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実務編 | IR業務ツリー | ③エンゲージメント編【前半】

当コンテンツでは、新任のIR担当者がIRの全体像を理解するためのガイドとなることを目指します。

前回のコンテンツでは、IR担当者が押さえておきたい実務編のうちディスクロージャー系業務についてお話ししました。
※IR業務ツリーの全体像はこちらをご参照ください。

今回は、IR業務ツリーのうちエンゲージメント系の業務について概説します。長くなるため2回に分けてお送りするうちの【前半】です。

エンゲージメント系業務

1. はじめに | エンゲージメント系の業務とは

エンゲージメントは、投資家と共に企業の成長ビジョンを共有するための出発点です。

エンゲージメント系の業務は、ディスクロージャーで作成したツールを活用し、実際に投資家とのコミュニケーション機会をデザインし運営する役割を担います。これは株式市場関係者(インベストメントチェーン)に関する専門知識独自のターゲティングのノウハウ、およびイベントの企画・運営を円滑に進めるためのロジスティクスの合わせ技です。

ロジスティクスに関するスキルは汎用性が高く、他のIR業務や広報などの分野にも応用できるため、IRにおける「ポータブルスキル」の一つです。また、インベストメントチェーンに関する深い理解は、事業会社にあって資本市場や投資家動向の知識を蓄積する貴重な機会でもあります。

エンゲージメント系の領域はディスクロージャー系とは異なり、他社の好事例が公に開示されているわけではありません。そのため、自社で試行錯誤を繰り返し、独自のノウハウを蓄積していくことが不可欠です。

また、企業の成長ステージや組織の規模によって、内製と外部委託の割合は大きく異なります。まだ小規模なIRチームの場合は証券会社などのブローカーの支援を積極的に活用しましょう。ここでは、IR専任担当者が3~4名程度いるチームを想定して、運営におけるポイントや注意点を解説します。

エンゲージメント系の業務は、ディスクロージャー系に比べて他社事例を参照しづらい分、外部委託しやすい(完成形までお任せできる)分野とも言えます。詳細は後述します。


2. リレーション企画

リレーション企画は、様々な手段を用いて投資家とのコミュニケーション機会を企画・運営する業務で、そのコミュニケーション機会の種類は大きく❶個別型と❷集合型に分けられます。

❶個別型は特定の投資家とクローズドな場で行われるミーティングで、証券会社アレンジの1on1ミーティングが代表例です。その他、証券会社主催カンファレンスやNDRも、アレンジの手段は異なりますが個別型と言えるでしょう。

一方、❷集合型は、特定多数または不特定多数の投資家を集めてパブリックに行われるミーティングや説明会で、決算説明会、事業戦略説明会(IR DAY)、施設見学会などが代表例です。実施後はオンデマンドの配信やアナリストレポートの発行を通して、参加できなかった全世界の投資家に周知することができます。俗にいう「IRイベント」とは、集合型イベントを指すことが多いと思います。

なお、「リレーション企画」という名称は当コンテンツ内での創作であり、一般的な分類方法ではない点をご了承ください。
証券会社の「コーポレートアクセス部」の機能に類似しています。

1on1ミーティング

1on1ミーティングの目的は、投資家に対して企業の財務状況や経営戦略・ビジョンを深く理解してもらうことに加え、長期的なリレーションシップを構築することにあります。グループミーティングに比べて、投資家の個別のニーズや本音を引き出しやすい点が大きなメリットです。

一方、1on1ミーティングはエンゲージメントの効果が高い反面、時間とリソースを多く要するため、スケジュール管理や準備に負担がかかるという課題もあります。特に、複数のミーティングが続く(あるいは重なる)場合や、急なアレンジ変更が発生することがあり、柔軟な対応が求められます。

ミーティングのアレンジは、投資家からのリクエストを受けて証券会社が仲介する場合や、自社から直接投資家にアプローチする場合があります。以下は、一般的なミーティングアレンジの流れです。

❶証券会社からのミーティングリクエストを受ける
❷投資家の背景情報を確認し、スピーカーや日時を選定する
❸ミーティングでのディスカッションポイントを整理し、ミーティングに臨む
❹ミーティング後のフォローアップをする

❶リクエストを受ける際は、必ず自社の複数の宛先を指定して、伝達ミスを防ぐようにしましょう。❷スピーカー選定では、スピーカーが複数名いる場合、投資家ごとに担当者を固定することで、その投資家の動向をモニタリングし、持続的なリレーションシップを構築することができます。

❸投資家ごとにディスカッションポイントを大きく変える必要はありませんが、異なるスピーカーが対応する場合は、質問の傾向や特徴をチーム内で共有する場を設けると効果的です。

❹フォローアップは、投資家との信頼関係を継続的に築くために極めて重要です。ミーティング後には投資家からのフィードバックや次回のアクションを整理し、チームやマネジメントにフィードバックを行うことで、次回以降のミーティングに向けた準備が整います。必要に応じてLinkedInでの繋がりを持ち、今後のコミュニケーションを強化することも効果的です。

ミーティングの種類
投資家とのミーティングにも様々な形態があります。以下にその代表的な形態を紹介します。

1on1ミーティング:投資家やアナリストと1対1で実施する基本的なミーティング形式。親密なコミュニケーションが可能。対話相手が複数名でも同じ企業グループ内であれば1on1と見なされます。

2on1ミーティング:異なる2社の投資家と合同で行うミーティングです。1on1ほどの親密度はありませんが、質問の傾向や理解度が似ている投資家を組み合わせることで、1on1とは異なる会話のリズムが生まれます。

グループミーティング:7社程度までの投資家と合同で行うミーティングで、スピーカーが直接進行を兼ねます。「1on1の拡張版」のようなイメージで、より多くの投資家に一度に対応できます。

スモールミーティング:ラージミーティングよりも小規模で、親密度が高く、エンゲージメントの要素が強い形式です。アナリストがモデレーターを務めることも多く、「ラージミーティングの縮小版」と捉えられます。

ラージミーティング:投資家を大規模に集客するミーティングで、プレゼンテーションと質疑応答が含まれます。アナリストや社内関係者がモデレーターを務めることが一般的です。

Fireside Chat:ラージミーティングの一形態で、モデレーターとスピーカーによる談話形式で進行します。事前にシナリオを打ち合わせておくのが望ましく、質疑応答が含まれる場合もあります。

Luncheon(ランチョン):ランチタイムを利用したIRミーティングです。スピーカーが投資家と一緒に食事をするかどうかは、その時の状況に応じて判断します。

Roundtable:異なる立場の有識者やアナリストによる意見交換会です。特定のテーマについて、異なるセクターの視点から業界動向を議論します。例えば、EVに関して自動車、電子部品、半導体、民生エレクトロニクスの担当アナリストがそれぞれの視点で意見を交わす形式です。

NDR(ノンディールロードショー)

NDRは、主に海外の機関投資家を訪問し先方のオフィスでコミュニケーションを図る活動です。新型コロナ以前は海外出張して直接会うことが一般的でしたが、現在ではVirtual NDRも一部で定着しています。

NDRのターゲットとする投資家はミーティングの目的スピーカーレベルに応じて異なります。一週間の滞在中にマネジメント枠とIR枠にスロットを分け、目的に応じた投資家とのコミュニケーションを図ることが可能です。

マネジメント枠では、大株主には丁寧な説明を通じて長期保有や議決権行使を促したり、既存投資家にはIRチームがこれまで築いてきた関係を基に最終的な投資判断を促す場とすることができます。

IR枠では、将来のマネジメントミーティングに向けて新規の投資家を開拓するため、通常は接点の薄い投資家にアプローチしたり、グループミーティングを活用することも効果的です。

または、新規開拓を目的にNon-Management NDRとしてIRメンバーだけで実施するのも有効です。IRチームで現地投資家のマーケティングをし、良い感触を得られた投資家には継続的にアプローチします。ただ、投資家は対話相手としてマネジメントを好む傾向があるため、時期や地域によってIRレベルのNDRはアポ入れに苦戦することも多いです。

NDRはIR担当者にとって非常に重要な業務であり、企画ブローカー選定訪問都市の設計ミーティングのアロケーションロジスティクス対応現地でのスピーカー業務、そしてチームへのフィードバックまでを統括できるスキルは、IR担当者としての最終形に近いものです。この業務を達成するには、スピーカーとしての熟練度、ターゲティング、投資家動向、現地法人や証券会社担当者とのリレーションなど、総合的な能力が求められます。もちろん、全てを自ら手がけるのではなく、必要なサポートを得て「自走できる」ことがゴールです。

NDRでは、投資家とのアポが予定通りに進まないケースはよくあります。面会の申し込みがDeclineされたり、別の担当者とのアポが取れたり、あるいは返答がないという状況も少なくありません。その背景を理解するために、日程の問題なのかスピーカーレベルの問題なのか、それともブローカーにニーズを正確に伝えられていなかったのか、原因を確認することが重要です。

ターゲットリストの要件設計は明確に
NDRのターゲットリストに「X社のA氏とB氏」と複数名を指定する場合、A and B(両者)なのか、A or B(どちらか)なのか、またはA氏もB氏も面会不可の場合は別の担当者も可能か、を明確にし、自社のニーズをしっかり伝える必要があります。この点が曖昧だと、期待通りのアポが組まれないリスクが高まります。こうしたミスマッチを防ぐために、ブローカーとは密に連携し、特に重要な場面では直接会話を行い、メールは記録用として使用することが推奨されます。

証券会社主催カンファレンス

証券会社のコーポレートアクセス部門がホスト(運営事務局)となり、主に海外の機関投資家と発行体が一同に会して効率的にIRミーティングを実施するイベントです。通常、ホテルの複数のフロアを貸し切り、一部屋ごとに企業が割り当てられ、1時間ごとに投資家が入れ替わってミーティングを行う形式です。世界中の証券会社が各都市で同様のカンファレンスを開催しており、グローバルな投資家との接点を広げる貴重な機会となります。

また、カンファレンスによっては特定のトピックや業界に焦点を当てたテーマ別カンファレンスも存在します。例えば、「テクノロジー業界」や「ガバナンス」などに特化したカンファレンスもあり、業界固有の話題やトレンドについて深く議論することが可能です。

発行体にとって、これらのカンファレンスは参加費がかからず、効率的に海外投資家とミーティングを実施するための絶好の機会となります。ただし、カンファレンスに参加できるかどうかは、主催者である証券会社の判断によります。基本的には主催する証券会社でカバレッジがある企業が優先的に招待されますが、たとえカバレッジがなくても、投資家側のニーズが強い発行体であれば、証券会社が積極的にアプローチすることもあります。

カンファレンスのGood Point
❶効率的なミーティングの実施:時間や場所の制約を超えて、広範な投資家層と短期間で会うことができ、非常に効率的です。
❷新規投資家との接点構築:普段アプローチできない投資家との出会いが期待できます。
❸証券会社とのリレーション強化:ミーティングをアレンジする過程などで関係性を構築することができます。

カンファレンスで注意したい点
❶マッチング不一致の可能性:ミーティングのアロケーションは証券会社の判断となるため、期待する結果にならない可能性があります。
❷スケジュール管理:カンファレンス外でのダブルブッキングや直前でのキャンセルなどによるスケジュール管理の負担が増します。
❸時間的な拘束:終日にわたって参加するため、効率的なタイムマネジメントが必要となります。

国内カンファレンスと海外カンファレンスで基本的には大きな違いはありませんが、海外では日本株スペシャリストよりインターナショナルファンドの投資家が多く、ディスカッションはグローバルでの競争優位性の議論の比率が上がる印象です。

各種説明会

決算発表は、東証などの上場規定に基づき「決算短信」として財務諸表を公表することで、日本の上場企業は原則として四半期ごとに実施します。決算説明会は、決算発表で公表した数字を補完する情報や今後の経営戦略をプレゼンテーションや質疑応答を通じて説明する場です。開催は法的に義務付けられてはいませんが、重要なコミュニケーション機会となります。また、業績予想の修正や大型のM&Aなど、特別な事案に際して臨時で説明会を開催することもあります。

ロジスティクスに関する実務上のポイントは、説明会を円滑に進行させ、投資家やアナリストに最適な環境を提供するために重要です。

以下、具体的なポイントを整理します。

❶通訳手配:外国人投資家への利便性を高めるために不可欠です。信頼できる通訳者を確保し、ローテーションを通じて複数名のプールをつくっておくと有効です。通訳者の確保は早めに行いましょう。

❷映像配信の整備:オンライン参加者の増加に対応するため、ライブストリーミングやオンデマンド配信の手配は必須です。外部のカンファレンスなどで登壇した場合、自社のウェブサイトで映像を公開するために、主催者から映像データを購入することも検討しましょう。

❸タイムマネジメント:各セッションの時間配分を事前に計画し、厳密に管理することが重要です。質疑応答には全体の半分以上の時間を確保しましょう。質問者の「更問い」は他の質問者の機会を奪う可能性があるため、厳格な管理が求められる場合もあります。

❹集客と招待状管理:招待状はできるだけ早く、遅くとも1か月前には発信するのが理想です。招待状のシンプルなインターフェースが、集客に直結します。以下のような事例は避けましょう。

  • 申込URLがエラーになる

  • SAVE THE DATEのみで、具体的な参加登録は別に案内する

  • エクセルを添付して返信を求める煩雑な方法

証券会社にはこれら業務をコーディネートするサービスもありますので、マンパワー不足時に活用すると効率的です。

3. まとめ

エンゲージメント系の業務は、ディスクロージャーで作成されたツールを活用し、投資家とのコミュニケーション機会をデザインする役割を担います。これには、インベストメントチェーンの専門知識やイベントの企画・運営におけるロジスティクススキルが不可欠です。ロジスティクスのスキルは他の業務にも応用できるため、IR担当者にとって非常に汎用性の高い「ポータブルスキル」と言えます。

1on1ミーティングやNDR(ノンディールロードショー)は、特に深いエンゲージメントを築く機会となりますが、時間とリソースが求められるため、綿密なスケジュール管理が必要です。これらの活動を通じて投資家との信頼関係を強化し、長期的なリレーションシップを構築することが目指されます。証券会社主催のカンファレンスは、効率的に多くの投資家と会うための絶好の機会であり、発行体にとっては貴重なIR活動の一環となります。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回は、エンゲージメント系業務の後半についてさらに掘り下げていきます。

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