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kaleidoscope1674
♯407 初詣と神の存在
毎年1月2日に、初詣に行くようにしています。
お賽銭を投げ、神にいのり、御神籤をひく。
日本の伝統行事に無意識的に乗っかっているのです。
現代において、本質的な意味において、神の存在を信じる人はかなり少なくなっているのではないでしょうか。神は決して姿を現すことなく、そしていかなる奇跡も起こしてはくれない。
ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは、近代化・産業化・科学化の中で、ニーチェは宗教的観念の滅亡、つまり近代的な「個人」に基づいて世界観を脱神話化したことを、「神は死んだ」と表現しました。
今異常なスピードで変化が訪れる世界の中で、私たちは神以外の何を信じればいいのか。神は人間が作り出した、ある意味では虚像。自分自身ではどうすることもできない苦難を、神に祈り助けてもらう。それはある意味では責任転嫁でしかないのです。
そこで大切なのは、自分自身の中に「神」を宿すこと。それは自分を信じることと同義である。社会や権威に囚われるのではなく、自分自身が神になること。そのために、私たちは学び続ける。そんな気がしている。
今年は伊勢神宮に行ってきます。古来から最高の特別格の宮とされ、神社本庁の本宗(ほんそう。全ての神社の上に立つ神社)であり、「日本国民の総氏神」とされる「お伊勢さん」を冒涜するような思想を持ちながらも、そんな私の思想を神は受け入れてくれると信じながら。