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【連載小説】「好きが言えない 2」#23 未読メール
永江と別行動の間、彼女とつかの間のおしゃべりを楽しもうと思ったのに、なぜか姉から長電話がかかってきて連絡係を引き受ける羽目になってしまった。こんなことなら、永江の電話番号を姉に教えておくべきだった。なぜ俺が間に入ってやらなきゃならないのか。
家についてほっとしたのもつかの間、姉から二度目の電話が入る。またか、と思ってイライラしながらでたが、内容を聞いておれは思わず飛び上がりそうになった。
『……コウちゃん、帰ってきた?』
「いや、まだだ。っていうか、姉ちゃんと一緒だったんだろう?」
『それが、歌を最後まで聴かずに帰っちゃって……。怒らせちゃったかなぁと』
「怒る? どうして?」
『コウちゃんをイメージした歌詞を書いたの。……ほら、この前庸平が言ってたじゃない? コウちゃん、甲子園に行けなかったら死んじゃうんじゃないかって。だから……』
思わず舌打ちをする。どんな歌詞か詳細は分からないけど「やってくれたな」と思った。永江に同行しなかったことを後悔する。
「分かった、分かった。とにかくあいつに連絡とってみる。まぁ、歌聴いたくらいでどうにかなっちゃうような、柔な男じゃないと思うけど」
『ごめんね、庸平』
「いったん切るぜ。居所が分かったら連絡する」
通話を終え、俺はふうっと息を吐き出した。
永江のやつ、いったいどこに行ったんだか。思い当たる節はない。頼る人だっていないはず。俺はともかくあいつに電話をかけてみることにした。
ところが、コール音が一回鳴ってすぐに繋がる。あまりにもあっさり繋がったもんで拍子抜けしてしまう。
「孝太郎、お前今、どこにいるんだ? 姉貴が心配して俺に電話かけてきたぞ?」
『……ああ、もうすぐ君の家につくよ。麗華さんには、急にいなくなって悪かったと伝えてほしい』
「んなもん、自分で言え」
ほっとして俺はいつもの調子でそう返した。が、永江の声は低く、重苦しく続く。
『……庸平。君の家に着いたら一つ、頼みがあるんだ。付き合ってくれるか?』
あいつに庸平と呼ばれてドキリとする。名前で呼ばれなくなって久しい。これは何かある、と直感する。電話越しだが、思わず身構えた。
「何でも付き合うけど、やばい頼み事じゃないだろうな? 本当にもうすぐここに着くのか? こっちから迎えに行くよ」
『いま、三角公園のそばだ。君が来てくれるなら、ここで待ってる』
「おう。すぐ行くわー」
三角公園は、ここから徒歩1分ほどの小さな公園だ。俺は走ってそこへ向かった。
街灯の下のベンチに永江は座っていた。手を組み、うつむくその姿はやはり悲愴感に満ちていた。知らない人が見たら声をかけるのも怖いくらいのオーラを放っている。
「孝太郎ー」
俺はできるだけ明るく声をかけた。
「あんまり心配かけさせんな」
「すまない」
「で、頼み事って何だ?」
俺の問いに永江は数秒黙ったあとで、
「一緒に見てほしいんだ。一人ではとても耐えられない」
そう言ってスマホの画面を俺に見せた。そこには永江の母親の名前と、未読のメッセージが表示されていた。その数、なんと30件。上手くいっていないのは知っているが、これほどまでとは。
「いいのか? 俺が一緒に見ちゃっても。何が書いてあるか、わかんないんだろう?」
「だからだよ。もしもあのときのような文言が書かれていたら、僕はまた気が狂ってしまうかもしれない。そして今度こそ……」
「それ以上言うな」
思わず言葉を遮る。
「なら、見ない方がいいと思う。そう思ってるからこそ、ずっと見ずにいるんだろう? 何で急に見てみようだなんて……。あっ」
問いかけようとしてはっとする。姉だ。姉が妙な歌を聴かせたからに違いない。困った姉ちゃんだ。しかし今姉を責めたところで状況は好転しない。俺は少し考えたあとでこう提案する。
「よし。わかった。なら、俺だけが見る。お前を傷つけるようなことが書いてあったら、そのときはお前の目に触れる前に俺が消去する。それでどうだ?」
「……ああ、そうだな。君の言う通りにしよう」
永江は納得し、俺にスマホを手渡した。そして全権を俺に託したと言わんばかりに顔を背ける。
「じゃあ、見るぜ」
「ああ」
改めて許可を取り、いよいよメールを開封する。
未読メッセージにはどれも件名がなかった。一番古いもので一年前。そこから半月くらいの間隔で送信されていた。
一年前の夏に送られてきたメールを開く。そこにはこう書かれていた。
――コウがキャプテンになったと風の噂に聞きました。おめでとう。
次のメールはそれから一ヶ月後。
――秋の大会、頑張っていますか? もし、部活で使うもので買い足すのがあったら言ってね。お金は用意します。
そんな調子で、当たり障りのない文章が続く。
こんな内容なら俺も言われる。ごく普通の、母親からの言葉。永江はそれすら拒んでいたのか。
最近送られてきたメールを開く。二回戦で勝利を挙げた日だ。それを読んだ瞬間、俺は思わず「あっ」と声を上げた。
――ホームランを打ったんだってね。さすがキャプテン! お父さんにも見せたかったね。次の試合の活躍も期待しています。
試合の結果は新聞に掲載されているはずだが、永江の母親はそれをチェックしている。でなければ書けないことだ。
野球を辞めろと言われたことが原因で絶縁状態になったと聞いている。だがこのメールを読む限り、永江の母親が今でもそう思っているとはどうしても思えなかった。むしろ応援してくれている。
永江が恐れていたようなことは何一つ書かれていなかった。それが、真実だ。
「全部、読んだ」
「……ああ」
「全部、残しとく。全部、読め。いますぐ」
俺はスマホを突っ返した。永江は驚いた顔で受け取った。
「大丈夫。お前が発狂しても、俺はここにいる。だから安心して読め」
読むのをためらう永江にそう告げた。俺の言葉を受け、永江はようやくスマホに目を落とした。
下から続きが読めます。↓ (10/27投稿)
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