【連載小説】「好きが言えない 2」#19 心配ごと
彼女からの電話かも、と慌てて出る。しかし聞こえてきたのは馴染みのある声だった。
『庸平(ようへい)? あたし、麗華。まだ、起きてた?』
大学生活をエンジョイしている姉からだった。この頃は年始にしか帰ってこないから、今は何をしているのかさえ知らない。その姉が、一体何の用だって言うんだ?
「起きてるも何も、まだ九時だろう? いつまでも子供扱いすんなよ。もう、高三だぜ? 今、バッティング練習してたとこ。大会が近いからな」
『そうよね……。コウちゃん、近くにいるの?』
「ああ。今、庭にいる。俺はちょっと離れたとこに移動したけど、それがどうした?」
永江が、大会の前や大会中、うちに泊まり込んで遅くまで一緒に練習しているのを姉も知っている。もう、四、五年続いている恒例行事みたいなものだ。
俺の返答を聞いて、姉は少し声を抑えて言う。
『実はきょう、久しぶりに再会したのよ。川越駅で。あたし今、大学の友人とストリートミュージシャンしてるんだけど、そうしたら……』
「は? 姉ちゃん、何してんだよ。歌、歌ってるって……」
変わり者の姉だとは思っていたが、また妙なことを始めたものだ。しかもその歌を永江が聴いた?
「あー、なるほど。それで様子がおかしいのか」
つついても口を閉ざすばっかりだった理由も、姉が絡んでいるならうなずける。
『様子がおかしいって……。やっぱりそうなんだ』
姉はため息を一つつき、こう続ける。
『なんか、元気なかったのよね、コウちゃん。でもすぐに帰っちゃったから、あの後どうしたかなって心配で』
「大会の前だからピリピリしてるだけじゃないか?」
『……あの子、前々から野球のことしか頭にないって感じで、放っておけないところがあるじゃない? 今日会ったとき、ますますそれに磨きがかかってるように見えてちょっと怖かったんだよね』
「姉ちゃんもそう思う? 実はさ……」
永江に聞こえないよう声を絞り、先日あいつとした会話をかいつまんで伝えた。姉はそれを、電話の向こうで静かに聞いていた。
『……甲子園には行けそうなの?』
「そんなの、やってみないと分からない。大体、あんなのは運もあるし」
『そうよね。……頑張ってよ、庸平。コウちゃんを救うためにも。あたしもできる限り協力するから』
協力って、一体何をしてくれるんだろう? と思ったが、聞くに聞けなかった。
納得したのか、姉は『じゃあね、おやすみ』と言ってあっさりと電話を切った。
まったく、俺のことは気にかけてくれない当たり、姉らしい。姉にとって永江は、実の弟の俺よりも世話を焼きたい存在のようだ。ひょっとしたら好きなのかも知れない。
無口で勉強もスポーツも出来る男は人気がある。クラスの中にも、永江のことが好きだと言っている女子がいる。あいつだけはやめとけって感じだけど。
~*~*~
七月十日。大会初戦は一対零で辛くも勝利した。監督の采配が功を奏したから良かったものの、この試合は、本当の意味では負けたと言ってもいいくらいにひどかった。
チームが一つにまとまらなかったのは、永江が一人で空回りしてたせいだ。みんな、永江のやることなすことすべてについて行けない。そんなんじゃ、次の試合は本当に負けてしまうだろう。
「何、あの叱り方。ショートが内野ゴロを取り損なったからって、みんなの前で言うことなかったじゃん。あんなふうに言われたら誰だって緊張して動けなくなるに決まってるよ」
試合が終わったあとのミーティングの場で、俺は思わず永江に言ってしまった。
副部長として、いや、永江に苦言出来る唯一の人間として口を開かなければならないと思ったのだ。
しかし相手は永江だ。言われっぱなしにはならない。
「気が緩んでいたからミスをした、とも考えられるだろう。僕はただ、同じミスをしてほしくないから注意したに過ぎない」
「あのなぁ、チームでやってんだぞ? 一人プレイのスポーツじゃねぇんだ。前にも言ったよな? 永江が一人で頑張ったってどうにかなるもんじゃないって」
「だから全員に、僕と同じかそれ以上のレベルを求めているんじゃないか」
「違う! みんなが『お前』になったら、野球として、チームとして成り立たない!」
「なぜ? 冷静かつ頭脳プレイの出来る人間が多ければ多いほどミスの少ない、堅実なプレイが出来るってもんじゃないのか?」
自分で自分のこと、冷静かつ頭脳プレイの出来る人間って言ってんじゃねえよ。とツッコミを入れようとしたときだ。
「もういいだろう、水沢。永江にはわしから話してやる」
監督はおれたちのやりとりをじっと見守っていたが、ついに沈黙を破った。監督が言えば永江だっておとなしくなるだろう。
「よろしくお願いします」
俺はまだまだいい足りないことを全部飲み込んで監督に託した。
「永江だけ残るように。あとは水沢の指示を仰いで帰る支度を済ませておきなさい。10分後に球場の前で合流しよう」
水沢、後は頼む。と言って監督はチームの統括を俺に任せた。
「よしみんな、初戦突破だ。この調子で次も頑張ろう。きょうはお疲れさん」
俺は部員に声をかけ、ベンチをあとにする。
「僕は何も間違っていません」
「その考えが間違っていると言っているんだ。この際、お前のことはきちんと教育しないといけないな」
後ろで永江が抵抗する声が聞こえた。あいつ、キレたりしないだろうな……?
ちょっと心配になったけど、あとはもう星野監督を信じるしかない。
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