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【連載小説】「愛のカタチ」#3 斗和の告白大計画


前回のお話(#2)はこちら
斗和に誕生日ケーキをプレゼントされた凜。斗和に、「17歳は今までと違う自分になりたい。だから協力して欲しい」とお願いする。「おれに出来ることなら」といつもの頼もしい返事に、斗和がいてくれるなら変われそうだ、と前向きな気持ちになるのだった。

<斗和>

 
 ――どうしていつも優しくしてくれるの?――

 その問いには焦った。だって、凜の17歳の誕生日に、凜の家で二人きりってシチュエーションだぜ? 正直、「好き」って言うなら今かもしれないと思った。でも、言えなかった。弱気な凜に対して、あの場で自分の情熱を伝えるのは反則な気がして。

 これまで、父親と大げんかして怒りを顕わにしたことはあっても、あんなふうに落ち込んだ姿を見たことはなかった。それに「変わりたい」と言った凜の表情は本気だった。もしおれが凜にしてやれることがあるとすれば、それは告白じゃなく、凜の望みが叶えられるよう力になることだろう。

 凜の笑顔を見るためなら……。

 ケーキ作りを覚えたのだってそれが理由だ。凜が喜びそうな誕生日プレゼントは何か、散々頭を悩ませてたどり着いたのが手作りケーキだった。元々姉が料理好きでそれを端で見ていたせいか、覚えるのはたやすかったし、何よりやっぱり凜が喜んでくれるから作りがいもあった。気づけば五年間、誕生日のたびに作っている。

 ただ、凜のためだった菓子作りはいつの間にかおれ自身の楽しみにもなっていた。学校や部活が休みの日には大抵焼き菓子を一つ作る。家中がバターの香りで満たされるあの時間がたまらなく好きだ。
 もっとも、最近では食べてくれる人(姉のことだ)がいなくなってしまったので、仕方なく部活のメンバーに処分、、してもらっている(食べることより作ることが好きだから、おれ自身は味見しかしない)。しかしこれが好評で、また作ってきてくれとせがまれるほどだ。まあ、野球部の男どもに言い寄られても全然嬉しくないんだけどさ。

「夏の大会もあっという間に予選敗退しちゃったし、もう高野の作ってくる菓子を食べたくて部活に顔出してるようなもんだよ、おれは」

 七月のとある週明けに持っていったクッキーに群がるメンバーの一人、橋本が言った。ちなみに高野って言うのはおれのこと。学校では名字で呼ばれている。
 橋本とはクラスも同じで仲のいい友人の一人。いいやつなんだけど、野球のセンスはゼロ。痩せる目的で入部したものの、おれが餌付けするばっかりにちっとも痩せない。

 相変わらずうまそうに食う橋本と、その様子をじっと観察しているおれを見たメンバーが、「おまえら、恋人同士か!」と茶化してきた。なぜかそこでわーわー盛り上がり始める。

 おれは本当に背筋がゾクッとして、真顔で返す。
「冗談はよせ。菓子作りは趣味でも、男を好きになる趣味はねーよ」

「うわ、ひどい。高野のこと友だちだと思ってたのにそんなこと言うんだ? おれのこと、好きじゃないんだ? ショックだなあ」
 橋本は大げさに肩を落とした。

「そういう反応するなよ、周りが誤解するだろ?! だいたい、友だちのことは好きって言わねえもんだよ。ダチはダチ! んなこと言うならもう持ってこねえぞ」

「ごめん、ごめん。そう言わずにまた持ってきてくれよ。おいしく完食してやるからさあ。っていうか、食べてくれる人がいなくて困ってるのは高野の方じゃないの?」

 言われて言葉に詰まる。自分で「メンバーに処分してもらってる」なんて言っちゃうくらいだ。食欲旺盛な彼らがいなかったら持て余してしまうのも事実なのだ。

「ほかに食べてくれそうな奴らがいればそっちに乗り換えるって手もあるんだけど……いるわけねーよな」

 おれがぼそっと呟くと、橋本が「あっ!」と声を上げた。

「秋の文化祭の出し物に高野の作った菓子を売る、って言うのが今唐突に降りてきた。まだなにやるか決まってなかったし、どうかなあ? 提案してみる価値はあると思うんだけど。だって、旨いし、おれたちだけでうまうまするのも、なんかもったいないじゃん?」

「え? 今、なんて言った?? おれの菓子を売る?! 文化祭で?!」

 思ってもみなかったことを言われ、反射的に拒みかけた。が、その瞬間に凜の顔が浮かんで思いとどまる。

 そうだ、凜は誕生日を機に変わりたいと言っていた。何か記念になることをしたい、と。力になると言ったきり、いい案が浮かばず保留になっていたけれど、おれが得意な菓子作りに、文化祭という一大イベントを組み合わせれば、ひょっとしたら何かしらの記念になるんじゃないだろうか……?

「……ありかも、しれない」

 もちろんクラスの意見が一致しなければ実現はしない。ただ、ちょうど二学期の文化祭に向けて今ごろから委員を決め、準備を始めるところでもある。

「なあ、橋本。言い出しっぺで、クラス委員のお前に頼みたいことがある」

「高野君ラブのおれに出来ることなら何でもするよん」

「……だから、そういうのはパス」
 一瞬気が萎えそうになったが、気を取り直してもう一度頼む。

「おれが文化祭実行委員になれるよう、そして焼き菓子を販売できるよう後押しして欲しいんだ。クラス委員が一声発すれば、みんなも動きやすいはず」

「それならカンタンっしょ。高野がクラス全員分の菓子を焼いて配ればいい。おれが何か言うまでもなく、それだけでイチコロさ」
 橋本はそう言ってウインクをした。

 いちいち大げさな反応をする橋本には興ざめだが、さすがクラス委員、提案内容はいいと思った。

「OK。それでいこう」

「けどさ、実行委員は男女一名ずつだよ? 女子の候補は決まってるの?」

「ああ、目星はついてる」
 橋本の問いにおれは迷わずそう言った。
 これはおれにとっても人生をかけた一大イベントになる。いや、そうするって、いま決めた。眺めていればいいだなんて思ってたけど、こうなったらもう走りきるっきゃない。

 斗和の告白大計画の始まりね。ここにはいないはずの姉の声が頭の中にこだました。


続きはこちらから #4


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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