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読書と出会う旅〜猪苗代(後編)

☆前編までの旅は…
ずっと憧れだった、電車に乗って、宿に泊まって、読書するひとり旅。

ある秋の日、猪苗代町から招待状を受け取る。表彰式に出席するため、ひとり新幹線に乗り、伊坂幸太郎さんの本を持って、福島県の猪苗代を目指す。
猪苗代湖畔のホテルで温泉、読書、お土産屋さんめぐりなどをするが…。

●◯◯◯

夕食の後、ホテルの部屋に戻り、窓の外を見ると夜の闇に包まれていた。目の前の猪苗代湖が深い穴のように見える。

驚くほどの闇、静寂。そんな時に読みたくなった本は、『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン。📗

この本は、アメリカの生物学者の遺作だ。
環境問題にいち早く気づき、警鐘を鳴らした人でもある。

彼女は、甥のロジャーとともに夜の海岸にでかける。そこで波の音をきいたり、風や雨に打たれたり、晴れた日には、月や星を見る。

地球や宇宙、自然を体全体で感じ、暗闇の中で人間の感性は目覚め、育まれる。

小さくて、短い時間で読める本で、何度も読み返している。自然が豊かな猪苗代で読めてよかったとしみじみ思った。

そろそろ眠ろうと思ったが、静か過ぎてねむれない…。いつもなら夜更かしの娘と話したり、一緒にテレビを観たりしている時間。でも今日はひとり。

そこで、谷川俊太郎さんの文庫本『谷川俊太郎詩選集』をひらき「二十億光年の孤独」を読む。📙

谷川俊太郎さんの言葉の宇宙が、胸に染み入る。詩はずっと、ひとりきりの夜に寄り添ってくれた。

親になる前まで私は、詩の朗読会に何度も足を運び、生前の谷川俊太郎さんにお会いしていた。
谷川さんの芯のある立ち姿や、やわらかな笑顔や、深く響く声、手のぬくもりを思い出すと、涙がこぼれてしまう。

だけど、言葉と本は今ここにあって、手の中にあって、ずっと残っているから、やっぱり言葉と本は希望で、救いかもしれないと思う。

●●◯◯

夜が明けて日曜日。
朝の9時半から「母から子への手紙コンテスト」の表彰式があるので、早めにチェックアウト。

受賞した「お母さん」たちと一緒に貸し切りの送迎バスに乗り、表彰式の会場へ向かう。

受賞した方々とは、土曜日の夜と日曜日の朝にホテルのバイキングで食事を共にしたので、バスの中はだいぶ打ち解けた雰囲気だった。

食事の時に、たまたま席がお向かいだった方が、息子と同じ障害がある子のお母さんだった。また、隣の席の方は、特別支援学校で働いていたというお母さん。そんな偶然に驚く。

お二人とも子どもは成人している。ここで、人生の先輩たちのお話をきけてよかった。

マイノリティーの子どもは、成長の仕方が多数派の子どもと違うので、身近に相談できる人も少ないし、先行きが分からないことが多い。この先、社会で生きていけるのか、自立できるのか。

二人の「お母さん」は、そんな私の心配や不安の薄闇にそっと、あかりを灯してくださった。

●●●◯

バスは山道をぬけて少し走るとすぐに、猪苗代町営の会場に到着した。

会場はちいさな映画館のような部屋で、私たちは自分の名前が書かれた紙が貼られた椅子に、少し緊張しながら座り、まもなく表彰式が始まった。

猪苗代町の町長さんが挨拶され、審査員の作家さんたちから手紙の講評をしていただいた。それから、野口英世の少年時代の映画を皆で観た。

「お母さん」たちは、30代から70代まで様々な世代の方がいたけれど、こんなに町の人たちに歓迎されるなんて驚いた、と多くの人は感激されている様子だった。

母親は、子どもや家族のためにどんなに家事や育児、介護を頑張っても、母の愛、無償の愛だからと、ずっと社会から当たり前のこととして見られ、褒められたり、認められたりすることは、あまりなかったと思う。

少なくとも私はそう感じていた。
しかし、私でさえ、長らくそんな社会に不満を抱くことに罪悪感があった。なぜだろう。

町長は、そんな私に、「お母さん」たちひとりひとりに賞状を手渡してくださった。

全国から観光客を呼びこむ地域おこしの一環なのかもしれないが、「お母さん」を町に招待して表彰するなんて、なかなか素敵な企画だと思う。

猪苗代町で、様々な年代や背景の「お母さん」が集まり、子への手紙という形で、ある程度自分を開示して、母親同士で語り合う時間は、本当に貴重だった。

●●●●

表彰式の後、昼食のお弁当が配られた。
会場で席が隣になったお母さんは、自分と歳が近く、おかずをつまみながら、たくさんお話した。

子どもたちの話の他に趣味の話をしていたら、その方も読書が好きだという。今読んでいる本を見せてくれた。

それが『ナースの卯月に視えるもの』秋谷りんこ
さんの小説だった。📕 

元看護師の作家さん。noteで書いた小説が賞に輝いて、書籍化されたものだとは、後から知った。
看護師ならではのリアルな会話と、患者さんの心に寄り添う主人公の姿は、心温まる。

私は本との出会いにわくわくして、
「この本帰ったら読みますね」とその方に伝えた。

そろそろ帰る時間…。
帰り際に、「猪苗代町からコンテストの副賞です!」と手渡されたのは、猪苗代町で採れたおいしいお米5キロ!お米は今、値上がりしてるからとても嬉しかった。

が、お、重い…。「お母さん」たちは皆、宅配便で送ることにしたようだが、送料を節約したかった私は、半ば無理矢理…お米をリュックに詰めて自力で持ち帰ることにした。

5キロの米を背負い、大きな鞄を抱えてペンギンのように、よちよち歩きで電車に乗りこんだ。 

先ほど一緒に本の話をした方と、帰りの電車でも並んで座り、会津磐梯山を背にして、語り合い、郡山までご一緒した。

小一時間で郡山に到着すると、同じ電車に乗っていた「お母さん」たちは、それぞれ違う新幹線や在来線に乗り換えるので、ここでお別れだ。

「二日間ありがとうございました」
私がみなさんにお別れの挨拶をすると、誰かが、
「また猪苗代で会いましょうね」と言った。 

そうだ!また会えるかもしれない。

母から子への手紙コンテストは、実は何度でも応募できるのだ。そして、何度でも受賞できる。たしか審査員長がそう話されていた。

「このコンテストは、誰が書いたものかいっさい見ないで、手紙だけを読んで審査をしています。来年も手紙を書いて、また猪苗代に来てください」と。

私の旅は、まだまだつづく…かもしれない!?  

☆最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました✏️


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