ただの日常を残す意味を考える。
こんばんは。irohaと申します。
今回のnoteは、自分にとって写真とは何かについて考えながら書いています。
私は趣味で写真を撮っていて、特にスナップと言われる写真を撮るのが好きです。
ただ、よく考えてみると、自分はスナップ写真を撮るのが好き、というよりかは、日常で愛おしいと思ったものを残したいと思って写真を撮っている。
ような気がする。
自分に死生観はあるのだろうか。考えてみる。
「日常の機微に生かされている」
多分これが私がまだ生きている理由であり、写真を撮る理由でもあるのだろう。
ふと見上げた空が綺麗だったとか。友達の笑顔とか。差し込む光がまばゆかったとか。頬を撫でる風が気持ち良いとか。読んだ本が面白かったとか。
そういうことに、生かされている。
忘れたくない。だから撮る。
写真が上手くなりたいとは、すごく思うけど、多分自分の原点はここなんだと思う。
些細なことが愛おしくて、忘れたくなくて、シャッターを切る。
きっとこれからの人生もこれの繰り返しなんだろう。
ちゃんと、自分の原点を忘れないように。ここに記しておきます。
私は撮った写真をSNSに上げている。
あまり考えようとしたことがなかったけれど、どうしてSNSに上げているのか、どこを目指しているのか。考えてみた。
私は日常の機微に生かされていて、それをカメラで写している。残している。
それを良いねと思ってくれる人がいるだけで、なんかもうちょっと頑張れる。
そんな単純な話。
写真は足跡だと思う。自分が迷子になったときに、きっと標になってくれる。
そんな祈りを込めてシャッターを切る。
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