見出し画像

2010年度 弁理士試験合格体験記

 本棚を整理していたら昔の弁理士試験の受験雑誌が出てきました。私の合格体験記が掲載された号です。私が弁理士試験に合格したのは12年も前なので2022年以降に弁理士試験を受験される方の参考にはならないかと思いましたが、試験に臨む心構えやどのくらいの勉強量が必要か等の情報は時間が経っても大きく変わるものではなく、必要な情報か否かは読んだ方にご判断頂けば良いと考え載せることにしました。補足事項は「※」と太字で示しています。また、note用に一部章立てを修正しています。以下、11年前に書いた合格体験記です。


1. はじめに

 私は大学院で博士号を取得し、ベンチャー企業に就職しました。会社では主にバイオ燃料の研究開発を担当しております。また、弁理士試験の勉強をしていたということで、特許と商標の管理業務も任されております。
弁理士試験には4回目の受験で最終合格しました。振り返って考えると、2回目の短答で失敗した時のショックを契機に試験勉強に真剣に取り組むようになったのだと思います。

2. 私のとった勉強法

(1)1年目 短答試験1回目

 私は2006年10月に試験勉強を開始し、過去問、条文集、青本を買いそろえて2007年3月頃までは独学で勉強をしていました。具体的には、『短答アドヴァンステキスト』を読んで、読んだ内容と関連する過去問を解く、という勉強方法です。3月以降は3時間30分の試験時間に慣れるため、予備校の短答答練を受講しました。この時は20点~30点しか取れませんでしたが、初学者なのでこの程度だろうと思って、点数は気にせず毎回の復習をしっかりこなすようにしました。こうして臨んだ最初の短答試験では、合格点39点に対して34点で不合格でした。ここで反省すればもう少し合格が早まったのかも知れませんが、当時は独学で勉強した割には上出来だと感じ、また来年頑張ろう程度にしか思っていませんでした。それから翌年の2月くらいまでは博士論文の執筆で忙しく、試験勉強からは完全に離れていました。

(2)2年目 短答試験2回目

 2008年2月、博士論文の発表会が終わったころから勉強を再開しました。選択科目免除の申請を行ったのも博士号取得の目処が立ったこの時期でした。勉強法は前年同様『短答アドヴァンステキスト』を読み返して過去問を解く方法です。平成19年は法改正がなかったため、前年受けた答練の問題もそのまま使えました。そこで、費用節約のため答練は受けず、予備校の模試を2回受けただけでした。その結果、39点に対して34点で不合格と、1年目と全く同じ点数で落ちてしまいました。1年間全く進歩していなかったという事実に愕然とし、"あと5点の壁"が思った以上に厚いということに気づきました。

(3)3年目 短答試験3回目

 特許庁の統計データを見ればわかる通り、弁理士試験は東大生でも9人に1人しか受からない試験です。このままだらだらと勉強していても一生合格しないと悟り、短答試験の3日後に吉田ゼミの基礎ゼミを申し込みました。自分が法律の初学者であることを自覚し、基礎を習得することに専念しました。
 2008年10月からは基礎ゼミの流れで、吉田ゼミの論文ゼミに通いました。一行問題中心で、基礎ゼミでインプットした基礎事項をそのままアウトプットできる良い機会でした。
 2009年1月からは、各受験機関で事例問題を中心とした論文答練が始まりますが、仕事の出張で2か月沖縄に行くことになっていたため受けられませんでした。出張先では、条文、青本、短答過去問を持ってコツコツと短答対策を進めていました。
 3月以降は1年目同様予備校の短答答練を受けました。答練の復習はその日に全て行うようにし、平日は問題演習をせず、条文と青本の精読に専念しました。また、『知的財産権基本法文集ポケット版』(PATECH企画)を上着の内ポケットに入れて持ち歩き、一駅の電車移動でも参照するようにしていました。試験前一週間は、有給休暇をとって引きこもって勉強しました。短答試験は暗記のウエイトが高い試験である以上、3月頃の1か月間より、直前の1週間の方が重要と考えたからです。この期間は朝起きてから入浴時以外は食事もトイレも常に条文を片手に持っていました。条文は暗記するつもりで繰り返し暗唱し、特にパリ条約1条から11条までと、TRIPS協定の頻出箇所の条文はそらでいえるまでにしました。なぜ四法ではなく条約を優先して暗記したかというと、短答試験の条約は条文の文言の間違い探しのような問題が多いからです。大学受験の国語の科目は「現代文・古文・漢文」で構成されておりましたが、現代文は読み易い反面解釈が難しく、漢文は読み方さえ覚えれば書かれている内容は簡単でした。それなのに漢文を苦手としている受験生が多いことに気づき、私は漢文をマスターして得点源にしておりました。現代文を特許法に、漢文を条約に置き換えると似たようなことが言えるのではないでしょうか。実際、本試験の結果ではパリ条約とTRIPS協定は満点をとることができました。
 また、試験1週間前の期間は、年度別過去問を2時間以内で解く、ということも毎日行っておりました。体系別過去問や答練で解いたことのある問題も多かったのですが、7年分解いて全て55点以上とることができ、自信に繋がりました。本試験でも55点以上とることを目標にし、その結果、合格点が37点に対して42点で初めて短答試験に合格できました。しかしこの時は、合格した喜びよりも42点しか取れずに悔しく思ったことを覚えています。

(4)3年目 論文試験1回目

 この年は前年度から免除制度が実施され、短答免除者がいる最初の年で、短答試験のボーダーが大きく上がると噂されていた年でした。そのため、42点でも安心できないかなと思いましたが、気にせず論文対策に向かいました。論文本試験まで時間がないので、過去に受けた答練の復習と答案構成を中心に行い、全文書きは直前期の論文模試でのみ行いました。模試1回目は下から数えた方が早い順位で落ち込みましたが、2回目、3回目と順位が上がり、3回目では名前が載る程の点数をとっていました。そのことを自信に本試験を受けましたが、結果は特実B、意匠B、商標Bで不合格。特実は補正と分割がテーマにも関わらず分割に一切触れなかったこと、意匠では3条の2の趣旨が書けなかったこと、商標は数行に渡って訂正し、答案のバランスを欠いたことが敗因だと自己分析しました。

(5)4年目 論文試験2回目

 ここは私の悪いところですが、論文試験の結果が不合格でもあと一歩という結果であった慢心と、仕事が忙しくなってきたことを言い訳に、2009年10月から2010年3月まで勉強から離れていました。
 4月になってからはさすがにまずいと感じ、予備校の短答免除者向け論文答練を通信で受講しました。最初の1、2回は点数以前に時間以内に書ききれないという散々な状態でしたが、後半になるにつれて勘を取り戻し、60点を超えることができるようになっていました。
 5月は引き続き別の予備校の通信答練を受講し、6月は毎週日曜日に予備校の論文模試を受けました。結果として4月~6月に添削を受けた答案は50通になりました。
 本試験では全ての科目が易しく感じ、ある程度の手ごたえを感じることができました。
 私の論文試験における勉強の方針としては、基本問題を絶対落とさないこと、事例問題については自分なりの型を作ることを心がけました。
 基本問題については、縮小コピーしてコンパクトにしたレジュメの定義・趣旨部分を繰り返し読み、場合によっては書いて覚えました。「〇〇の趣旨を述べよ。」という基本問題は意匠法や商標法でよく問われますが、論文受験生が3,000人いたら1,000人以上は正確に書ける問題だと思っていたので、落としたら即アウトのつもりで暗記しました。
 事例問題は自転車の乗り方のようなもので、何度も転んで身体で覚えるものだと思います。また、答案構成は自分にあったスタイルを試行錯誤で見極めるのが大事です。例えば私の場合、問題を開いて最初に「2008年1月1日」という日付を全て黄色の蛍光ペンでマークし、時系列順に縦書きで書き出しました。これは人それぞれの好みがあると思います。自分の型をなるべく早く確立し、直前期に迷走しないように注意した方が良いと思います。

(6)4年目 口述試験1回目

 平成22年度の口述試験は合格率が約70%という厳しい結果でした。しかし、前年の口述試験でも約200人の不合格者が出ていたことから、私を含む多くの受験生にとって、ある程度予想していたことだったと思います。多くの受験機関でも例年に比べて口述試験対策が充実していました。
私も8月中旬から吉田ゼミの口述ゼミに通っていました。論文式試験が終わって、9月末の合格発表まではゆっくり過ごしたいのが本音でしたが、論文に合格していれば口述試験、不合格であっても翌年の論文試験と、どちらに転んでも試験勉強は続くので覚悟を決めました。口述ゼミでは講師一人に対して受験生4、5人がつき、ランダムに当てられた人が答えるという形式でした。このゼミによって論文合格発表前に試験範囲を一通りカバーできたこと、口頭で答えることに慣れたことが良かったと思います。
論文試験の合格発表は、半休をとって特許庁まで見に行きました。合格していれば口述練習会や模試の申込みをしなければならないからです。実際、合格を確認してからは予めメモしておいた順番で申し込み、3回の模試を受ける機会を得ました。
論文試験の合格発表以降は、ひたすら条文、青本、審査基準の暗記です。口述本試では条文集を参照して良いことになっていますが、その際に机に置いてある条文集は論文本試験で配布された条文集と同じだと聞いたので、論文本試験の条文集を使って勉強することにしました。ただ、この条文集は書き込む余白が少なくて苦労しました。そのことに気づいたときには既にかなり書き込みをしていたので、途中で条文を変えるわけにはいかず、私はこの条文集に青本の理由付け等を書き込んでいきました。論文合格発表から口述本試験当日の1ヵ月程度の間に、各科目の青本、意匠と商標の審査基準を10回以上は読み込んだと思います。条文はその倍以上です。他の受験生がよく使う『口述要点整理集』(GSN)は私は持っていましたが、ほとんど使いませんでした。問題演習よりとにかく条文・青本だと考えたからです。条文・青本は繰り返し読んでいるうちに、見開いたページの右下が何条、左ページの上段の中央が何条、というように視覚で思い出されるようになっていました。口述試験では、机の上に条文集が置かれていて、必要に応じて参照して良いのですが、私の場合、目に焼きついた条文と青本も参照しているような感覚でした。
口述試験当日、特許法は在外者の手続きおよび代理について問われました。マイナーな分野からの出題でしたが、5分程で全問終了し、残り時間ずっと試験委員の先生と雑談していました。意匠法は部分意匠と3条の2について問われました。青本から出題された問題が多かったので難なく回答でき、1回目のチャイムと同時に問題が終了しました。商標法は登録意義の申立てがテーマでしたが「異議決定」と「維持決定」を聞き間違えてしまい、会話がかみ合わないまま時間切れになってしまいました。おそらく特許A、意匠A or B、商標Cで合格したのだと思います。
口述試験は、受験生によって出題される問題や試験委員の先生が異なるため、運の要素も強く、不公平な試験だといわれています。しかし、弁理士試験の最終試験がこのようなシステムである以上、それに沿って対策を練らねばなりません。口述試験の合格基準は「C評価が2つ以上ないこと」ですので、問われたらA評価になる得意分野を増やすことより、問われたらC評価になってしまう苦手分野を減らすことが重要かと思います。

3. 使用した基本書・参考書

(1)条文集

『知的財産権基本法文集』(PATECH企画)

 コンパクトで軽いので持ち運びに非常に便利です。四法・パリ条約の条文の暗記に向いており、私が愛用した条文集のひとつです。一方、四法とパリ条約等一部の条約しか載っていないため、これ一冊だけでは不十分です。

『知的財産権法文集』(PATECH企画)

 上記の基本法文集をフルバージョンにしたような条文集で、弁理士試験に必要な法律はほとんどカバーされています。ただし、施行規則までは載っていないため、論文答練のお供には向いていません。以前、論文答練に重い法文集を持っていくのが面倒でこの条文集を持っていったところ、意匠法の規則別表を参照しなければ解答できない問題が出題されました。採点者の方には見事に見透かされ、「規則が載っていない条文集を持参するあなたの姿勢を疑います」と酷評されてしまいました。

『弁理士試験用法文集』(工業所有権審議会、非売品)
 論文本試験で配布される法文集です。口述試験でも使われるものなので、この条文集に慣れておくと、本試験本番中のサーチ能力が上がるのではないかと考えて使用しました。施行規則や様式も載っているので実務にも使えます。包丁で四法と条約の境目で二つに切って、四法が載っている前半部をカバンに入れて持ち運んでいました。

『産業財産権四法対照法文集』(PATECH企画)

 多くの受験生が使っている法文集ですが、意匠法や商標法等は特許法に合わせて配列されており、条文番号通りでないのが嫌で、私はあまり使いませんでした。四法で罰則の罰金額を比較する場合や、出願分割に関する意匠法第10条の2第1項と商標法第10条第1項の時期的要件を比較する場合等に参照した程度です。

(2)基本書

『工業所有権逐条解説 第18版』(特許庁編、発明協会)
※最新は第21版

 言わずと知れた青本ですが、分厚くて重くて縦書きなので、内容が難解という以前に物理的に読みにくいです。第18版は特許庁ホームページで公開されているため、そのデータをもとに横書きに直したファイルを先輩合格者の方が作成されていました。そのファイルを譲って頂き、A4サイズの用紙に1枚2ページ裏表印刷したものを使用しました。

『平成20年 特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(特許庁総務部総務課制度改正審議室編、発明協会)
※ 改正本はAmazon等で引き続き入手できます。最新版はこちら↓

 いわゆる改正本です。青本第16版までしか出ていないときは、青本と並んで必須の基本書でしたが、青本第18版は平成20年改正までカバーしているので不要だと思っている方もいるかも知れません。しかし、青本に書かれていない重要事項が改正本に書いてあることがありますので、揃えることをお勧めします。平成6年以降の改正本のPDFファイルは特許庁ホームページからも入手できます。平成10年には意匠法の大改正があったので、確認しておくとよいと思います。

『商標審査基準 改訂第9版』(特許庁商標課編、発明協会)
※ 最新は改訂第15版

『意匠審査基準』(特許庁ホームページよりダウンロード
 論文、口述では審査基準の文言通り再現することが本試験で問われています。そのため、過去の出題傾向から、暗記すべき箇所を蛍光ペンでマークし、何度も何度も声に出して読みました。特に私は意匠法の画面デザインの定義(物品の「機能」、昨日を「発揮できる状態」等)が苦手でしたので、口述直前期は毎朝暗唱してから出勤していました。

(3)判例集

『知的財産法判例教室』(正林真之監修、法学書院)

 重要な判例が厳選されているので、短期間に繰り返し読んだり、論旨を暗唱するのに向いています。一方で厳選され過ぎている気もしたので、足りない部分は『判例百選』で補いました。

『特許判例百選』(中山信弘ほか編、有斐閣)

『商標・意匠・不正競争防止法判例百選』(大淵哲也ほか編、有斐閣)

 先生方の解説は難解で通読しようとすると挫折すると思ったので、事実の概要と判旨を中心に確認しました。合格した今は、解説もじっくり読んでみようと思っています。

4. おわりに

 弁理士試験の受験勉強は時間的、経済的、精神的負担が大きいので早く終わらせたいところですが、受験勉強から逃れるには、諦めるか合格するかの二択しかありません。
 免除制度導入により、短答免除者は論文試験のみに、筆記試験合格者は口述試験のみに焦点を当てて勉強しているため、各試験の競争は以前より激化しているように思います。
 そのような中で最終合格を勝ち取るには、他の平均的な受験生よりも一回り多く努力をすることです。私自身、その覚悟がなくて最初の2年間は棒に振ってしまいました。私の失敗を他山の石として、皆様が一年でも合格を早めることができれば幸いです。


いいなと思ったら応援しよう!