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小説家デビューしたら読む記事(2)出版社とは
どうも入江君人です。
本記事はこれから小説家デビューする人に向けた、「出版社との付き合い方」「打合せの仕方」「企画書の考え方」をまとめた記事になります。
出版社との付き合い方。権利関係
出版社と取引することで変わる最たるものは権利関係です。
これまでは、作品のすべては作者個人のものでした。ウエブサイトに乗せることも、更新時期を告知することも、勝手に短編を作ることも自由でした。
しかし、出版契約を結ぶことでこれらの権利は制限されます。
発売時期やメディアミックスなどの作品情報は出版社からの発表が先になります。他にもコミカライズの漫画家さん候補、アニメスタジオ、フェアの情報などは絶対に漏らしてはいけません。
これはSNSだけではなく、リアルでの人間関係も同じです。
友人に話したら、その友人はそんなに重要なことだと思っていなくてネットに書いてしまったとか、居酒屋で話していたら後ろの席が読者だった、などなど、そういった話はよくあります。
家族や親しい友人くらいには報告したい。という場合は話を濁して伝えましょう。また、その上で口止めや、自分の状況も話しましょう。
編集者との付き合い方
つぎに編集者との付き合い方です。
まず大前提として編集と作家は対等です。もちろん相手がベテランだったり、逆にこちらが売れていたりといった差はありますが、過剰にへりくだったり、無礼をゆるす理由にはなりません。
お互いに尊敬を持って仕事をしましょう。
逆に言うなら、尊敬を持てない相手とは、仕事などできないという意味です。
これはあなた自身にも当てはまります。尊敬し、また尊敬されるよう努めましょう。
といっても高尚な発言をするとか、難解な礼儀をわきまえているとか、そういった難しいことではありません。
・あいさつをする。
・敬語で話す。
・機嫌をよくする。
・連絡をすぐに返す(返せない場合はそのむねだけでも伝える)。
・約束を守る(守れない場合はすぐに相談する)。
・良いことをされたら喜び、褒める。
・あやまちをおかしたら、認めて謝罪する。
これができていれば完璧です。
打ち合わせではなにを話すのか?
編集者との打ち合わせで話す内容は、主に3つです。
1、新作でなにを作るかの相談。
2、すでに通っている企画の進行。
3、情報共有、雑談。
新作の相談では、まずその出版社での売れ線のネタを相談しましょう。たまに「他の路線も拡大したいから」とかで、そこでは売れていないジャンルを求められたりもしますが、「だったらそれが得意な出版社にもちこめばいいのでは?」となりがちです。よっぽど強力な後押しか戦略がないかぎりは控えましょう。
このあたりはネット投稿サイトと変わりませんね。「このサイト(=出版社)の読者に受けそうな手持ちのネタは?」と考えて挑みましょう。
また、編集者の得意不得意も多少は意識しましょう。
企画として難しいものや、ジャンルのお約束が分かっていないと作れない作品を、界隈外の編集者と作るとふんわりとした平均値になりがちです。
ただし、界隈には詳しくないが「売れるキャラは分かる」とか「メディアミックスに強くて別の提案が出来る」など、他の強みを持っている場合もあるので、しっかり話を聞きましょう。
私はよく、相手がどういう本を担当してきたかとか、どういう思考で作ったのかを聞きます。そうすることで相手の編集者魂を知り、協力のしかたを考えるのです。これについてはまた後で触れますね。
つぎに、すでに通っている企画の進行についてです。
たとえば、あなたの詳細プロットを読んだ編集者が「このキャラをもっと若くしてほしい」とか、「この展開を避けてくれ」といった要望をしたとします。
そういった要望が来たとき、あなたがしなければならないのは「はい、わかりました」と素直に返事をすることではなく、「なぜそうして欲しいのか?」と質問することです。
なかには最初から理由を言ってくれる編集者もいますが、それだけでは足りません。まずは自分の言葉で「その提案の意図はなんですか? なにを問題だと感じ、解決したいと思うのですか?」と聞き、論点を掘り下げてください。
例えば「恋人役を増やして欲しい」という要望があったとします。それは三角関係モノに変更してほしいという意味なのか? あるいはラブコメにしてほしいという意味なのか? あるいは単純に相手が企画趣旨を勘違いしていないか? などなど、しっかりと詰めていきましょう。
ここをすり合わせずに修正作業をしても、お互いに『なんか違うな……』となるだけです。会話の中でしっかりと言語化しましょう。
個人的に、編集者と仕事をする最大の利点はこの「言語化合戦」です。自分では思いもよらなかった指摘を得ることは値千金の気付きであり、言葉に変換された概念はいずれ自分でも使えるようになります。
みっつめが情報共有、いわゆる雑談です。
そんなものが必要なのか? と思うかも知れませんが、これがなかなか馬鹿にできないものです。お互いの緊張を解く、いわゆるアイスブレイクにもなりますが、近況や趣味の話をしたり、最近おもしろかった小説や映画の話をすることで、これまで書いてきた問題点が解決することもしばしばなのです。
たとえば「売れ線のネタを相談する」にしても、そもそもその「売れ線」という概念は正確に共有できているでしょうか? 売れ線にもいろいろあって、今のトレンドのなかで最大値を狙うのか? または次に来るトレンドを予測して狙い撃つのか? こういった高度な共通認識が育まれていないと、議論はすれちがったものになってしまいます。
そんなときに「最近の新作や、新しい作家さんの調子はどうですか?」といった雑談をすることで編集部内部にしかない、貴重な話を聞き出せるのです。
また、さきほどの修正指示にしても、相手の人となりを知っているとぐっと楽になります。「このひとはファンタジーが好きなんだ」とか「書店からの転職組で売り場に詳しい」といった事前情報があれば、会話の精度が上がります。
それは相手も同じことです。
「この作家さんはこういう考え方をする人なんだな」と知ってもらえれば、より踏み込んだアドバイスが貰えるようになります。
こうしたコミュニケーションがとれた編集者は、やがて自分の中に視座をもち、その後も「〇〇さんならどう思うかな?」という極めてリアルな仮想読者となって創作を助けてくれます。
編集者は小説を書けません。しかし出版という文化の継承者であり、月に何冊も本を作るプロです。そんな相手があなたの小説を読み、答えてくれるのですから、しっかりと学ばせてもらいましょう。
最後に、打ち合わせではたくさんメモを取りましょう。また、できれば録音させてもらい、メモにタイムラインも記入しておくと、あとで聞き直せて便利です。
雑談ではなにを話すのか
ここでは例として、私がよくする雑談の話題を書いておきます。
まずはさきほども出てきた「好きなエンターテイメント作品」と「苦手な作品」です。この両者を知ることで、相手の解像度が一気にあがります。
次は「キャリア、やってきた仕事」です。これは肩書や経歴についてもそうですが、私は相手が編集者の場合はとくに、直近で手掛けた作品をいくつか読んでおき、感想や質問をします。
次は「編集部の話」です。たとえば部内で流行っているもの、最近ヒットを飛ばした人、入ってきた新人編集の話、編集長の動向、フェアなど。
編集者個人ではなく、そのバックグラウンドである部内の空気感を知ることで、出版社全体の空気感や動向が掴めます。また、部のウェブサイトなどを眺めるのもいいですね
あとは、これはちょっと話題とは違うものなのですが「自分の作品のどこをいいと思っているのか?」は、あまり気にしないほうがいいです。
なぜこれが微妙なのかと言うと、実のところ「担当作家の作風が好みでない編集者」ということもよくあるからです。
あるいは好みだったとしても、それは作者がまったく意識していない部分だったり、単純に誤解だったりということもあります。
そして――ここは絶対に勘違いしないでほしいのですが、それは全く悪いことではないのです。
違う人間だからこそ、あなたという他者と化学反応を起こし、大衆に向けた作品を作れるのです。
むしろ作者と編集者が気が合いすぎて一心同体だと、作者が自分で作れるものしか作れなくなります。(それはそれで悪いものではないですが……)。
ですので、「なんかこの人、自分の作品のこと好きじゃないんじゃ……」と思っても、どうか広い心で受け入れてあげてください。私はもはや「やった! この人俺の作品ゼンゼンわかんない人だ! ラッキー!」くらいに思っています。
聞きにくいことの聞き方
作家は出版については素人です。最初はそれこそ疑問だらけで、あれもこれもと聞きたいことでしょう。
そのなかにはちょっと聞きづらいものもあります。
たとえば「印税はいくらか?」「いつ振り込まれるのか?」「プロットの返事はまだですか?」などなど。
こういった心理的にハードルのある質問は、基本的にいつ聞いても構いません。
むしろ言わないことによる弊害の方が大きいので、ささっとメールにして送ってしまいましょう。
さらに、こういった連絡をした後に返信がなくて、何週間も待つという話がありますが、このときも気軽にメールを送ってかまいません。あるいは「返信はいつ頃ですか?」と聞いてもいいですね。
「そんなことをして疎まれないだろうか?」という気持ちもわかりますが、それで機嫌を害する人とは、どのみち気持ちよく仕事など出来ないので、見切りをつけてこちらも離脱する準備をすすめましょう。
また、最近はチャットアプリでの打ち合わせもおおいですが、ログは必ず保存しておきましょう。
基本的な方針として、自分ならやらないようなことをする相手と仕事をするのは避けたほうがいいです。
これは、ひるがえって自分自身の行動指針にもなります。
連絡をすぐに返す。相手の成果物やいいところを褒める。機嫌よく話す。などのポジティブな行動はもとより、ネガティブなアクション——具体的には悪い報告ほど早くしましょう。たとえば締切に間に合わなそうなとき、「調子が悪い……でもまだ一ヶ月あるし、もう少し様子を見よう」ではなく、「調子が悪くて様子を見ている状態です」と連絡しましょう。
最後に、これは喋るのが好きな作家さんにとくに注意してほしいのですが、なんでもないことで連絡したり、通話を長々とするのはやめましょう。打ち合わせはとても楽しいものですが、そのあいだは編集者の業務も、そしてあなたの執筆も、何一つ進んでいないのですから。
新作の進め方。編集部、編集者の考え方
さて、つぎに新作の進め方について説明します。
賞やネット投稿の時代、あなたは自分だけの判断で作品を完成させていました。しかし出版社との共同作業ではまず「うちの出版社で出せるかどうか」をすり合わせることになります。
こちら、最初はとても戸惑うことでしょう。いままでは「作者と読者」で完結していた創作活動にいきなり入り込んでくる「編集者と出版社」という謎の存在がなにをしてくるのか、わけがわからないと思います。
そこで、まずはこの出版社と編集者の、基本的な考え方について説明します。
出版社の目的は「文化を存続させること」です。そのために会社を継続し、社員を雇い、販路を拡大して売れる本を作ることを目指しています。
つぎに編集者の目的は売れる本を作ること、編集部で出せる本を作ること、個人的な欲望などです。
両者とも、基本的には「売れる本を作ること」で共通していますが、他の要素も強いため「売れるのはわかっているがうちでは出せない」とか「他社ならヒット作になりうるが、うちでは無理だろう」という本も存在します。たとえば極端な話、絶対に売れる芸能人の暴露本企画があったとしても、児童書の編集部では通らないようにです。
これが編集者個人になると、さらに個別の要素がつよくなります。
たとえば企画が却下、いわゆるボツになったとき、その理由はさまざまです。単純に面白くなかった。面白さがその編集者に理解できなかった。面白かったが編集会議に通らなそうだった。出版社の読者層と合わなかった。これらの要素が混ざり合っていた。などなど。
こういった内容を把握しないまま、「ボツになった……おもしろくないんだ」と落ち込んだり、やっきになって修正しても良いことはありません。ここでも「なぜそう思ったのか?」を聞いてください。
相手の行動原理と考え方を「雑談」によって知り、対策を練っていきましょう。
企画書、プロットの考え方
新作の打ち合わせをする時に、編集者にまず言われるのが「プロットを見せてください」という言葉です。
プロットとは「作者が小説を書くときに全体を把握するために作成する設計図」のことですが……、ここで編集者が言っているのは、どちらかというと「企画書」に近いものです。
ですのでここでは企画書の基本的な考え方を説明します。
先ほども言いましたが、企画書とプロットは別ものです。
プロットが家の設計図だとしたら、企画書は作品のパンフレットです。短く、魅力が伝わるようにまとめましょう。
また、送る相手によって内容は変えましょう。気心のしれた編集さんが相手なら紙一枚でいいですが、正式なコンペならフォーマットに従いましょう。
そのどちらでも、最初のページはとくに力を入れましょう。企画書もまた創作物です。ここが面白くなければ小説だって面白いとは思われません。存分に楽しませにかかりましょう。
新作が通るの通らないのという話は、言い換えると「個人事業主であるあなたが企業に対してプレゼンをおこない、報酬と予算を獲得する」行為になります。
あなたも大切な新作を預けるリスクを負っていますが、相手も数百万円という具体的すぎるリスクを負っています。それを得ようというのですから、気合を入れてかかりましょう。
さて、まず書くべきものはタイトルですが、これは分かりやすいものが良いです。「饕餮捕物帖(仮)」とかだとなんだかよくわからないので「饕餮捕物帖〜新米妖怪ハンターの私がうっかり最強妖怪を使い魔にする話〜」とかサブタイトルをつけましょう。これは仮のもので構いません。とにかく少ない情報量でつたわるように努力しましょう。企画書の目的は完成形を見せることではなく趣旨を理解してもらうことです。そのためならいくらでも要約して構いません。
次にログラインです。これは短い文章で表せる作品の売りどころ、いわゆる「大ネタ」とか「コンセプト」のことです。
【妖怪からやたら人気のある新米調伏師が、顔の良い妖怪から「はらわたを喰わせろ」「ちゅーしろ」と報酬を要求されながら妖怪退治をする話。】
【『この世はルールを守る者よりも、ルールを作り出す者のほうが強い』。という〝校則〟の学園で頭脳バトル。場外戦術アリアリ、ノールールのみがルールな戦いで、主人公は誰よりも外道に勝利していく。】
【ゾンビ渦の日本、この世界ではゾンビになるまでに一日から数年の個人差があった。理性を持ちつつゾンビにも襲われない彼らは「死霊兵」として街の警護や物品の調達に利用されていた。新米の主人公は自分がやがてゾンビになると知りながら、それでも友人や家族を思って戦いに従事する……。】
こんな感じです。ここで興味を引いたら、あとは補強です。あらすじ、キャラ紹介、企画説明などを利用して、面白おかしく配置しましょう。
【主人公は妖怪退治の新米調伏師、狩野瑠璃(17歳)。彼女には饕餮と八尾という強力な妖怪が取り憑いており「髪を食わせろ」「血をよこせ」という要求を叶えることで力を借りていた。彼らに頼ればほとんどの難問を解決できる中、しかし主人公は持ち前の機転で、体を失わずに事件を切り抜けていく。物語の終盤、強大な妖怪を前に、主人公は二妖をかばって自分を喰わせる。すると大妖怪は苦しみだして死んでしまった。主人公は破魔の一族であり、その本質は妖怪にとって毒だったのだ。「それでもいつかは食らいたい……」二妖はなにも知らぬ主人公を取り戻して、毒の涙に舌鼓を打つ。】
このあらすじですが、文庫本の裏にあるような「予告PV」ではなく、あくまで大ネタの説明であることに注意してください。
よく言われるのが「最後まで書くこと」ですね。家のパンフレットで「リビングは住んでからのお楽しみです!」とかは話にならないように、軽くでいいので書いてください。伝えたいのは作品の雰囲気なので、じっさいに正しい必要はありません。
また、登場人物の名前は最初の一回以外は「主人公」とか「相棒、敵役」でいいです。わかりにくいので。
次はキャラ紹介ですが、これはジャンルにもよります。
キャラはラブコメなどは重要ですが、ストーリー主体だとあっさりでも構いません。
企画書の基本は「おもしろそうな部分は書き、つまらなそうなら省略する」です。ちなみに例に出した作品だったら、一個目は相棒キャラとの関係性がとくに重要なので魅力的に書く(できればイラストも欲しい)。二個目は主人公がとくに重要。三個目は作品の方向性によるが前ふたつほどではない、といったところでしょうか。
ここからは好みですが、私は本文サンプル的なものを乗せることもあります。たとえばキャラ紹介での台詞サンプルなどは、キャラ感がぐっと伝わりやすくなります。
また、本文の特徴的なシーンや、文章のサンプルなどもありでしょう。
ちなみにどの場所でも、イラストや写真は有効です。企画書は何でもありの総合戦なので、利用できるものはなんでも利用しましょう。
最後に企画説明です。これはだいたい最後か、稀に最初に書きます。
ここに書くのは作者の考えや自己紹介です。
企画書がどれだけ面白くても、作者の思考までは見えません。天然でぽんっと出てきたものなのではなく、ロジックで出したものなのかは不明です。
そんなときに「この作者はしっかり話しができるな」と知ってもらうために、思考の痕跡を書いておきましょう。また作者の経歴も多少見えるといいですね。
「本作は女性向けジャンルで流行している「お仕事モノ」「異種婚礼譚」の発展形です。作者は過去、ダークファンタジーの経験があり、それらの怪しさと耽美さを作品に盛り込んでおり〜〜(略)」
架空の作品なのでちょっとふわっとしていますが、こんな感じです。あとは類似作品や狙いの層なんかを書いたりと、「自分が採用側だったらどんな情報が欲しいか?」を想像しながら書いていきましょう。
ただし、この企画説明は書かない人も多いです。また、書いた結果「思ってたのと違うな」と逆に不採用になるかもしれません。
ここまでくるともう運ですね。みなさんも自分なりの企画書観を育ててください。
以上で出版社編を終わります。次は「その他の雑務」編です。
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