CHAGE and ASKA「On Your Mark」30周年レビュー後編 ~君たちはどう沁みるか~
前回は、「On Your Mark」の魅力を語っているうちに長くなって1番の終わりまでしかレビューできなかったので、今回はその続きとして2番からラストまでをレビューしてみたい。
2番のAメロは、主人公たちが夢に挑戦したものの、結果が出なくていらだちを隠せない場面だ。
「心の小さな空き地」とは夢が詰まった心の中にふと生まれる些細な不満の比喩だろうか。まるで「夕立」のように、不満が一時の感情を爆発させて「君」と言い合いをしてしまったりする。
主人公の「僕」は自問する。
夢への挑戦の「答え」は、「成功」なのか「失敗」なのか。
「失敗」という答えを出さない限り、「成功」に向かっていると信じたい。
「針の消えた時計の 文字を読む」も比喩だ。長針も短針も秒針も消えてしまった文字だけの時計は、時間の感覚がない。文字を見ても今がどこまで進んでいるのか分からないが、時間を気にせず無限大に挑戦を続けたい。
揺らぎそうになる心を何とか保っていきたい。そんな意思が感じられる場面だ。
その気持ちは次のBメロへ続いていく。
どんなに今が苦しく辛い状況であっても、夢への挑戦をあきらめるにはまだ早い。
主人公たちは、自らに言い聞かせるかのように鼓舞するのだ。
2番のサビの後半に登場する「これ」という代名詞は、「"On Your Mark"の掛け声で何度も再スタートすること」だろう。
このサビのラストでは、「夢の心臓」という比喩が現れる。1番では「夢の斜面」と擬物化されていたのが、2番では「夢の心臓」と擬人化されている。
物体でも人物でもない夢という形のない存在は、ときに物体や人物のような存在感を見せる大きな存在。
主人公たちは、そんな大きな存在に自らの存在価値を証明できるよう、何度も何度も挑戦を繰り返すのだ。
大サビのラストでは「走り出せば」「夢の心臓めがけて」のメロディーをそれまでとは異なる高く力強いメロディーと歌唱で締めている。
何度も試行を繰り返した主人公たちは、弱気になるどころか、自信をつけて強さを増し、夢へたどり着けそうな勢いを見せるのだ。
走り続けることで、夢や目標に近づいて行けるし、そこに力が生まれてくる。
ASKAが当時、よく語っていた「走り続けるものの中に力は存在する」という言葉こそ、「On Your Mark」と共通のテーマなのだろう。
この楽曲が多くの人々に愛されているのは、夢をあきらめずに何度も試行を繰り返す人々の傍らで鼓舞してくれるからだ。
最後に、なぜ楽曲「On Your Mark」からは想像できないストーリーのMV短編映画『On Your Mark』が生まれたかを語っておきたい。
宮崎駿は、この楽曲「On Your Mark」が比喩を散りばめて、世界観を硬直化させていないところに注目し、「流行の風邪」を「反体制の言動を弾圧しようとする政府の規制」と解釈するインスピレーションを得て、映像化した。
楽曲を制作したASKAの頭の中には全くなかったストーリーを、楽曲が描く本質の範囲内に収めて、自らの思考を表現してみせたのだ。
まさに「人の歌に合わせて、自分の歌を歌う」創作である。
MV短編映画『On Your Mark』は、比喩を散りばめて聴衆の多様な世界観を許容した天才ASKAの楽曲があったからこそ、宮崎駿は、それを巧みに利用して自らの思考をアニメーションに反映させられたのだ。
つまり、楽曲「On Your Mark」が至高の名作であったからこそ、MV映画『On Your Mark』もジブリ最高傑作の呼び声が高くなっているのだ。
以上、2回にわたってレビューしてきたCHAGE and ASKAの「On Your Mark」。
今月の発売30周年を超えても、ますます多くの人々に聴かれていくことを願いたい。