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【連載小説】「愛のカタチ」#4 ちっぽけな勇気

前回のお話(#3)はこちらから
お菓子作りが好きな斗和は、作ったお菓子を同じ部の部員に食べてもらっている。このおいしさを自分たちだけで味わうのはもったいないと感じたメンバーの橋本が、二学期に行われる文化祭の出し物として提供するのはどうかと提案する。斗和は凜との約束である「17歳の思い出作り」に利用できるかもしれないと思い立ち、その案に乗っかることを決める。

<凜>

 気付いた時には決定していた。文化祭実行委員のことだ。
 私は途方に暮れて斗和の方を見たが、斗和からは満面の笑みを返された。力が抜ける。あんな顔をされたんじゃ、こっちも笑うしかないじゃないの。

 とはいえ、みんなの前に立ったり引っ張ったりする役は今まで一度もやったことがない。斗和と違って内気だし、友人もいないからどう話せばいいかも分からない。そこへ斗和がやってくる。

「大丈夫だって。基本、おれたちが決めてくからさ」

「おれたち?」

「そ。おれと橋本。クラスのことはクラス委員も一緒の方がいいだろうってことになってんだ。 な?」
 斗和は脇にいた橋本に声をかけた。橋本は強くうなずく。

「計画練ったり会議の進行役はおれたちがやるんで、後藤さんは書記係をしてもらえると助かるなあって話してたの。字、きれいだし。何事も適材適所ってやつ」

「ふーん。それなら……」

 なんとか出来るかもしれない。そう言いかけた時だ。

「男子だけで勝手に決めてもらっては困るわ」
 背後からとがった声が聞こえた。同じくクラス委員の鶴見さんだ。

「だいたい、後藤さんを推薦した理由も分からないし、こそこそと内輪だけで話を進められてはみんなが迷惑だわ」

 斗和が私を推した理由は幼なじみだからに違いない。一緒にやろうぜ、くらいの軽い気持ちだったんだと思う。

 ただ、学校では名字で呼び捨てる決まりにしているせいもあり、私たちが幼なじみであることは鶴見さんをはじめ、ほとんどの人が知らない。無口で一匹狼の私になぜ白羽の矢が立ったのか、疑問を抱くのも当然と言えば当然だった。

 いらだつ鶴見さんの発言に、斗和は眉根をひそめた。

「そうは言うけど、あの場で立候補する女子、いなかったじゃん。誰かがやらなきゃいけないなら、やってくれそうな人に声かけるのも一つの方法だとおれは思う。だからおれは後藤に頼んだし、みんなだって承認した」

「でも、後藤さん本人は……」

「私、やるよ。みんながやって欲しいって言ってくれたの、ちょっと嬉しかったし」

 言ってから、自分の言葉に驚く。その場にいた三人も、だ。
 私自身ずっと、周囲には受け容れられない人間なんだと思い込んでいたけれど、そう、やっぱり斗和の力を借りればこんな私でもクラスの一員になれる。自分から輪の中に飛び込む勇気はないけれど、引っ張ってくれる斗和がいてくれるならなんとかやれる。そんな些細なことが、私にほんのちょっぴりの勇気をくれたのだ。

 鶴見さんはいよいよ目を三角にする。
「周囲の意見に流される人は嫌いよ」
 そう言ってぷいっと顔を背けると、その場を後にした。

「怖いなあ、鶴見さんは。あの人こそ、自分の意見押しつけてると思うんだよな。ああいう人、苦手」
 橋本はぶるぶると身体を震わせた。
「気にすることないよ、後藤さん。今、やるって言ってくれておれも嬉しかった。だから、よろしくね。ほら、高野もお礼いっときな」

 鶴見さんを睨み付けていた斗和を橋本が引き寄せる。斗和は私の顔を見るなり「えーと……」と言って頬をポリポリかいたが、少し考えてから、

「記念に残る文化祭にしようぜ」
 と言った。

 泣きそうになる。私が言ったことをちゃんと覚えていてくれていたのだと知ったから。こみ上げるものをぐっとこらえ、笑顔を作る。

「ありがとう、高野。それから橋本も。私、どれだけやれるか分からないけど、頑張るね」
 私の返事を聞いた二人は顔を見合わせ、にやついた。その瞬間、何か良からぬことを考えているなと直感する。案の定、斗和は自分のカバンから何やら袋を取り出すとそれをみんなに配り始めた。私にも一つ手渡される。

 ――個包装されたクッキー。

 二人の表情と配られたものを見てピンときた。
「ひょっとして、これを文化祭でやるつもりじゃ……」

 私のつぶやきを斗和が拾って、全体に言う。
「その通り。実はこれ……おれが作ったクッキー。売り物になるかどうか、みんなに判断してもらいたくて作ってきたんだけど、どう? クラスの出し物として通用するかは食べてから決めてもらって構わない。もし不採用って言うなら、代替案を出してもらおうと思ってる」

 高野がこれを? 意外! 手先、起用なんだ! 個包装のセンスもいいじゃん!

 様々な声が飛び交う。しかし好感を持った人が多く、クラスは明るく楽しい雰囲気に包まれた。
 私はもちろん斗和の手作りお菓子がおいしいのを知ってる。そのおいしさを独り占めできなくなるのはちょっぴり残念だけど、みんながおいしいと言って食べ、それを見た斗和が笑顔になったら私も嬉しいかも。

「食べ物で買収するなんて、卑怯者のすることよ。そうは思わない?」
 ただ一人、鶴見さんだけは不満そうだった。しかし彼女がぼやいたところでみんなの心はすでに斗和のクッキーに傾いていた。

「鶴見さんは不満ありそうだけど、何か代わりの案を出せる?」
 橋本が彼女に問いかける。配られたクッキーの袋を開けもせず、鶴見さんはそれをじっと見つめている。斗和がため息をついて彼女の前に立つ。

「とにかくさ、食べて欲しいんだよな。文句はそれから受け付ける。万が一アレルギー持ちでも食べられるように、余計なものは入れずに作ってる。だからそんなに警戒しないでくれよな」

「……食べたくないわ」

「代替案が出ないなら、このまま採決しようかな」
 それを見て橋本が話し合いを進行する。
「今年の文化祭、手作りクッキーの販売がいい人は挙手を」

 私を含め、みんなが迷わず手をあげた。数えるまでもなく、過半数を超えている。

「ありがとう。それじゃ今年の文化祭の出し物はこれに決定ってことで。具体的に活動開始するのは生徒会からの承認後になるんだけど、出し物の名前とか、コンセプトとかは早めに決めときたいと思ってるんで、みんな、協力よろしくー」

 楽しみ! お菓子作り好き! かわいいのたくさん作りたい! 飲み物もセットにしたら?

 再びいろいろな意見が飛び交い始める。みんな楽しそうだ。
 鶴見さんだけが黒板を見つめたまま動かなかった。

 何か声をかけたほうがいいかな……。

 そう思っていた時、授業終了のチャイムが鳴った。この後は昼休み。おのおのがカバンから弁当や財布を取り出して昼食の準備をし始める。そんな中、鶴見さんは身体一つで教室を飛び出していった。

「待って……!」

 いても立ってもいられず、私は彼女の後を追った。

 屋上へ続く階段を彼女は駆け上がっていった。私は息を切らしながら追いかける。
 誰もいない屋上。そこに、鶴見さんと私が立つ。

「鶴見さん……」

「どうしてついてきたの? あなたの顔なんて見たくないわ」

「…………」

 はっきり言われ、正直落ち込む。
 追いかけた理由なんて私にも分からない。放っておいてはいけないと思ったら身体が勝手に動いていた。それだけのことだ。

 沈黙に耐えかね、私はなんとか言葉を絞り出す。
「……鶴見さん、本当は文化祭でやりたい出し物の案を持ってるんじゃない? だからあんなに怒ったんじゃないのかな?」

「まさか。単純に高野君のやり方に納得がいかなかっただけよ。あなただって彼らに巻き込まれて、本当は嫌々承諾したんじゃないの? やりたくもない委員を無理してやるくらいなら、私がクラス委員と兼任するわ」

「……嫌々承諾なんて、してないよ」

 せっかくやる気になっているところでそんな言い方をされ、ああ鶴見さんは私のことが嫌いなんだろうな、と思う。それが証拠に、彼女はこう言い放つ。

「あなたみたいな目立たない存在が、華やかな文化祭のまとめ役になれるとは思えない。高野君は物静かなあなたなら黙って引き受けると思ったんでしょうけど。おとなしい人は、文字通りおとなしく図書委員とか学校新聞委員とかやってればいいのよ」

「……そうやって、人のことを勝手に決めた枠組みに入れないで!」

 胸が痛んだ。苦しかった。でも、言わずにはいられなかった。斗和にもらったほんのちっぽけな勇気を振り絞って反論する。と、今までため込んできた想いが口からあふれ出てきて止めることが出来なくなった。

「確かに私は誰ともつるまないし、一人でいることが多いからおとなしいと思ってるかもしれない。でも、私は私。鶴見さんのイメージ通りに振る舞わなきゃいけない理由なんてないよ。……私は変わる。そのためにも新しいことに挑戦したい。今回の文化祭実行委員は私にとってチャンスなの。だからそれを取り上げないで」

 鶴見さんは目を丸くしたが、直後に鼻で笑った。
「そういう人がいるから困るのよ。いい? 学校は規則で出来ているの。輪を乱すことは許されない。変わりたいって言うのはあなたの自由だけど、それがいかに迷惑な発想か、よく考えて欲しいものね」

「…………」

「悪いけど、これ、高野君に返しておいて。学校には、勉学に関係するもの以外持ってきてはいけない決まりよ。知らないのかしら?」

 突っ返されたクッキーを持ち、私はぐちゃぐちゃの心のまま教室に戻った。
 私は迷惑をかけるような発言をしたのだろうか。斗和は規則違反で、自分勝手なのだろうか。ルールを守ることがすべてであり、みんなと違う考え方や感じ方を抱いても、多数意見に合わせるのが正解なのだろうか。本当に?

 モヤモヤが晴れない午後を過ごした私は、帰宅するなりご神木さまのもとへ向かった。ご神木さまはすぐに声をかけてくれる。

 ――元気を出して、凜。

 まるで頭をなでられたような安心感に包まれる。私はほっとして話し始める。
「だけどね、ご神木さま。私、どうしたらいいか分からなくなっちゃった。変わりたいと願ってもやっぱり許されない。これまでと一緒で、誰かがそれをよしとしない。……私ってば、ずっとこんな人生を送ることが運命づけられてるんじゃないかとさえ思えてきてほんと、嫌になっちゃう」

 ――弱気になるのは分かるわ。でも、あなたはあなたのままでいいのよ。誰かに合わせる必要なんてない。理解者は必ずいる。心配することはないわ。

 のんびりとしたご神木さまの言葉にちょっぴりイライラする。
「ねえ、ご神木さま。運命の人とで会わせてくれるって約束だったよね? 早く私のもとに連れてきて欲しいんだけど」

 現状を早く変えたかった。ご神木さまなら、神様ならすぐにでも願いを叶えてくれる、そう信じたからこそ頼んだのだ。しかしご神木さまは私の問いに答えなかった。

 ――凜。もっと顔を上げてご覧なさい。物事を別の視点から見てご覧なさい。あなたの望むものはもう用意されているわ。

「えっ?」

 すでに用意されている? まさか。私にはそうは思えなかったが、ご神木さまはそれきり黙り込んでしまった。

続きはこちら(#5)から


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いろうた@「今、ここを生きる」を描く小説家
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