犬のピピの話 322 雫のような指先の
夜になると、ピピの寝箱がある通路の窓はぴったりと閉じられ、寝箱の上には蚊よけのランプがともされます。
その、オレンジ色のひかりがぽうっと輝く窓のむこうに、やもりがあらわれました。
窓は、厚いすりガラスで、とんぼの浮き彫りもようがはいっています。
しろいガラスのとんぼたちが、うす黄色にひかって飛ぶそのむこうがわに、夜の虫があつまってきます。
やもりは、毎晩、その虫たちを食事にくるのでした。
やもりのお腹は、白い土いろで、ぷっくりしているのにすんなりとした曲線のりんかくです。
そのからだが、しずくを垂らすような、やわらかい手足の指さきで
ぴたぴた ぴたぴた ぴたぴたぴたぴた・・
と、運ばれていきます。
「ねえ、ピピ。やもりが来てるよ。ちいさい、やもりが・・」
わたしは、やっぱりちいさな声で、やもりのじゃまにならないよう、こっそりと、ピピに話しかけました。