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不定期コラム「世の中全員、障害者。」(仮) vol.1

あーあ、やっぱり見切り発車の初期衝動はダメですね。だいぶお久しぶりのnote執筆。どうも、川島田ユミヲです。

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突然ですが、皆さん色々とSNSのアカウントをご覧になって、友人知人のプロフィール欄に

「私は〇〇障害です」「家族が〇〇〇です」「〇〇〇〇の子どもがいます」

という紹介文を目にすることはありませんか?

私も以前noteで書いた記事に「弟との愉快な日々の暮らしを写真や文章で掲載しています」と公言している身なので、各種SNSのプロフィール欄に「弟が先天性の重度知的障害」だという事を書いたほうが良いのか、年に1回くらい考えたり考えなかったりします。

いずれ弟との事は手記に残すつもりなので、プロフに載せる方が情報を必要としている人が辿り着きやすいのか、と思ったり。

しかし、それを私は敢えて書く事をしませんでした。このnoteの記事を書いた今も、まだその旨記載していません。理由は、この頁の方向性というか基盤を未だ定めていないので。ザ・形から入るタイプです。

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まあまだ何も形に残せてないし、言葉が強いかもしれませんが端的に言うと

「世の中全員、障害者!」

だと思っています。

知的障害とか身体障害以外にも様々なハンディキャップを抱えている人が多い。疾患じゃなくても、ハードルを超えなきゃいけない事ばかりで、負荷を避けては生きられない。

大なり小なり、皆大変な思いをしている。

障害という疾患があってもなくても「大変さ」は人それぞれだから、自分のものさしで比べるものではない。

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…と、言えるようになったのも、だいぶこの10年で自分の生活における様々な事を篩いにかけて、ざばっと断捨離してきたからだろう。

色んな事にギラついてて余裕がなかった二十代の頃よりは、心は穏やかになった気がするし、必要以上に

「私の全てをわかってほしい!あなたの全てを知りたい!」

と思わなくなった。

手前の人生も綱渡りなのに、他人様の人生にまで共有できないし。そんな風に期待をしなくなったら、だいぶ楽に暮らせている気がする。

そうして研磨して少しづつ形が整いつつも、時折二十代の頃以上の棘がギラついたりもしますが、きっとそれを繰り返していくんだろうな、と。

だいぶ話が脱線しつつありますが

「障害を持った弟さんのお世話するのは大変でしょう」

って言われる事に抵抗があったが故に、SNSのプロフに「弟が先天性の重度知的障害者」という旨を記載する事を、あえてしていない。

お世話する、というのはおこがましいほどに、私も弟に世話になっている。職業柄でもあるがスーパー夜型で、朝起きるのに滅法弱い私を起こしてくれて

「はよ支度せえよ」

ってケツ叩いてくれるし。お世話ではなく「二人三脚」という言葉が非常にしっくりくる。

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そんなこんなで、今後ちゃんと手記にする時はプロフにも載せるかもしれないし、現状は私の事をリアルで知っている人や、お会いしたことはないけどフォローして下さっている人など、小さな輪の中で良いから伝えたい、という気持ちで、今後も弟との日々をつらつら綴るつもりです。

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最後に、フォロワーさんでプロフにその旨載せている人に関して思う事があって書いたとかではないです。でも、プロフにご自身やご家族の障害の事を書いているフォロワーさんが多いのは確かなので、じゃあ私は?と、ふと考えてパソコンの前に座りました。

長々と読んで下さりありがとうございました。

【完】

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川島田ユミヲ
ハードルがあるのは障害者だけじゃない。「私たちは健常者だから」と言うそこのあなただって、職場や家族間での対人関係だったり病気したり大変な事(ハードル)が沢山あるでしょ?という意味で、エッセイのタイトルは「世の中全員、障害者。」と言います。おススメ&サポートして頂けたら嬉しいです。