#294 ふと思い出した話
教育は「樹木を育てる」ことにしばしば例えられます。教育活動は、そのほとんどが即効性を帯びるものではありません。
1日1日の小さな積み重ねが、大樹を育てることに繋がります。逆に言えば即効性があるものは危険な時もある。
強力な農薬を用いて育てた作物は、結果としてその質や安全性が低下するのと同じ。
いつの時だったか「もし仮にクラス全員が授業など聞く状態ではなく、一人ひとりが好きなことをしているならば、授業者として君はどうしますか?」という問いと出会ったことがあります。
彼らには学びを行う上で適切な心の土壌がまだない。そんな時に水や栄養を供給しても効果はほとんどありません。
その問いに対する答えは、「授業者もクラスの子どもたちと同じように自分の好きなことをやること」と書いてありました。
その行為自体が「正解」かはわからないし、そりゃ時と場合に依りますよね?でもその問いで伝えたかったことは彼らの心の土壌を耕すため、まず彼らと同じ目線にたち、彼らの感情を受け止めようとする努力が必要であるということ。
今スピードが上がる社会では効率性やスピードを求められていますが、「人が育つ」のには時間が必要です。彼らが生きていく「土台」の形成を支援するのが学校教育の役割なのです。