ASKAシンフォニックコンサート2018『THE PRIDE』映像作品レビュー

 5年7か月ぶり。あまりにも長いブランクを経て、ASKAが復活ライブの舞台として選んだのは、東京国際フィルハーモニー交響楽団との共演によるシンフォニックコンサートだった。
 その東京を含む全11公演にも及ぶライブツアーは、『-THE PRIDE-』と名付けられた。まさにASKAが音楽家としての誇りを取り戻し、世間に知らしめるためのライブツアーだ。

 この5年7か月の空白の間、2017年からは、テレビ西日本の番組出演での「FUKUOKA」歌唱、MV撮影での「未来の勲章」歌唱、AbemaTVでの4曲歌唱など、世間に歌う姿を見せていたものの、世間の目には、ライブツアーをやってこそ、復活と映る。

 「待ちに待った」とはこのときのためにある言葉だろう。

 ASKAがオープニング曲として選んだのは、オーケストラのみによる「On Your Mark」だ。
 本当は、この楽曲を核として、2013年夏には、CHAGE and ASKAが再始動する予定だった。
 しかし、あの事件によって、それは、頓挫してしまい、未だに再始動は実現していない。

 だからこそ、再びのスタートとして「On Your Mark」は、今度こそ、という期待を抱かせてくれる。
 まだ、CHAGEの声も、ASKAの声もない「On Your Mark」。

 しかし、60人以上の東京国際フィルハーモニー交響楽団による演奏は、2人の歌声がない虚しさを、重厚かつ一糸乱れぬ精密な演奏で取り除いてくれる。60人以上が演奏しているのに、無駄な音が一切ない。
 気楽な気持ちで聴き始めた私の体を、一気に前のめりにさせてしまうほど、美しさと情感を兼ね備えた完璧な演奏で、観客を引き込んでしまうのだ。

 そこで既に私たちは、東京国際フィルハーモニー交響楽団自体が単独で何万人もの観客を感動させられる最高峰の音楽集団である現実を突きつけられる。

 満を持して登場するASKAに降り注ぐ、異様なほどの熱気と鳴りやまない拍手。そして、ASKAを照らし出すスポットライト。これぞ光の拍手だ。この雰囲気、この瞬間を少しでも多くの人々に味わってもらうため、初日を収録日に選んだのかもしれない。
 いつまでたっても鳴りやみそうになり拍手を無理やり鎮めるように、藤原いくろうがタクトを振る。
 そして、始まった1曲目は、「そう、きたか!」としか言いようのない「熱風」。

 ASKAが歌い始めれば、もはや映画のような物語の世界にどっぷりと浸かってしまうのだ。
 まるで5年7か月のブランクがなかったかのように、一瞬ですべての不安を吹き飛ばし、一気に時間を埋めてくれる。

 ASKAの声の調子は、2000年代後半からライブの度に良くなってきていたが、この5年間でさらに良くなっているように感じる。

 それにしても、1曲目がCHAGE and ASKAがデビュー当時に発表した「熱風」とは、全くの想定外だった。私が仮に予想を100曲挙げても当たらなかっただろう。
 ただ、この楽曲に出てくる「滅びゆく祖国」という言葉を聴いたとき、私は、「憲兵も王様も居ない城」を思い出した。おそらく、ASKAは、「滅びゆく祖国」を「憲兵も王様も居ない城」と重ね合わせているのだろう、と。
 この楽曲は、新生ASKAの記念すべき船出の曲なのだ。

 そして、2曲目は、自然界における男女の本質を描く「Man and Woman」。現在のところ、CHAGE and ASKAの最新シングルだ。そして、不器用な男の生き方を歌う「I'm busy」。1曲1曲がそれぞれに大きな意味を持って、迫ってくる。

 それぞれの楽曲の世界に引き込まれながらも、私は、バンドツアーのサウンドに慣れているため、シンフォニックコンサートが持つ独特の雰囲気に少しの違和感を覚えていた。
 巨大なオーケストラをベースとする音楽のため、どうしてもASKAの歌唱がオーケストラに合わせた余所行きの歌唱になっているように感じられるのだ。端的に言ってしまえば、朗々とした歌唱といったところだろうか。

 それは、ASKA自身の歌唱をベースとして、作り込まれるバンドツアーでは感じない。ASKAがインタビューで、自分はゲストボーカリストとしての参加だ、と言っていた意味を実感せざるを得なくなる。

 しかし、くだけた挨拶を挟んだ4曲目の「はじまりはいつも雨」では、気心が知れたピアノの澤近泰輔が前面に出て、ASKAが普段通りの歌唱を見せつける。

 そして、壮大な世界を歌う「同じ時代を」や幻想的な雰囲気を持つ「迷宮のReplicant」は、オーケストラによく合う楽曲だ。ここには、ASKAの選曲の妙が生きる。
 つくづく「迷宮のReplicant」は、オーケストラに映える楽曲だと感嘆した。これほどの数の弦楽器があるからこそ、楽曲が描く幻想的な雰囲気を等身大で作り出せる。

 そこから続く「しゃぼん」「FUKUOKA」は、新生ASKAの代表曲だ。
 「しゃぼん」は、テレビ番組でリハーサルを鑑賞したテリー伊藤が涙していたシーンが記憶に新しい。
 壮絶な体験を経たからこそ、生まれた魂の叫びは、いつ聴いても目頭が熱くなる。実際のライブでの歌唱は、さらに神がかっているように聴こえた。

 「FUKUOKA」は、コンプライアンスの壁で、東京のスタジオは使用不能という苦境に陥ったASKAを救った福岡の人々に感謝を捧げる歌だ。
 ファンにとっては、2016年12月24日のクリスマスイブに、突如、YouTubeで公開となった「FUKUOKA」に歓喜の涙を流した思い出の曲だ。配信から4日で100万視聴を突破した名曲は、世間にもASKAの復活を知らしめるに充分な役割を果たした。

 続く「未来の人よ」「修羅を行く」は、2018年の新曲で、毎月新曲配信という新たな挑戦から生まれた楽曲だ。毎月新曲が聴けるという至高の喜びが思い出される。
 「修羅を行く」は、ASKAの低音の魅力とロックサウンドが映える楽曲で、オーケストラでの披露は意外だった。しかし、管楽器を中心に低音とロックの世界を作りだしていた。オーケストラの万能性を痛感させられる。

 それにしても、ASKAの順応性の高さには驚かざるを得ない。
 ASKAがオーケストラのペースに合わせたり、オーケストラがASKAのペースに合わせたり。変幻自在だ。
 双方に突出した実力がなければ、実現しないような音楽に私は、気づけば腕組みして、うなりながら聴き入っていた。

 オーケストラは、私にはインテリの音楽というイメージがあって上品な雰囲気をまとって聴こえる。
 決してバンドツアーがやんちゃだとは思わないが、ファンだとどうしても原曲に思い入れがあるため、オーケストラのアレンジになると、そこは、澤近泰輔のピアノじゃないんだ、鈴川真樹のギターが入らないんだな、などと思ってしまうのだ。
 今回のツアーでは、バンドなら澤近泰輔のピアノが担う部分をバイオリンが担う「FUKUOKA」や「君が愛を語れ」のイントロで特に。

 でも、決してそこに楽曲の質が落ちたと思わせないところは、さすがのオーケストラである。
 
 ライブ後半になるに従い、ASKAの歌声の迫力も、オーケストラの迫力も増していく。
 「君が愛を語れ」のロングトーンは、以前よりも迫真の力を感じたし、「月が近づけば少しはましだろう」の絶唱も、バンドツアーに勝るとも劣らぬ出来栄えだった。

 それでも、このライブの最高潮は、「YAH YAH YAH」であったように思う。
 日本の音楽史上最強のシャウト系ポップソングである「YAH YAH YAH」は、紳士淑女が座って聴き入るオーケストラのコンサートには、普通に考えれば不似合いだ。

 しかし、ASKAは、この楽曲を拳を振り上げてシャウトした。オーケストラも、その日最高潮の演奏で盛り立てるが、ASKAの歌唱は、さらにそれを上回る。
 ありえない光景が現れたのは、そのときだった。観客が1人、また1人と立ち始めるのだ。そして、ついに観客全員が立ち上がって、拳を振り上げる奇跡が訪れた。
 歌い終わった後のASKAは、確かに涙ぐんでいた。観客のすべてがASKAの歌唱に呼応した光景に、ASKAもまた呼応していたのだ。

 そして、本編ラストは、チャゲアスファンに圧倒的な人気を誇る「PRIDE」。挫折と再起を描いた、あまりにも、このライブにふさわしい名曲は、ここ数年の出来事も温かく包み込み、心を浄化するように昇華してくれる。

 アンコールでは、チャゲアス最大のヒット曲である「SAY YES」。さらに、現在のASKAの座右の銘と言っても過言ではない「今がいちばんいい」を披露し、「YAH YAH YAH」とは異なる明朗な盛り上がりを体現してくれた。 

 終演後、ASKAが語った言葉は、一生忘れないだろう。
「待っていてくれて、どうもありがとう。本当にありがとう」
 いつまでも鳴りやまない拍手とともに。

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