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がん患者と家族のストレスマネージメントに関する考察ーイントロダクションー

わたしは2016年3月に卵巣がん、腹膜播種を起こしていたのでステージⅢCの診断を受けました。残念ながらあっという間に再発したため、2、3週間に一度の化学療法を2019年12月まで続けてきたところで、この文章を書いています。実はわたしの父も肺がんと多発性骨髄腫を罹患し、2010年に他界しました。ですからわたしはがん患者本人であり、がん患者をもつ家族でもありました。

がん患者やその家族には、病気の苦しみ、医療への不安、再発の恐怖、治療中の副作用に伴う苦しみ、生活上・経済上の苦悩、人間関係の不満など、ありとあらゆるストレスに囲まれています。

がん患者本人にしてみれば、自分の病気を治す、または寛解すべく必死に治療しているわけですから、自分のストレスや家族のストレスについては積極的にケアをしようという余裕はありません。同じく、家族も患者のために何かできることはないか、食事療法に使う有機野菜を取り寄せて抗がん効果のある食事を作って食べさせてみたらどうか、がん患者本人が望んでいることで自分が手助けできることはないか、患者の苦しみはどうしたらいいのか、毎日患者のことばかりが第一義となっていきます。

しかし、それでいいのでしょうか。

末期の進行がんと診断されたり、治療しても抗がん剤が効かなくなったり、意図せず再発したり、がんの治療にはさまざまな困難がつきまといます。そのたびに、ネガティブで否定的な思考や感情にとらわれる「認知のゆがみ」によって、人間的な感情や正常な判断を失ってしまい、あげくにニセ医療や代替医療に足を踏み入れてしまう。それによってがん患者や家族がさらに経済的、精神的苦痛を被ることになってしまう悲劇が待っていたり。

たとえそういった代替医療でも、患者本人が信じて積極的に取り入れて、心の平安を保っているのならば、わたしとしては否定する気持ちはありません。

しかし、自分や看護する家族自身が、がんによる誇張された非合理的な思考パターンに陥っていることに気がつき、それを自分でコントロールしながら、不安や問題を解決できる方法があったら。治療に伴うストレスを解消し、一息つける癒しの時間を持てたら。それはやってみたいと思いませんか。

これからわたしは、3つの方法を紹介しようと思っています。

それは日本では精神科医の大野裕氏によって広く普及した認知行動療法、それから認知行動療法の一つであり、名古屋市立大学明智龍男氏と大阪大学医学部のチームが開発した問題解決療法(PST)、そしてアメリカの放射線腫瘍医カール・サイモントン博士が提唱されたサイモントン療法です。

はじめに申し上げておきますが、この療法をすれば、がんが治るというものではありません。とくに、日本におけるサイモントン療法は先行論文も少なく、代替医療と結びつきやすく、危うい面を感じています。しかし、カール・サイモントン博士はこのように仰っています。

希望を持って人生を生きることは大切です。そして、希望を持って死のプロセスに取り組むことが大切です。われわれすべての人間はいずれ死を迎えます。死に関しては、まず患者に対しての死を考える前に、自分自身と死との関わりについて取り組みます。このとき、認知行動療法は非常に役に立ちます。私たちが痛みや苦しみを持っているとき、それは肉体だけではなく、精神的な痛みや苦しみを必ず伴っています。肉体的な痛み、精神的な痛みに対する療法として、この認知療法が有効です。たとえば私が、肉体的な痛みを持っているとき、『自分は何を考えているのだろう』と自分自身を振り返ってみると、家族のことで悩んでいることがあります。がん患者の場合は、がんという病気に対して不安を抱えているかもしれません。また、死や死後の世に対して恐怖を抱いているかもしれません。これらの否定的な感情を作り出す信念や考え方を健全な考え方に変えることが大切です。

『サイモントン療法ー治癒に導くがんのイメージ療法ー(2009、川畑伸子 同文社出版 P253)』

わたしは心理学を専門としているわけではないので、カウンセリングのようなことはできません。特に認知行動療法は優れた臨床心理士の指導に従って実践すると大変効果の高いものであることは、わたし自身がカウンセラーのセラピーでうつ病を克服したときの経験から申し上げることができます。投薬治療のみでは7年治らなかったうつ病が、臨床心理士のカウンセリングと投薬によって、希死念慮から救われ、薬漬けの副作用から救われ、健全な生活環境を取り戻すことができたのです。がん患者に対しても精神科領域の介助者の存在が有効なことは言うまでもありません。

現在はサイコオンコロジー(腫瘍精神学)が確立され、がん患者の精神科的ケアが病院でも可能な時代になってきました。ただ、病院の緩和ケアの一環という形であったり、治療を続けるために積極的になる意欲を持たせるためであったり、あくまで臨床現場での活動です。そうではなく、自宅でひとりでできるトレーニングや瞑想法の実践によって、がん患者が次の治療日まで心を落ち着けておだやかに臨めるようになったり、たくさん抱えている苦悩の一部でも手放して、日々を丁寧に暮らすことができるようになれたらすばらしいのではないかと思うのです。

同時に、がん患者家族もこれらのイメージ療法をやってみることによって、患者の苛立ちや不安や孤独を理解し、患者の死後、自身の無力感や虚無感によるPTSDのような症状を予防することができるのではないかと思うのです。むしろ患者と一緒にできるというのが精神療法の有意点です。

さて、ここまで書いてきて残念なお知らせです。

がん患者に対する認知行動療法や問題解決療法、サイモントン療法がほとんど患者の間に普及していないのです。先行論文をいくつか読んでみましたが、有効性はデータで示されているものの、じゃあ実際にどこへ行ったらできるのか、だれがやっているのかという具体的な情報がほとんどありません。

わたしは今も精神科の病院に睡眠薬を処方してもらうため定期的に通院していますが、そこの主治医でもがん患者で精神科にかかった人はわたしで2人めだと言われました。いかに、がん患者があらゆるストレスや孤独にひたすら耐えながら治療や生活を送っているか、その証左のような気がしました。

これからいろいろな論文や、資料、本などを使って、3つの精神療法について書いていきます。ですが、わたしは一本の論文を読んだだけでこの療法は効果があるからおすすめしますということはいいません。論文を読むというのは、最後の引用論文を含めて検証して初めて読んだことになります。また相互の共通点を比較し、問題点を探りながら読みます。ですから、この後、各療法の紹介部分については少しわかりにくい書き方になってしまうところがあることをお詫びしておきます。

最終的な目標としては、大野裕先生がうつ病患者に対する認知行動療法の自習帳『こころが晴れるノート』(2003、大野裕 創元社)を出されたときのように、がん患者と家族向けに腫瘍精神学の先生方に心の自習帳を出していただきたいのです。

わたしのこのノートはそのときまでのバトンのつもりで、長いリレーを一人で走ります。


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