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【連載小説】「さくら、舞う」 #2-4 娘を思う氣持ち
前回のお話:
一週間が経ったある日、舞が鈴宮家にやってきた。悠斗は早速、学びがあるからと舞を幼稚園のお迎えに付き合わせる。あえてまなと接点を持たせる理由は、舞が「今ここ」を生きていないと感じたから。それが出来てようやく、いま舞が抱えている問題も改善されると。舞は無邪氣にはしゃぐまなを見て「これが今を生きると言うことか」と氣づき、まなから学ぶべく公園へと向かう。
7.<悠斗>
めぐの帰宅を待って体操クラブの教室に向かう。到着すると程なくして舞の父である野上路教氏が合流する。
「ユウユウはいつも早いな。おれももうちょっと早く出てこようかなぁ?」
「いえ、ニイニイと大差はないですよ。信号に引っかかるか引っかからないかの差じゃないですかね?」
他愛ない話をしながらクラブの用具を出していく。
実の弟のように可愛がってくれるので、おれは彼のことを、親しみを込めてニイニイ(母親の出身地である沖縄方言でお兄さんと言う意味)と呼んでいる。ちなみに、そのニイニイからはユウユウと呼ばれている。いい年をした男同士の呼び方ではないだろうが、おれたちは氣に入っている。
「あー、そうだ。しばらくうちで預かることになったんですよ、舞を」
マットを敷きながら、世間話の続きをするかのように切り出した。ニイニイはすぐには氣付かず「へぇ」と声を漏らしたが数秒経って表情を変えた。
「……今、なんて言った? 舞って、おれの娘のことだよな? ユウユウの家にいるのか?」
「はい。今日からしばらくの間」
「何でまた鈴宮家に……? ってことは、翼も了解してるんだよな? あいつら、そんなに仲良かったっけ……?」
明らかに混乱しているのが分かった。しかしおれからは細かい説明を挟まず、彼が自己処理するのを待った。
考え込んでいる間に孝太郎さんがやってきた。普段は口数の多いニイニイがだんまりなのを見て不思議に思ったのだろう、ニイニイの肩をたたく。
「らしくないな。体調不良なら今日は休んだ方がいいんじゃないか?」
「いえ、体調は万全です。……実は今、ユウユウの家で娘の舞が厄介になると聞いたところでして」
「ああ、舞クンか。実は彼女に悠斗クンを紹介したのは僕なんだよ」
「ええっ!? どういうことですか?!」
驚くニイニイに、孝太郎さんが先日の出来事を簡単に説明した。彼はますます混乱した様子で「なんで親より先にユウユウに引き合わせるです? 解せません」と不満げに言った。
「言わずもがな、僕が彼らとの交流を通じて変われたからだよ。きっかけは君だったかもしれない。だけど、鎧を取り去って裸の僕を受け入れてくれたのは間違いなく悠斗クンたちだからね」
「……だからって」
「舞も悩んでるんですよ」
ここで一言挟む。ニイニイの目がおれに向いたところで続ける。
「今はまだちゃんと話せる状態じゃない。だけど時期が来たら必ず会いに行くよう言ってあるし、そのための地ならしはするつもりです。だから少しだけ待ってくれませんか?」
「……やっぱ、解せないな。なんで父親であるおれじゃなく、他人であるユウユウに助けを求めるのか」
他人、と言う言葉を聞いて胸が痛んだ。思わず反論する。
「……分かりましたよ、舞がなぜニイニイを避けているのか。残念だけど、ニイニイがそういう発想でいるうちは、舞は戻らないでしょうね」
「なんでユウユウに舞の氣持ちが分かるんだよ?」
「そりゃあ……」
答えを披露しようとして思いとどまる。
「まぁ、自分で考えてみてくださいよ。……さあ、雑談はこの辺にしておきましょう。そろそろ子供たちが来る頃です」
「ちっ……」
ニイニイは舌打ちをしたが、一組目の親子が部屋に入ってくるのが目に入ったのか、それ以上話を続けることはなかった。
*
クラブが終わった。普段なら全員で会員親子を見送るが、ニイニイだけは教室に残ったまま降りてこなかった。和やかな雰囲氣が売りの体操クラブなのに、困ったものだ。
「……伯父さん、今日はどうしたの?」
察しのいいめぐが別れ際に尋ねた。めぐにとってニイニイは義父だが、伯父でもあるため未だにそう呼んでいる。
「……舞がうちにいることを話したんだ。そしたら機嫌を損ねちゃってさ」
「そっか。いつもと様子が違うと思ったら、喧嘩中だったんだ?」
「そこまで深刻じゃない……と思う。めぐたちが帰ったらもう一度話し合ってみるつもり」
「伯父さんも頑固なところあるからなぁ。どうしてもピンチの時は言ってね。私も力になるから」
「サンキューな。なるべく頼らないで済むように頑張るよ。それじゃ、氣をつけて帰れよ。まな、ママのことよろしくな」
「うん!」
まなの頭をなでてからその後ろ姿を見送る。
「さて……」
一服すると、孝太郎さんもふうっと息を吐いた。
「……いつも思うが、親子がわかり合うのは非常に難しいな。特に異性ともなると」
「そうですね……」
「今回の件、僕の出番はなさそうだ。悠斗クンに委ねてもかまわないかい?」
「もちろんです。事の発端は孝太郎さんだったかもしれませんが、受け入れたのはおれ自身ですから」
「ならば、僕は教室には戻らず、このまま一度、帰宅することにしよう。幸いにして自宅マンションは目と鼻の先だからね。話し合いが済み次第、連絡をくれ。手荷物の回収後、こちらで施錠しておく」
「氣を遣わせてすみません。助かります」
礼を言うと、孝太郎さんは「頑張ってくれたまえ」と笑顔でいい、去って行った。
(……やれやれ。どう説明したらいいものか。)
本来ならば人の親子関係に口出しをするのは御法度なのかもしれない。しかしおれは、翼とめぐ、彼らの亡き祖父母、そして高校時代の友人でもある彰博と映璃から野上家の一員だと公認されている。だからって言うのも変かもしれないが、おれはおれの信念に従って家族の舞とニイニイの関係を良好にするために動くつもりだ。
*
教室に戻るとニイニイは黙々と片付けをしていた。
「手伝いますよ」
見送りから戻った合図の代わりにそう言い、一緒に用具を片付けていく。
「……先輩は?」
「いったん、自宅に戻るそうです。……おれたちが話しやすいようにと」
「そうか……。なら、遠慮はいらないな」
ニイニイはほっとしたように言うと静かにおれの前に立った。闘いを挑まれた、と直感する。こちらも正対し、じっとその目を見返す。ニイニイはおれに詰め寄りながら言う。
「ほんの数回しか会ったことのない舞をかばうのはなぜか、おれなりに考えてみたよ。で、最終的に、やっぱりユウユウの過去が関係していると結論づけた。……記憶違いでなければ、確か若い頃に娘を亡くしているんだよな?」
「娘を亡くしているのは事実です」
「詳しい時期は知らないが、成人してすぐに授かった子供だと仮定した場合、存命ならば舞と同年代ってことになる。つまりユウユウは、舞に亡き娘さんの姿を重ねているから今回、舞に救いの手を差し伸べている……。どうだ? おれの考察は間違っているか?」
「……全くもってその通りです。ただ、それに氣づいたのは手を差し伸べたあとのことですが」
「やっぱりそうか……。しかし、そうと分かれば尚更ユウユウのそばに置いておくわけには行かない。自分の過去を癒やす目的で舞を利用して欲しくはないからな」
意外な言葉に驚き、動揺する。
「利用だなんて人聞きの悪いことを。そんなつもりは、これっぽっちもありませんよ……」
「ユウユウに自覚がなくても、おれはそう感じている。だから、舞がいま鈴宮家にいるって言うならこのまま一緒について行って舞を説得し、おれの家に連れて帰る」
「それはダメです。さっきも言ったじゃないですか。舞が会いたいと思えるまでもうちょっとだけ待ってくださいよ」
しかしニイニイはおれの話を聞く氣がないようだ。ますます眉をつり上げてこちらを睨み付けてくる。
(こうなったら仕方がない……。あんまり言いたくなかったけど、奥の手を使うか……。)
こちらも負けずに詰め寄り、きっぱりという。
「ニイニイはおれに嫉妬しているだけです。加えて、血のつながりのない男の住む家で自己を見つめ直したい、という娘が許せない。親の自分を差し置いてなぜ、と怒りに震えているのだとおれは思います。……ニイニイは人の役に立ちたいと思ったらとことん行動できる素晴らしい人です。しかし一方で、男としてのプライドの高さが悪い方に働くこともある」
「それのどこが悪い?」
「ニイニイはもう少し子供の目線で考えるべきです。このクラブがそうであるように。……まともに子育てしたことのないおれが言っても説得力ないかもしれないけど、少なくともおれはこう思います。子供は親が思っているほど弱くもないし、いつでも誤った方向に進んでしまうほど愚かでもないって。……今よりほんの少しでいい。子供の力を、舞の考えを尊重してみてはどうですか? 自分の娘なら、その能力を知っているはず。だったら信じられますよね?」
「くそっ……。なんでいつも、おれじゃなくてユウユウなんだよ……」
ニイニイはうつむき、壁に拳をついた。
「娘を救ってやりたいという親心は痛いほど分かります。おれはそれが出来ずに十年以上苦しみましたから。でも、人には段階がある。自分の器が小さくて、そこに愛という名の水も入っていなければ誰かに恵んでやることは出来ない。おれはそれを野上家の人たちから教えてもらいました」
「おれの器が小さいって言いたいのかよ?」
「そうじゃありません。……まず、自分を愛するんです。人よりもまず自分を。そうすることでコップを愛の水で満たす。そこから始めるんです」
「自分……?」
「ええ。幼少のうちは親に褒めてもらえるけど、年齢が上がるにつれてそれは減り、大人になったら褒められることは皆無になる。それでもがむしゃらに、誰かのために生きなければ……と、自分をすり減らしてきたおれたちはそろそろ、自分で自分を褒めることを覚えた方がいいとおれは思います。馬鹿らしいと思うかもしれないけど、自分の内側に目を向けると今まで知らなかった自分と出会えます」
「お説教ならごめんだぜ。おれのことはおれが一番分かってる」
「本当にそうでしょうか。分かっているなら……」
おれを羨むような言葉は出てこないはずだ、と言いかけて飲み込む。本音で語り合う必要があるのは確かだが、言い過ぎてしまえばおれたちの関係が壊れてしまう恐れもある。おれは言い負かしたいわけじゃないのだ。
「分かってるなら、なんだよ?」
ニイニイは続きを知りたがったが、さっき言いかけたのとは別の言葉を探して発する。
「……少なくともおれたちは、舞から見れば人生の先輩です。感情のままに行動してもうまくいかないことがあるってことは経験的に知っているはず。……おれはニイニイと争いたくて舞を家に置いてるわけじゃありません。舞が自分と向き合う時間を持つための場所を提供しているだけです。それは分かってください」
「…………」
ニイニイは考え込むように腕を組んだが、やがて顔を上げる。
「……分かった。少しだけ時間をとる。お互いのために。ただし、舞の心境に変化が現れたら都度、報告してくれ。それが絶対条件だ」
「……了解しました」
「それから……」
ニイニイは人差し指をおれに向ける。
「万が一にも舞には手を出すなよ? 年頃の娘なんだからな!」
なるほど。ニイニイが氣がかりだったのはそれか、と合点がいく。んな下心があるわけないだろ、と言いたいのをぐっと我慢し、「めぐもまなもいるから大丈夫ですよ」と適当に流した。
(やれやれ……。口うるさい父親を持つ舞は大変だな……。)
その「年頃の娘」の失恋相手が自分の知っている人物だと聞いたらさぞ驚くことだろう。しかし彼の耳にそれを入れるのはおれではなく、舞でなければならない。
「……そろそろ帰らないと。家の仕事がいろいろあるもので」
一応の決着を見たので、片付けを完了させて帰宅の準備をする。ニイニイは相も変わらず不満そうだったが、教室を出たあと、おれの後をついてくることはなかった。
8.<舞>
まなちゃんが生まれたときはお祝い金だけ送った。その頃にはすでに忙しいことを理由に実家にもほとんど帰っていなかったから、ちゃんと会ったのはおそらく今回が初めてだと思う。
学友から、赤ちゃんが生まれたから遊びに来てと連絡を受けても同様の理由で断り続けてきた。自分と同年齢、もしくは若い子の子供を見せられてもどう扱っていいか分からないし、結婚や出産への焦りが募るばかりで心から祝えそうになかったからだ。
そんなわたしがいま、姪っ子のまなちゃんと一緒に遊ぶため、公園に来ている。人生、何が起こるか分からないものだ。
宣言通り、まなちゃんはわたしをブランコに導くと立ち漕ぎの仕方を丁寧に教えてくれた。四歳足らずだというのに、もうこんな危険な遊び方を知っているのかと驚かされる。しかし、完全に大人目線の発言だが、まぁ実に上手に漕ぐのだ。危なさを感じさせない安定した漕ぎっぷりに感心してしまうほど。
「マイマイもやってみて!」
「よーし!」
まなちゃんに言われ、交代してブランコに乗る。わたしだって昔はよく立ち漕ぎをしていたから乗れるはず……。
「あ、あれっ……?」
ところがイメージ通りに行かない。当時より体が大きくなったせいか、はたまたブランクのせいか……。わたしの腕や膝はぷるぷると震え、漕ぐどころじゃない。
「あー、だめだ……。おねえちゃん、ブランコ乗れなくなっちゃった」
これ以上恥をかく前にギブアップすることにした。
「じゃあ、いっぱい練習しようね!」
まなちゃんはそう言いながら再び立ち漕ぎを始めた。わたしはその隣のブランコに腰掛け、両足を地面についたまま前後に揺らし、遊ぶ。
幸いにして公園にはわたし以外の監督者はいない。通行人も見当たらない。聞くなら今がチャンスかもしれないと、わたしはずっと氣になっていたことを尋ねることにした。
「……ねぇ、どうしてまなちゃんは悠斗さんのことをお父さんって呼ぶの? 本当のパパがいるのに。それとも……」
問いながら、実の父親は悠斗さんなのでは? などという疑念が浮かび、慌てて口を閉じる。そんなことを想像しているとは思いもしないであろうまなちゃんは、純粋に私の質問に答える。
「お父さんはお父さんだからだよ。まなちゃん、夢で見たんだもん。生まれる前からずっと、お父さんのこと知ってたんだもん」
「知ってたってことは……もしかして前世の記憶が残ってるってこと?」
「……ぜんせ、ってなあに?」
「あ、そうか。うーんと……」
子供が分かるような言葉を選ぶのって難しい。
「今のまなちゃんとして生まれる前の人生があったのかなって。例えば……お父さんの子供として生きたときの思い出があるのかなって思ったんだけど」
先日、みんなで温泉施設に行った際に盗み聞きした話を思い出しながら言うも、まなちゃんからは「わかんなーい」と言われてしまった。
「そうだよねぇ……」
「だけど、お父さんが言ってたよ。お父さんにはマナって名前の子どもがいたって。まなちゃん、その子のこと知ってるって言ったらビックリしてた」
「え? 知ってるの?」
「だって、おぶつだんに飾ってある写真の子、見たことあるもん」
「……もし会えるとしたら、もう一度その子に会ってみたいと思う?」
「ううん」
「なんで?」
「だってその子、死んじゃったんでしょ? もういないんだもん。会えないよ」
その言葉を聞いてはっとした。なぜわたしは過去のことを根掘り葉掘り聞き出そうとしていたのか……。
「そうだよね……。死んじゃった子にはもう会えないよね。だけどお父さん、お仏壇に写真を飾ってるってことは、今も会いたいし、寂しいと思ってるんじゃないかなぁ?」
「さびしくないって言ってたよ。今は、まなちゃんたちがいるからって」
「まなちゃんたちがいるから……かぁ」
その言葉から察するに、悠斗さんは過去とはすでに決別して今を生きている、と言うことなのだろう。
だが、悠斗さんがそう言えるようになるまでにはきっと長い年月が必要だったに違いない。未だ仏壇に手を合わせているくらいだもの。だからこそ、その言葉には重みがある。わたしが失恋や親子関係で悩んでいるのとは訳が違う。
……違うけれど、わたしはわたしなりに傷ついた過去を乗り越えなければならない。たとえ時間がかかったとしても。
とりあえず、今はまなちゃんと遊ぶことに集中しよう。多分、それが今一番大事なことだと思うから。
「……よーし。おねえちゃん、ちょっとやる氣出てきたよ。まなちゃんは走るの好き? 公園一周するの、どっちが速いか競争しようよ」
提案するとまなちゃんはにこやかに笑い、ブランコからびょんと飛び降りた。
「いいよ! まなちゃん、足はやいんだよ?」
「ほんと? 負けないぞー! よーい、ドン!」
話に乗ってきたまなちゃんと同時に走り出す。幼児に負けるはずないと高をくくっていたら、本当に速くでビックリする。
「まなちゃん先生、おいてかないでよぉ」
泣き言を言ってもまなちゃんはキャッキャと笑うだけで力を抜いてはくれない。本当に、いつも全力で生きているんだと痛感する。力をセーブしながら生きてるわたしとは大違いだ。
(わたしってば、いつも何に怯えていたんだろう? 何に遠慮しながら生きていたんだろう? ……本当の氣持ちを抑えてまで得ようとしていたことって何だったんだろう……?)
心の奥がモヤモヤした。そのモヤモヤの奥から本当のわたしが何かを訴えようとしているような氣がした。
(もうちょっと……。もうちょっときっかけがあれば掴める氣がする……。)
「ゴール! マイマイ、もう一回走ろうよ。次も負けないからねー」
ぼんやりしながら走っていたら、いつの間にかまなちゃんが一周し終えていた。
子供相手に本氣を出したら大人げないと思っていたけど、そっちの方が実は失礼な発想だったことに氣付いた。子供だからって下に見てはいけない。
「次は負けないんだから!」
これでも日々トレーニングしている野球女子なのだ。走りには自信がある。
「あ、マイマイの目、キラキラしてる! お父さんたちとおんなじ!」
まなちゃんがわたしの目をのぞき込みながら言った。嬉しくなったわたしは、今度はしっかりアキレス腱を伸ばしたり足首を回したりして走る準備をし、よーいドンの合図と同時に真剣勝負の走りをした。
*
何周か走った頃、公園のフェンスの向こうから自転車のベルの音が聞こえた。
「あ、ママだっ!」
疲れ知らずのまなちゃんが全力疾走で彼女の元に向かう。めぐちゃんはゆっくり自転車から降り、まなちゃんを抱き留めた。
「舞ちゃん、今日からだったんだね。遠くから見たとき、まなが誰と遊んでるのか分からなかったよ」
「おかえりー。お仕事お疲れ様。しばらくの間お世話になります。よろしくね。ところで……」
わたしはめぐちゃんの乗ってきた自転車に目を向ける。
「……自転車、乗るようになったんだね。前は怖がっていたのに」
「ああ……。まながいるからねぇ。ちょっとお出かけの時に自転車くらい乗れないと不便だなぁって。三輪だけどね……」
めぐちゃんは生まれつき足が悪く、それを理由にずっと自転車に乗らない生活をしてきた。もっとも、周りがそんな彼女のサポートをしてきたから乗る必要はなかったのだが、どうやらまなちゃんのいる生活が彼女を変えたようだ。
「ねえ、ママ。きょうはね、マイマイもようちえんにお迎えに来てくれたんだよ? お父さんと二人で来てくれたんだー」
「えっ、そうなの? だけどどうやって……?」
「マイマイがいつのも自転車で、お父さんがバイクに乗ってきた!」
「いつものって、ママチャリ? 舞ちゃん、あれに乗ったの? わぁ、いきなり頑張るねぇ」
めぐちゃんは目を丸くして言った。
「あはは……。さっそく悠斗さんにしごかれてます……」
「とかなんとか言っちゃって、もう我が家での生活、楽しんでるでしょ? 顔ににじみ出てるよ」
「え? そう?」
思わず顔に手を当てると二人に笑われた。しかし嫌な感じはしなかった。
「もう、なによぉ!」
わたし自身も笑う。すると今度は道の向こうから悠斗さんがやってきた。
「あ、噂をすれば」
「なんだ、めぐもここにいたのか。時間になっても帰ってこないから心配してたんだぜ?」
「ごめんなさい。そろそろ出る時間だよね? わたしたちも出発しないと……」
「ああ……」
うなずいた悠斗さんがわたしの顔をじっと見る。
「あ、あの……。なにか……?」
「お前、さっきよりいい顔してるよ。まながうまくやってくれたみたいだな。いい調子だ」
笑顔で褒められたので照れくさい。そんなことないです、と言おうとしたらわずかな差で悠斗さんに先を越される。
「……そういうわけで、おれたちは体操クラブがあるから舞は留守番を頼む。で、早速で悪いけど、留守番の間に夕食の買い出しと下ごしらえをしといてくれ。メニューはいったん家に戻ったときに教えるから」
「……え?」
昼食の時にわたしは料理が苦手だと言ったばかりなのに、いきなり晩ご飯の支度を任されて動揺する。
「えーと……。わたしが作ったら味の保証は出来ませんよ……?」
「大丈夫だよ。今は調べりゃどんな料理も作り方が分かる時代だ。それを見ながらやれば問題ないよ」
「えー……」
自信のない声を出したら悠斗さんに真顔で説教される。
「舞。うちに来たらうちのルールに従うことだ。おれだって最初は下手くそだったって言ったろう? やればやるだけうまくなるんだから、とりあえず今日から頼むぜ」
「はい……!」
「よし、いい返事だ」
悠斗さんはそう言うと、くるりと向きを変えて自宅に向かいはじめた。めぐちゃんとまなちゃんも彼について行く。
わたしは最後尾を歩きながら思う。一人なら自分のことだけ考えていればいいけれど、家族がいたら常に共生を考えなければ一つ屋根の下では暮らせない。十代の頃はそれが煩わしく思え、一日も早く一人暮らしがしたいと願ってやまなかったが、こうして鈴宮家の輪に加わってみると、複数人で暮らすってのも悪くないなと。そう思えるのはきっと、彼らがわたしを客と見なさず、家族の一員として受け入れてくれているからに違いない。
(直感は正しかった。ここにいたらわたし、きっと変われる……。)
ずっと、抗いようのない力に押されるがまま歩んできた人生だった。立ち止まったり踏みとどまったりするという発想すら湧いてこなかった。でも今ようやくわたしは立ち止まり、自分の頭で考えて次に進む道を自分で選び取ろうとしている。
(戸惑うことだらけだけど、ここにいる間は頑張ってみよう……。)
彼らの背中を見つめながら一人、決意を新たにした。
続きはこちら(第三章#1)から読めます
※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
※彼らの過去のお話は「あっとほーむ~幸せに続く道~ 第一部~第四部」に詳しく綴っています。温かい家族の物語が読みたい方は是非ご一読ください!(大長編なので、まずはあらすじから読むことをおすすめします!)
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