…………」
少し考えてから返事をする。
「……すぐには無理。時間が必要よ」
「ああ、それで構わない。そう言ってくれただけでも有り難いよ」
「……会えたのが今日で良かった」
これが、フェスの前だったらきっとこんなふうには話せなかっただろう。また、フェスよりあとでもきっと今みたいにうまくは話せなかっただろう。
「ああ、俺も今日フェスに来れて良かった。本当に良かった……」
父はそう言って右手を差し出した。
「頑張れよ。画家としてのお前をこれからも応援している」
「ありがとう……。お父さんに胸を張ってみせられるような絵が描けるように頑張る」
そう言いながら私は、差し出された手を握り返した。
続きはこちら(第三章#9)から読めます
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