【連載小説】「愛のカタチ」#1 恋愛宣言!
いろうた最新作 ☆新連載開始です☆
「愛のカタチ」
今回のテーマはズバリ「さまざまな愛」。これまで同様、二人の主人公が織りなす物語となっております。恋じゃなくて、愛というのがポイント。最後までどうぞお付き合いくだされば幸いです。
☆今回の主な登場人物☆
・凜(りん) 神社生まれの高校二年生(女)
・斗和(とわ)凜の隣に住む高校二年生(男)
・エマ 斗和の姉。28歳の既婚者。
1
今日からは恋も勉強もイケイケの高校生活を送るぞ! と決めていたのに、どうして私ってばこうなんだろう。
――ハッピーバースデー 凜(りん)――
自分で用意したとは言え、せっかく優雅な気持ちで味わおうと思っていた誕生日ケーキを怒りにまかせて豪快に食べてしまうなんて、私ってばなんて馬鹿なんだろう。ろうそく、17本も立てるの大変だったのにな。写真も残してないからSNSに投稿することすら出来ない。
「お父さんは何にもわかってない。だからお母さんにも逃げられるんだ」
母について行けばよかった。そう思ったのは何度目だろうか。それでも私が父と暮らすことを選んでいるのは、間違いなくご神木のせいだ。
うちは代々続く神社の家で、この街でもかなり長い歴史を持っている。毎年地域の方々から寄付を募り、秋には大規模な大祭も行っているほどだ。
秋祭りは、神社の境内にあるご神木に供物をささげ、日頃の感謝をお伝えするのが慣わしで、神事が終われば飲めや歌えの大騒ぎ。秋の実りを皆で喜び合うのである。
私はこの秋祭りが好き。なぜって、ご神木さまが喜んでいるのを感じられるから。
私は生まれながらにして、ご神木さまの気持ちを感じることが出来る。母が出て行ってからのおしゃべり相手はいつもご神木さま。どんなに落ち込んだときも、それこそ今日みたいに父と大げんかをした日でも、ご神木さまは慰めてくれるし、なにより心安らぐ。ただ、父にこの話をしたことはない。知っているのは幼なじみの斗和(とわ)だけである。
――今日のけんかの原因はなんなの?――
ご神木さまが言った。私は独り言をつぶやくような格好で返事をする。
「また進路のこと。高二にもなったんだから、いい加減うちを継ぐ気持ちを固めたらどうか、って。だからね、神社を継ぐ気なんかないって言ってやったの」
――相変わらずね――
「なんで親に進路希望の紙を見せてサインをもらわなきゃいけないのかなあ? それがなければこんなことにはならなかったのに」
――そうかしら?――
珍しく、ご神木さまは私に疑問を投げかけた。
――……ねえ、凜。前から聞こうと思ってたんだけど、高校を出たらどうするつもりなの? 凜が本当にしたいことって何?――
「それは……」
痛いところを突かれ、押し黙る。ご神木さまは続ける。
――凜のお父さんが本当に聞きたいのはそういうことじゃないかしら? 継ぐ、継がないじゃなくて――
「……わかってるよ、そんなこと!」
つい声を荒げ、直後に冷静になってため息をつく。
そう。私は自分が何をして生きていきたいのか、はっきり決めてこなかった。何か夢中になれるものに出会っても、「それは神社の子とは釣り合わない」と言われている気がして、また実際父にそう言われたことさえあって長続きしなかった。
気づけば高校二年生。学校では、やれ進路を決めろだの、大学はどこにするだのと言われ、それもうんざりしている。
だけど、とっくに気づいてるんだ。私は、父や周りの言いなりになりたくないだけだ、って。それで逃げ回って来ただけなんだって。でも、17歳になった今日から、私は新しい自分になるって決めたんだ。いい加減、鬼ごっこをやめて、次のステージに向かおうって。
思い切って口を開く。
「ねえ、ご神木さま。こんなことを頼むのは間違っているかもしれないけど、私、変わりたいの。ちゃんと青春したい。……そのために力を貸してくださいますか?」
――ようやくその気になったのね?――
「ご存じと思うけど、私、今日で17になったの。なのに、16の時も15の時もその前も、ずーっとお父さんと喧嘩してる。しかも同じ内容で。
知ってる? 物語に出てくるお姫様は、16で王子様と結婚するんだよ? なのに私、一度も恋してない」
――あら、凜は恋がしたいのね?――
ご神木さまの声色が変わり、周囲がポッと暖かくなったように感じた。私の気分も高ぶる。
「そう! 運命の人と素敵な恋がしたいの!」
――つまりわたくしは、凜が運命の人と出会えるようにお手伝いをすればいいのね? わかったわ。わたくしに任せなさい――
そう言うと、ご神木さまは黙り込んでしまった。
大樹が、初夏の風にその葉を優しく揺らしている。まるで私を撫でようとしているかのように。
ありがとうございます、ご神木さま。
心の中でお礼を言った。最悪の誕生日になるところだったけど、これできっと素敵な17歳が始まるはず。いつの間にかわくわくしている自分がいた。
2
姉の妊娠報告はあっさりしていた。結婚報告の時と同じノリで「妊娠したよー」って、まるで友達に挨拶するかのような口ぶりだった。
「で、親には言ったの?」
「えー、これから。斗和(とわ)に一番に言っときたかったんだー」
「なんで?」
「だって、かわいい弟には、わたしの嬉しいこと、いつでも知っておいてほしいんだもん。……ただ、妊娠って、だめになることもあるって言うし、親に言うのは安定期に入ってから、と思って」
「またまた、妹がほしかったからっておれを男と思ってない発言」
「そりゃあ、あんたのことは妹みたいに扱ってはいるけど、そうでなくてもわたしからすれば、17歳なんて男としては半人前よ」
「28のおばちゃんが何言ってんだか」
「おこちゃまにはアラサーの女の魅力なんてわからないわよ」
あ、そうだ! 姉は思い出したように言う。
「凜ちゃんにも教えとこうっと。あんたと一緒でかわいい妹みたいな存在だからねー」
「え、凜にも?」
なんだかんだ言って、妊娠したのが嬉しいから、思いつく限りの知り合いに報告するつもりなんじゃないか、って思ってしまう。顔をしかめていると、姉はあっけらかんと言う。
「あら。凜ちゃんはあんたの幼なじみじゃないの。教えたっていいでしょう? 家、隣なんだし」
「いや、そういう理由じゃなくて」
凜は昔からフツーじゃないものの考え方をする子なんだ。常識外れとも言えるかもしれない。特に人の出生について特別な考えを持っている。なんでも、神様と話が出来るらしくて、幼少期に聞いた「赤ちゃんは神様の涙から生まれる、凜もその一人だ」なんて話を未だに信じているらしい。
そりゃあ、神様の世界ではそうなのかもしれないけど、現実世界の人間ってのは、男と女がイヤらしいことをして子供を作るもんだ。凜だって、知識としては知ってるはず。なのに運命の人との間に、神様がポンッと子供を届けてくれるって信じてる。そこへ姉がさっきみたいに「妊娠したー」とおなかをさすりながら現れてみろ。じんましんでも発症するんじゃなかろうか?
「何か言っちゃいけない理由があるの? ならさ、あんたの口から言っといてよ。それでもいいからさ」
「はあ? やだよ、そんなの。大体おれが妊娠したわけでもないのに」
「ケチねえ」
「ケチって、おかしいだろ」
とにかく、言うなら自分で言ってくれよ。おれはうんざりして姉の元を去り、自室に向かった。
まったく、そろそろおれのことをちゃんと男と見なして接してほしいもんだ。姉はまだ半人前だって言うけど、妊娠しただなんて聞けば、どんな行為をしたか、想像したくなくてもしてしまう。そのくらいの知識と妄想力は持っている。
「高校生なんだし、もっと女の子と遊んだら? 斗和、イケメンなんだし」
この前姉の夫、ダイ兄(にい)に会ったとき言われた台詞だ。部活に精を出してる姿しか見てないからか、心配してくれているらしい。
でも、いいんだよ、おれは。いつだって好きな女を眺めていられる環境にいるんだから。片思いでもいいじゃん。そもそも、付き合ったら二人の関係って何か変わるわけ?
「そんなだからお子ちゃまだって言ったのよ」
急に背後から姉の声が聞こえ、慌てて振り返る。え、おれの心の声が聞こえてた? まさか、な……。
「勝手に部屋に入ってくるなって言ってるだろ! おれはもう赤ちゃんじゃないんだ、後から追っかけてこられても迷惑なだけだ」
ようやく一人時間を満喫できると思っていたのに、これじゃあ全く気が休まらない。しかし姉は聞く耳を持たず、おれの隣に立ってこう言った。
「あんたわかりやすいよねえ。さっさと告っちゃえばいいのに」
「こ、告るって、だれに?」
「好きなんでしょ。凜ちゃんのこと」
「だ、誰が……!」
声がうわずる。たぶん、顔も赤くなってる。我ながら嘘をつくのが下手だな、と思った。姉はほくそ笑んだ。
「知ってるよ。いつだってこの窓から凜ちゃんの姿を探してること。お姉ちゃんが気づいてないとでも思ったか、ふっふっふ」
「うるせえ。放っておいてくれよ……」
「大丈夫。たぶん本人には気づかれてないから。残念なことにあの子、鈍感みたいだしねえ」
何が大丈夫なんだよ、と思ったが、もはや何も言えなかった。
「わたしが協力してあげよっか?」
「断る」
「まあ、そう言わずにさ。そうだ、一緒に計画立てよう。名付けて、斗和の告白大計画」
「ダサっ……」
「いいなあ、初恋。純だよねえ。でもさ、やっぱりこう言うのって、男が頑張るべきだと思うの。その方が女もぐっとくるから」
「……姉ちゃんに任せたらだめな気がするよ」
「えー、なんでよぉ。これでも数々の恋愛を経験してきてるんだよ?」
「いい。おれ、姉ちゃんになんとかしてもらうくらいなら自分でやる」
「あら、そう? じゃあ善は急げ、ってことで。今すぐ言っておいで」
姉が窓の外を指さした。そこには凜の姿があった。
「ちょ、ちょっと待った! おれ、まだ心の準備が……」
思わず窓の下に身を隠す。
「意気地なし。自分でなんとかするって言ったばかりじゃない」
姉もしゃがみ込む。
「そうだけど……。ほら、雰囲気とか、タイミングとかってあるじゃん?」
「それもそうね」
姉は妙に納得した様子で頷いた。
ひとまず安堵する。しかし困った状況に変わりはない。何せ、姉はおれが凜に恋愛感情を抱いていると思い込んでいるうえに、おれから告白すべきだと決めつけている。
正直な話、おれの抱いているこの感情が、恋なのか友情なのか、よくわからない。遠くから凜を眺めるのが好きなのは認めるけど、キスしたいとか、抱きたいとか、そういう気持ちがないのも本当だ。だから、仮に恋人という関係になったとしても、どう振る舞えばいいかわからない。想像が出来ない。だったら別にこのままでもいいじゃん、って思っちゃうんだけど、それじゃあだめなんだろうか。
「よし!」
考え込んでいると、隣にいた姉が勢いよく立ち上がった。
「姉ちゃん! 凜に見つかるぜ?」
「斗和。私、凜ちゃんに聞いてくる。今好きな人がいるかどうか、女同士なら話してくれるかもしれない」
「や、やめろって! 余計なことすんな!」
しかし止める間もなく姉は部屋を飛び出し、気づけば凜と合流していた。
おいおい、勘弁してくれよお……。
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