【連載小説】「愛のカタチ」#2 誕生日ケーキ
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「凜ちゃーん。やっほー」
自宅に戻ろうとしたとき、遠くから手を振る人物が見えた。
「あっ、エマ姉(ねえ)。帰ってたの?」
「うん。ちょっと斗和に会いたくなってね」
「相変わらず仲がいいね」
「だって斗和ったら、まだまだお子ちゃまなんだもん。お姉さんとしては放っておけなくてさ」
「まるでお母さんみたい」
「11歳も離れてるからね。斗和が大きくなった今でも子供扱いする癖が抜けないのよ」
エマ姉は、昔を懐かしむようなまなざしで向かいにある斗和の部屋を眺めた。
「斗和が生まれた日のことは今でもよく覚えてる。もちろん、凜ちゃんの小さい頃も。
……ねえ、凜ちゃん。お母さんがいなくて困ることがあればいつでも言ってね。わたし、結婚はしたけど家は近いから、助けが必要なときはいつだって飛んでくるよ。やっぱり、女の悩みは女にしかわからないと思うんだー」
「エマ姉……」
頼りになるお姉さんだ、と改めて思う。
母が別居するようになってからというもの、エマ姉は何かと力になってくれた。それこそ、私のことを実の妹のようにかわいがってくれている。お陰で母なしでも10年やってこられた。
結婚すると聞いたときには、もう頼れる人がいなくなってしまったと悲しくなったけれど、こうして時々顔を見せては気遣ってくれることが素直に嬉しかった。
(……待って、結婚? そうか! エマ姉なら恋愛のこと、いろいろ知ってるよね?)
私は一歩前へ進み出た。
「一つ相談していい?」
「どうぞ。何でも聞いて」
「……運命の人に出会う方法が知りたいの。私、17歳になった今日から、真面目に恋人探して恋愛するって決めたの。……エマ姉は、大介(だいすけ)さんとは運命感じたから結婚したんだよね?」
「運命の人!!」
エマ姉は目を輝かせた。
「そうねえ。運命と言えば運命なのかな。ダイとは、乗る電車が一本でもずれていたら出会ってなかっただろうしね」
「電車での出会いだったの? わあ、素敵!」
「変な輩に絡まれてるところを、ダイが助けてくれたんだよね。ちょうど17。凜ちゃんと同じ年だったわ」
なんて運命的な出会いなんだろう! 私は空想にふけった。私もそんなふうにして運命の人と出会えたら……。
「でもねえ、凜ちゃん」
勝手に盛り上がっている私に対し、エマ姉が冷静になって言う。
「運命の人を探そうと思ってる時って見つからないものよ。それに、わたしだってその瞬間にダイと結婚したいって思ったわけじゃないし。何度も別れちゃあくっつき……を繰り返してようやく結婚、って感じだもの」
「え、じゃあどうしたら出会えるんだろう?」
わたしが真剣に悩み出すと、エマ姉は優しく微笑んだ。
「わたしはね、運命の人とはちゃんと出会えるようになってると思うの。遅かれ早かれ。だから、必死になって探そうとしなくても、そういう人は必ず目の前に現れる。ううん、もう出会っている可能性だってあるかもしれない」
「もう出会ってる……? まさか」
「その、まさかよ。まあ、焦らなくて大丈夫。まだ17歳でしょう? 恋のチャンスはいくらでもあるわよ。凜ちゃん、かわいいしね」
「えー、かわいいだなんて」
「自信を持って、堂々とするのも大事だよ。それだけで『なんかあの人、素敵だな』って思われる。男からだけじゃなく、女からもね」
「へえ。いいこと聞いちゃった。さっそく意識してみようかな」
何だかわくわくしてきた。エマ姉と話せて良かった。そう思った時だ。
突然、締め付けるような痛みがお腹を襲った。思わずその場にしゃがみ込む。
「どうしたの? お腹、いたいの? ……ひょっとして、生理?」
私は小さな声で「たぶん」と答えるのが精一杯だった。
初潮はかなり遅かった方だ。だから17歳なのに、まだ慣れていない。そして月経そのものを受け容れることが出来ずにいる。だって生理があるってことは、自分の身体が妊娠可能になった証拠。すなわち、それを認めれば私自身、あの父と母が結び合って生まれた命であることを自認せざるを得なくなる。
どうしてあの不仲な両親との間に私が生まれるのだろうか。ご神木さまの言うとおり、子供を望む夫婦の想いに感動した神様が涙を流し、それが赤ちゃんとなって二人の前に現れる、その方がよほど自然ではないのか。
私の思いをよそに、エマ姉は笑みを浮かべていう。
「生理があるってことは健康な証拠らしいよ。でも、我慢できない痛みがある時は、ちゃんとお医者さんに診てもらって、必要な薬を処方してもらうのがいいかも。私も痛みがひどかったから鎮痛剤飲んでたし。そうだ、まだ余ってるからあげようか?」
「うーん……。でも、もらっちゃったらエマ姉の分が」
「心配ご無用。わたしね、実は妊娠しちゃって。だからしばらくは必要ないんだー」
妊娠、の一言に、全身の血の気が引いていくのを感じた。
エマ姉と大介さんが仲のいい夫婦であることは知っていたし、結婚すれば子供をもうけるのは自然なこと。ただ、目の前にいるエマ姉のおなかにその命が宿ったのだと思うとにわかには信じがたくかった。
「……どんな子だろう?」
私の口から、そんな言葉が飛び出した。
「私に似てたらきっと美人さんかな。あ、なんとなく女の子って気がするんだよねえ」
エマ姉は愛おしそうにおなかをさすった。
(私が言いたいのはそうじゃなくって……。)
うまく言葉に出来ない……。
産み落とされるはずの赤ちゃんは、どんなことを思って母親の前に現れるのだろう? ご神木さま曰く、赤ちゃんは神様と相談して親になる人を決めるそうだけど、エマ姉のお腹の赤ちゃんもそうだったんだろうか……?
頭の中が疑問だらけになって混乱している。生理痛も加わって気分が悪くなってきた。
「やっぱり、お薬もらってもいい……?」
私は耐えかねてそう言った。
~*~
「ほら、凜の好きなブルーベリーの乗ったチーズケーキ。うまそうだろ?」
「うん、おいしそう。ますます腕を上げたね」
「ま、誕生日ケーキだけは気合い入れるよ、おれだって」
その晩、斗和が恒例の手作りケーキのプレゼントを届けてくれた。エマ姉の影響か、お菓子作りも料理も得意。ケーキに限って言えば、私よりうまく作れるんじゃないかな。こうして私のためにケーキを焼いてくれるようになってもう5年になるだろうか。
腹痛は、エマ姉にもらった薬を飲んだらずいぶん楽になった。もし我慢していたら今ごろケーキどころではなかったに違いない。エマ姉には感謝だ。
(私ってば、斗和がケーキ持ってきてくれるの知ってたくせに、ばっかみたい……。)
17歳はいつもと違うことがしたくて自分でケーキを買ってはみたものの、全然おいしくなかった。わざわざデパートのケーキ売り場で購入したにもかかわらず。
「ね、一緒に食べよ?」
私は帰ろうと背を向ける斗和に声をかけた。
「え、でも誕生日プレゼントだぜ? いいのか?」
「だって斗和、いつもできあがったケーキ食べてないでしょう? うまく出来たなら斗和もきっと食べたいだろうなってずっと思ってたの」
「珍しいな。凜が独り占めしたがらないなんて」
「そういう日もあるの!」
お父さんは近所の付き合いがあるとかで外食するらしく、家には私一人だけ。晩ご飯だって一人では味気ないのに、ましてや誕生日ケーキは一人で食べるものじゃない。悔しいけれど、お父さんとの喧嘩でそれを知った。
私は食器棚からケーキ皿を取り、テーブルに並べた。斗和の作ったホールケーキは直径10cmくらいの小さなものだけど、それを丁寧に等分し、取り分ける。
「……半分ももらって本当にいいの? おれ、一口でもいいんだぜ?」
「誕生日の私がそうしたいんだからいいのよ!」
「……ま、いいか。いただきます」
「いただきます!」
それぞれに手を合わせ、ケーキを口に運ぶ。いつもの、優しいクリームの味。庭で採れた新鮮なブルーベリーの酸味も絶妙。涙が出そうなくらいおいしい。
「おれってケーキ作りの天才じゃね? パティシエ目指せるかも?」
斗和は自分のケーキを大絶賛しながら頬張っている。その顔は自信に満ちあふれていた。
「……目指すの? パティシエ」
「え?」
「もう進路、決めてるの?」
今日、そのことで父親と喧嘩になったこと、ご神木さまからもやりたいことを決めた方がいいと言われたことを話す。
斗和は言葉を選ぶようにして話し出す。
「いんや、おれだって特に決めてるわけじゃないよ。ただ、得意なことはいくつかあるから、最終的にはそのうちの一つに決めようと思ってる」
「その一つがパティシエ?」
「それもありかなー。おれ、お菓子作り好きだし。食べてくれた人が笑顔になったら嬉しいし」
「……そっか」
「凜は悩んでるみたいだけどさ……。いいじゃん、まだ決めなくたって。そのうち見つかると思うぜ」
斗和の言葉に、今日はなぜかジーンときてしまった。
そうでなくても斗和はいつも優しい。私が周りから変人扱いされても、斗和だけは味方でいてくれる。
「どうしていつも優しくしてくれるの? 私、変なことばかり言ってるのに」
「どうしてって、そりゃあ……」
私の問いに、斗和は天井を仰いだ。
「えーと……。凜は自分のこと変だって言うけど、全然そんなことないとおれは思ってる」
続く言葉を改め、斗和は会話を進める。
「凜は、おれたちとは違う世界とつながれるってだけじゃん。おれは、自分が見えてるものがすべて正しくて、そうじゃないことを言う人が間違ってるとは思わない。それだけのことだよ」
「斗和……」
「周りの奴らは、仲間はずれになりたくないだけさ。凜と距離を置く人間の中にも、実際は同じ感覚を持ってる人だっていると思うな、おれは」
「そう、かな……」
「急にどうしたん? 凜らしくないな、今日は」
斗和はイライラしたように頭をかきむしった。
「本当は仲間が欲しいんじゃないの? 話聞いてると、そんなふうに思える」
その言葉にはっとする。自分から、周囲の人間の言いなりになりたくないと言って遠ざけてきたのに、斗和に優しくされたら嬉しいし、同じような理解者がもっといたら、って思っている自分に気づく。
恋人が欲しいと思ったのもきっと、私に寄り添ってくれる人が欲しかったからだ。それなら納得できる。
(私はもう、孤独に耐えられなくなってるってこと……?)
一番の理解者だと思っていたエマ姉も結婚してしまった。妊娠までしている。私にはもう、頼れる人がいない。……斗和以外には。
「変われるかな、私……。ううん、変わりたいよ」
やっぱりこんな自分で一生居続けるのは嫌だ。たとえ誰かと結ばれたって、心が孤独だったら一人でいるのと同じ。
もちろん、これからの長い人生の中で、私のことを理解してくれる人が現れないとは断言できない。けれど、私は今、孤独を癒やしてくれる人が欲しい。母のいない寂しさや、いつも冷たい父との生活に病んでいる私を包み込んでくれる人が。
「変わりたいと思ったら変われるよ、きっと」
斗和は力強く言った。
改めて斗和を見る。斗和も私を見ている。
「……ねえ、斗和。協力してくれないかな。私が変われるようにさ」
思い切って言ってみる。
こんなふうに真正面から見てくれる斗和を私は信頼している。素直にもなれる。だけど、斗和にだけ頼っていては自分のためにも斗和のためにもならない。
17歳はこれまでと違う私になるって決めたんだ。その思いだけはブレちゃいけない。
「凜の頼みなら何でも聞くよ」
斗和はさも当たり前のように答えた。
「で、具体的に何すりゃあいい?」
その問いにしばし考えをめぐらせ、一つの案が浮かぶ。
「私、記念に残るようなことがしたい。17歳の思い出になりそうなことが」
「えー、記念? 思い出? そうだなあ……。ま、ちょっと考えてみるよ」
「ひょっとして、難題押しつけた?」
「いんや、考えるの、好きだし。いい案浮かんだら連絡するわー。……それより、ケーキ残すんならおれにちょうだい」
話すことを優先していたせいで、ケーキを食べる手が疎かになっていたようだ。斗和のお皿のケーキはもう残っていない。
「やだよー。そんなに食べたいならまた作ればいいじゃん。今度はサイズアップしてさ」
斗和がフォークを伸ばしてきたので、私は慌ててそう言って残りのケーキを口の中に放り込んだ。
あ、また一口で食べちゃったな……。
ちょっぴり後悔したけれど、目の前の斗和が笑う姿を見ていたら残念な気持ちはすぐにどこかへ行ってしまった。
斗和がいたらきっと、変われる。そんな気がした。
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