【連載小説】「愛の歌を君に2」#10 ライブハウスの前で『歌う』
前回のお話:
28.<麗華>
氣持ちが一つになった今、あたしたちは「自分たちの力を見せつけてやるんだ」と、智くんを筆頭に盛り上がっている。もちろん、リオンを取り戻すのは簡単なことではない。貧乏なインディーズバンドが、潤沢な資金のある音楽事務所に立ち向かうこと自体が無謀だと言うことも全員が承知している。それでもあたしたちは理想を掲げ、自己表現を続けていく。万が一、立てた作戦が失敗に終わってもあたしたちは諦めない。何度でも立ち上がる。その姿勢が、想いが伝播すれば最後には必ず大きな力となって変化を起こせると信じているから。
ライブハウスの外で演奏をするにあたり、ショータさんから予想されるいくつかのパターンが示された。ひとつは、演奏していることを知った事務所関係者が何かしらの理由を付けて演奏をやめるよう言ってくるというもの。これに対しては、きちんと許可を得た上で路上ライブをしているだけだと突っぱねればいい。二つ目は、あたしたちに自由に演奏させる、ライブハウスへの攻撃。今度こそ潰されるかもしれないというショータさんに対し、オーナーは「そうなったら場所を変えて再スタートすればいい。私にはそれだけの人望があるからな」と言って笑った。
「お前らだってついてくるだろう?」
「もちろん、オーナーとはずっと夢を語り合うつもりだよ」
智くんの言葉に拓海も頷いた。
「もし、誰一人として夢を語ることが許されなくなったら……。逆に、カネさえあれば何でも許されるとしたら……。この世界は終わる。僕はそう思う」
――っつーか、すでに人間よりカネの方が高い価値を持ってる氣がする。俺たちはただ、みんなに楽しんでもらいたいだけなんだけどな……。
「本当に、その通りだな」
二人の想いを聞いたオーナーがしみじみ言う。
「……あの女に限ったことではなく音楽業界全体が、本当にいい音楽を広めたり才能あるアーティストを売りに出すのではなく、人々を思考停止させる音楽を量産しているように思えてならない。私はそういう、人を小馬鹿にしたようなやり方が大嫌いでな。もがき苦しみながらも自分たちの歌を歌い続けるお前らのほうが余程かわいいよ」
――おうよ。俺たちゃ尖りまくりだぜ。
「故に、煙たがられるわけだけどな……。まぁ、それで引っ込むような人間なら、オーナーも僕らに親しみを持ってはくれなかっただろうさ」
「そういうことだ。安心しろ、少なくとも『グレートワールド』に出入りするバンドマンはみんな変人、お前らと同じだ」
「褒められてるんだかどうなんだか……」
「最高の褒め言葉だぜ?」
オーナーはにやりと笑い、智くんと肩を組んだ。
今の話を聞き、メジャーで活動していたあたしは複雑な氣持ちになった。オーナーの言うことはよく分かる。あたしも今の音楽業界や社長のやり方には疑問を持ってもいる。だが……。
「水を差すようですが、売れているアーティストはみな、相応の努力をしてステージに立っています。あたしの知る限り、活躍している人は才能ある人ばかりです」
反論すると、オーナーに鼻で笑われた。
「その努力も、事務所に言われるがまま、ってやつじゃないのか? 聴衆を喜ばせるために自分を偽り続けて何が楽しい? 私には彼らが喜んで仕事をしているようには見えないがな。メディア業界の奴らはアーティストを消耗品としか思っていないと私は感じる。金儲けのためなら人権を無視してもいいって言うのか? いい加減、方針転換しろってんだ」
「……つまり、メディア業界、音楽業界の人間こそ思考停止に陥っている、と?」
「極論を言えば、そうなる」
オーナーは前髪を掻き上げた。
「だけどお嬢はこいつらと一緒に業界を改革しようとしてるんだろう? だからリオンを連れ戻そうと躍起になってるんじゃねえのか?」
「……はい。そのとおりです」
「私だって同じ思いだよ。だからサザンクロスを支援するんだ。……お嬢。あの女に言ってやってくれないか。これ以上、人々を洗脳するのはやめろと。カネのために自分の人生を捨てるのはやめろと。まぁ、頭の硬いばあさんに言ってどこまで聞き入れてもらえるかは知らんが」
「オーナー……」
「ここ最近のメディアが推す偶像はもう見飽きたし、聞き飽きた。そろそろ本物のアーティストが活躍すべき時。そしてそれはお前たちだと私は思いたい。……共に古い慣習を変えようじゃないか」
「はい……!」
「やれやれ……。これだから夢を語る男は面倒くさい。それを実現させるのがどれほど大変か、分かってて言ってるんでしょうかねぇ?」
ショータさんはぼやいたが、その顔を見る限り焦りや不安は感じられなかった。彼は「さて」と言って一同を見回す。
「それでは実際に行動を開始しましょう。姉さんは弟さんとコンタクトを。会う日が決まり次第連絡をお願いします。自分はこのあとセナと会って状況を説明します」
「分かったわ。なるべく早く会ってもらえるよう話してみる」
「……ふっ。面白くなってきたな」
オーナーはそう言って再びにやりと笑った。
29.<拓海>
店の前で弾き語っていたのは三十年以上も前のこと。暮らすのがやっとの貧乏ミュージシャンだった俺たちは、それでも店のステージに立ちたい一心でありとあらゆる仕事――バー、パーティー会場、商店街のイベントなど――に手を出し、資金を貯めた。休む間もなく動き続けられたのは間違いなく、恨みと怒りの力。解散は最悪的な出来事だったが、俺たち二人のギタースキルと経験値を上げるという意味では必然だったのかもしれないと、今では思う。
今日、麗華はショータと共にライブ日の擦り合わせに行っていて不在だが、代わりにユージンとセナが来てくれている。セナは自らリオンに電話をかけて本心を聞き、その上でこちら側からリオンを助ける道を選んでくれたのだった。
「ただし、今日来たのは兄さまたちの本氣度を確かめるためよ。情熱が感じられなかったら協力しない。場合によってはリオン側につくかも。それだけは最初に言っておくね」
双子の間でどのような会話が成されたのかは分からない。だが、俺たちが中途半端な覚悟で臨めばセナはこっちを見限るつもりのようだ。発言だけでなく、腕を組んで少し距離を置く様子からもセナの覚悟が分かる。
「セナ。そうやって兄さんたちを挑発するなよ。これはオレたちにとっても新しい試みなんだ。一緒に成長するつもりでやろうって言っただろう?」
ユージンの言葉にセナは更にかみつく。
「それはそれ。これはアタシにとっては人生の分かれ道なの。リオンとこの先も一緒に生きるか、それとも別れるか……。どちらに転ぶかは兄さまたちの腕にかかってると言っても過言ではないんだから。お兄ちゃんには分からないよ、双子の氣持ちは」
「…………」
セナの、リオンに対する想いが今の言葉に詰まっていた。
――双子の氣持ちは分からないが、セナの想いには最大限応えるつもりでやるよ。大丈夫、俺たちならやれる、きっと。
智篤に通訳してもらうと、セナはちょっとだけ表情を和らげた。
「……ほんっと、呆れちゃうよね。兄さまたちの前向きさには。ま、お手並み拝見ね」
*
ライブハウスが開店する一時間前。沈みかけた西日を浴びながら俺たちは演奏を開始した。東京という街で人々の耳を奪うのは難しい。大抵がイヤホンをし、自分の世界に籠もっているからだ。それがライブハウスの前であっても、人々の関心は現実世界ではなく自分の興味関心ある世界……。
――嫌でも聴かせてやるよ、俺たちのギターと歌を……!
道行く人が知っている曲はおそらく「星空の誓い」とブラックボックスの「シェイク!」だけだろう。だからといって、そればかりを繰り返すのでは能がない。俺たちはこれまでに作り、歌ってきた曲から一つずつ披露していく。
「おっ、兄さんたち、なんか面白いことやってるじゃん!」
「オレたちも混ぜてくれよ!」
しばらくすると、今日の出演者であろうインディーズ仲間たちが声をかけてきた。そうだ、道行く人は知らなくても、古くから付き合いのある仲間たちは俺たちの曲を知っている。
「オーナーから話は聞いてるよ。メジャーに対抗するんだってな。そういうことならオレたちも手伝うぜ!」
「若いのには手伝わせて、付き合いの長いオレたちには声をかけないなんて水くさいじゃねえか」
そう言って、頼んでもいないのに彼らは勝手にバックで演奏し始めたのだった。
過去に何度も同日にライブをしているからイントロが流れればどの曲か分かるし、演奏も出来るのがインディーズ仲間というもの。歌詞だって、サビくらいは分かると言わんばかりに智篤と歌声を響かせている。氣付けばちょっとしたイベント会場並みに人が集まっていた。
「……勝手に仲間が集まるなんて、兄さまたち、やるじゃないの。アタシたちも負けてられない。お兄ちゃん、次はアタシたちの番よ!」
セナはそう言ってユージンと目を合わせ、自分たちの持ち曲「シェイク!」の演奏を始めた。
インディーズ仲間の飛び入り参加で注目が集まっていたところに、巷でも人氣の「シェイク!」を生で、しかもパフォーマンスつきで見聞きできた通行人はさすがに拍手を送った。
――この勢いに乗って「星空の誓い」をやろう。
手話で伝える。
「オーケー。だけど君は弾かずに手話で歌ってくれ。演奏は僕がする」
――了解。でも智篤も歌ってくれよ。道行く人に歌詞をアピールしたい。
「分かった。それじゃあ遠慮なく歌うよ」
俺たちは鳴り止まない拍手を割るように「星空の誓い」を歌い始めた。
30.<智篤>
「星空の誓い」の歌詞を、僕は喉を震わせて歌い、拓海は手話で歌う。今までこんな表現をしたことはなかったから新鮮だった。それは聴衆にとっても同じらしく「シェイク!」の時とはまったく異なる姿勢で僕らの「パフォーマンス」を観ていた。サビの部分にさしかかると、セナがアドリブでハモり始め、ユージンも再現動画の撮影時に覚えた手話を披露する。もはやここがライブステージと言っても過言ではなかった。誰もが息を呑み、僕らを見守っている。
歌い終わると同時に歓声が上がり、求めたわけでもないのに投げ銭をする人が続出する。
「ありがとう。僕ら、普段は元シンガーソングライターのレイカと三人でサザンクロスって言うバンドを組んでるんだ。秋以降にはライブもする予定。よかったら聞きに来てくれ。これからも応援よろしく!」
皆が注目しているこのタイミングで自己紹介とライブの告知を挟む。僕らが何者かを知って「あー、やっぱり!」と合点がいった人、「へぇ、氣にしとこう」と興味を持った人。反応は様々だったが、かなり多くの人に顔と名前を覚えてもらえたと思う。
店内でも仲間がライブ中であることを伝え、一旦休憩に入る。
「ありがとう、助かったよ。お前らのライブ、あとで観てくから、ってさ」
拓海が手話を使ったので、このあとステージでライブをする仲間に僕を介して伝える。
「よろしく頼むぜ。じゃ、またあとで」
仲間たちはいいウォーミングアップが出来たと喜びながら楽屋に向かった。
――いい感じだな。今日は麗華がいないけど、セナがそこをカバーしてくれた。
拓海の感想を通訳すると、セナは小さく笑った。
「……別に、レイさまの代わりをしようと思ったわけじゃないよ。兄さまたちが楽しんでたから自然とハモっちゃっただけ。……うん、すごく楽しかった。バイトがない日にはまた応援に駆けつけるよ。これだけの人前で歌い続けたら、アタシも度胸がつきそうだし」
「……ってことは、僕らと一緒にリオンを救出する作戦に乗ってくれるのか?」
「……うん。兄さまたちとなら出来るって、今一緒にやってみてはっきり分かったから」
僕らを見るセナの目は力強かった。
「……キーボードを弾きたいリオンはすごく悩んでる。だから、ショータさんがアタシにしかできないって言ってたこと。オーナー作のピアノ曲をアタシが弾いて聴かせるって作戦を実行すればリオンは必ず戻ってくる。アタシはそう信じてる」
先日、セナ不在の作戦会議でショータは、リオンに戻ってきてもらうためには彼女の協力が欠かせないと言っていたが、確かにセナならリオンの感情を揺さぶることが出来るかもしれない。
「……リオンの反応は?」
「口では、氣が向いたらって言ってたけど、双子の勘では絶対に聴いてくれると思う。それが自分のために用意されたオリジナル曲だと知ったら誰だって一度は聴いてみたいし、氣に入ったら自分で弾きたいと思うのがミュージシャンじゃない?」
「リオンは目立ちたがりだからなぁ……」
ユージンがしみじみ言うと、店内からオーナーが現れた。仲間から僕らのことを聞いて様子を見に来たのだろう。
「客引きご苦労。おかげで普段より盛況だよ」
「そいつはよかった。……それはそうとオーナー、例の作曲は順調に進んでるのか?」
「こっちはメインの仕事の合間を縫って曲作りをするんだ、専業のお前らのようにはいかないよ。だが、必ずいいものを作ると約束しよう」
「ショータの発案で、リオンのために一度セナが弾いて聴かせることになってるらしいが」
「ほう……?」
話を聞いたオーナーはあごひげを撫でた。
「双子が弾くと聞いて一つ、いい考えが浮かんだよ。素晴らしい曲が出来そうだ。楽しみに待ってろ」
オーナーは一人でニヤニヤしながら店内に戻っていった。
その顔からは自信のほどが窺えた。しかしいくらオーナーの作曲が良くても僕らの技術が未熟では話にならない。オーナーの期待に応えるためにも僕ら自身が頑張らねば。
「……よし、もう少し休んだら再開しよう。持ち曲はまだまだたくさんある」
僕は全楽譜を広げた。
――おいおい、それ、全部歌うつもりか? 適当にしとけよ?
拓海は僕から楽譜を奪うと、素早く五曲分選んで突っ返してきた。反論しようとしたが、渋い顔で喉を指し『リーダー命令!』と手を動かすので、それ以上は何も言えなかった。
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今回はあまり話が進みませんでした💦次回、頑張ります!!
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