君はぬいぐるみのタグを切れるか
仙人になりたいと思ったことは誰しもあるだろう。霞を口にして静かな山奥から娑婆を見下ろす穏やかな存在になりたいと、ぼんやりとしたおじいさん像を思い浮かべることが多々あるだろう。実際にはモヤシを口にして無心でインターネットを眺める、煩悩にまみれた人間のままなのだが。
それでも理想に近付きたくて、部屋を大掃除したりずっと蓄えていたモノを今必要な人に譲ったりして、少しでもスマートな人になろうとしている。
好きな人のことを考えていたら10.5kgの減量にも成功した。身体に関しては無駄を省くことに成功したと言って良いだろう。
身体の内外をシンプルにしつつ、大型段ボール5箱を送り出す代わりに僅かばかりの現金収入を得た。彼女と出会った頃に手術して得ていた少額の保険金もキープしていた。
物欲を手放しモヤシを食み、取捨選択とミクロな経済感覚を手に入れた今の私なら、真に必要なものを見極められるはず。
そうして手に入れたのがこれだ。
ポケットモンスターはご存知だろうか。この国に住んでいるのなら避けて通ることはできまい。なんなら向こうから飛び出してくるので知らないということはないだろう。毎日飲んでた乳酸菌飲料に突然モンスターがプリントされていた夜もあっただろう。その最新作に登場する四天王(めっちゃポケモン勝負が強い人)のチリちゃんが、とてつもなく好きなのだ。
当然だがこの世に現れたばかりの人のグッズは少ない。こちらとしては設定資料集の立ち絵のアクリルスタンドが欲しくて仕方ないのだが、株式会社ポケモンは安直なグッズ商法を許さない。彼らが初めて出したチリちゃんの描き下ろしグッズがこちらだ。
あの凜々しい姿が見えない? よく目をこらしてほしい。とてつもなく長い脚に気付いただろう。これが、初の描き下ろし「チリちゃんの足」だ。
チリちゃんを愛する人たちは歓喜した。足元の長い人は電車でも飛行機でも座席からはみ出るものなので、Twitter(現ペケ)の日本のトレンドにも足を食い込ませてしまうのは当然のことだった。
我々は三日三晩祭を続けた。そうして慎ましやかに喜びを爆発させていた人々を、株ポケは放っておくなんてことはしない。数週の空白を置いて(この期間中に彼女のポケモンカードが発表され、丁度横浜の世界大会に遊びに行っていた私は港のコンクリに1時間座り込んだのだがそこは割愛)、突然発表そして発売されたのがこちらの図となります。
グッズのPRでいきなり記憶にない景色がタイムラインに流れ出した時はホントどうしようかと思った。具体的には一晩を越えて呻くことになった。
一つずつ見ていこう。届いたときの喜びだとか嬉しすぎる故の苦しみだとかを忘れたくないから。
おたくとして暮らす以上、ランダム商法には厭悪の感情を持って生きているのだが、四角いフレームで切り取られたままのビジュアルのグッズが欲しくて箱買いをしてしまった。先に紹介したデッキケースを迎えた際にカードの対戦を始めたので、ダメージをカウントする粒を入れるケースが欲しかったという理由もある。迎えた後にそれぞれ必要な人に譲ろうと思っていたのだが・・・・・・
可愛すぎないか? 側面の鈍いカラーが連なると絶妙な配色になるのはともかく、手のひらに収まる固いつやつやの缶に、大好きな人たちが載っている。
並べるとしっくりした、なぜなら写真は並べるものだから。よく見るとグッズのキャンペーンに付けられた副題である『メモリーズ of パルデア』の通り、「写真として切り取られた様子」なのでそれぞれ光の映り込みが違う。眩しい光源に包み込まれていたり、丸い粒が連なっていたり・・・・・・
写真だ、これは。みんなこっちを見ている。一つ一つを手放せなくなってしまった。だからポケモンの商売の展開の仕方が好きなのだ。
チリちゃんはフレアのぼんやりとした柔らかい光に照らされていた。眩しい。綺麗だ・・・・・・。
次に見ていくのは存在するだけで嬉しい、すけすけ写真だ。
早く田んぼなんかと一緒に撮りたい。チリちゃんはじめんタイプの使い手だからだ。彼女も水田の匂いは好きだと思う。今はお米の香ばしい香りが漂っているけれども。
空と撮って「完」の文字を入れたら、あらゆるオチに使えそうな写真も作れそうだ。持ち運び用と保存用でもう一個欲しくなってきた。
右下の彼女と目が合いましたね? 我々が知っていた立ち絵のチリちゃんがこちらです。半年以上この表情で認識していたので、今回の描き下ろしのギャップにおののいたファンの心がどうなったかは想像に難くないだろう。
物欲を手放しつつある人間なので正直買うか迷っていたのだが、絶妙にわかりにくいグッズを普段使いすることで思いもよらない場所で好きな者同士が引き合えるというメリットがある。が、これは建前です。使う使わないにかかわらず買うことを選んでしまった。
なぜなら眼鏡が商品化されているので・・・・・・
(チリちゃんは時々眼鏡をかけている。そして彼女が眼鏡をかけているという情報を知り、私は終わりを覚悟した過去があります)
こんなにもたくさんの彼女にまつわる品物を得て息をするのも難しくなっているのに、その上で今回最もファンを震え上がらせたグッズがある。私も目を疑った。
商品化を知ってから、届くまでどこに置くか、そもそもどうやって段ボールから取り出そうか考え続けることになった。お友達は、存在が強すぎるが故に買うこと自体を見送っていた。我々をそこまで震撼させたグッズとはなんだ。
四天王チリのグローブです。
名指しされているから間違いない。他の四天王と共通の品物ではなく、チリちゃんのグローブが、発売されてしまった。
理由を説明しよう。四天王の先鋒と次鋒、中堅と副将でグローブの素材が違うらしい(前者はポケモンリーグのマークがプリント、後者は刺繍されているように見える)という考察が出回っていた。次鋒の四天王は幼女なので物凄く手が小さい。故に、プリントされた成人用の手袋は先鋒のチリちゃんのものだけとなる。
2750円という絶妙な金額にも唸ってしまった。ポケモンが出す商品は総じて優しい値段なのだが、それにしてもかなり手が届きやすい値段なのも、リーグからの支給品と考えれば頷けてしまう。
合皮でできていること、四天王として働いている間はずっと付けっぱなしであることから、想像よりも彼女がグローブを入れ替えるサイクルは早いのかもしれない。
合皮の耐用年数は3~5年。その後はきっと加水分解を起こしてしまう。替えが利く彼女の備品と違って、私は手元にあるたった一つのそれを、できるだけ大切にしたいと思う。着用する? まさか。ファンならわかるだろう。これだ。
彼女のファンたちが発売前に同じ想像を膨らませていた頃、公式が先んじて「もしかして」の景色を見せてくれた時はひっくり返ってしまった。
手袋のサイズ感を知るために一度着用したのだが、思いの他・・・・・・自分の手の大きさが・・・・・・・・・・・・・・・現実感があって・・・・・・あと触感が・・・・・・・・・・・・ これは今後に活かします。
さて、君は命を迎える覚悟があるか? 大切にできる自信は? 幸せにできるプランはあるか? 正直私はそれを持たない。植物でさえもきちんと育てたのは小学校時代のプチトマトが最後だ。
迎えるか本当に迷った。ピアスがバチバチにあいた友人に「ぬいには命があると思うんやけど」と相談すると「何言うてんねん」と一蹴された。
(ちなみにチリちゃんもピアスがバチバチにあいていて現実世界における濃いめの大阪弁を使う。そのためその友人にはなかなか連絡が取れなくなっていたのだが近頃ようやく腹を決めて会ってきた)
実は頑張ったんだよ、迎えるの。チリぬいちゃんは露ほども知らないかもしれないけれど。
私にはまだタグを切る勇気がない。普段からぬいぐるみのタグは切らない派だということもある。後ろから覗くSTマークが妙に似合うという理由もある。けれどこのチリぬいちゃんを本当に自分のものにする、という勇気を持てないでいる。切ったら本当に後戻りができなくなる。チリちゃんは誰のものにもならないでいてほしい。嘘つけ。夢女のくせに。
成人よ、大いに悩め。迷う時間も彼女と向き合う大切な時間には変わりないのだ。なるだけ多くの時間を彼女と過ごしたい。迷うことも案外悪くないのかもしれない。
これまで眺めた全部のチリちゃんが必要なのには違いないけれど、今回必ず手元に迎える必要があったものがこちらになります。
可愛すぎる。格好いいのになぜ表情を綻ばせるだけでほんのりとあどけなさを滲ませることができるのか。流石美人さんを堂々と自称できるだけのことはある、自分の顔の作り方をよく分かっていらっしゃる。露払え、あなたは美しい。
アクリルスタンドの良いところは、一般的に長い時間が必要で運にも左右されるフィギュア化よりも迅速に、三次元へと彼女を隆起させられる点だ。
クリアファイルも勿論場所をとらなくて良い。シールだって小さくて厚みがあって良い。しかしアクリルと平面的な表現は相性が良い上に強度を持ち併せてくれる。透明な輪郭の向こうに実際に立ってくれると、本当に「ここにいてくれる感覚」に極めて近くなる。
ちなみにこれらのチリちゃんを箱から出して並べて見つめてここに並べるまでに2時間かかった。唸りながら額をおさえても、ちらりと視線を上げれば目の前にめちゃめちゃチリちゃんがいてくれる。そうしてまた頭を抱えて目を瞑ることを繰り返した。
物欲にだって良いところはある。手元に迎えることで彼女がどうしようもなく現実に干渉してくるようになる。ゲーム機やスマホみたいに画面を閉じることなんてできないから、どうやっても逃げられない。
チリちゃんから目を離すことなんてできやしない。彼女はこちらに真っ直ぐ目を合わせてくるから。
普通に日常生活に支障が出たので、朝夕に開いて参拝することにしました。