九十四話 軍隊のリアル
加平の苛めと相反して、訓練の苛烈さはどんどん増してゆく。しかし、皆それに耐えることが兵隊の務めと思っているため、不平不満を口にする者は誰もいない。無論、浅井も同様で、最年少志願兵としての矜持を持って訓練に臨んだ。
ただ、この頃浅井は、義務で徴兵された人は、古兵、新兵に関わらず、軍隊に対する思いが自分とかなり異なる点に気付いた。
また、新兵苛めもそうだが、実際の軍隊は、浅井が入隊するまでに思い描いていた軍隊像と隔たりが大きいのだ。
訓練の壮絶さはともかく、軍隊に対するイメージギャップが、浅井をして「何だかなぁ・・・」という気持ちにさせる。正直幻滅「ありえんわ~」ともまではいかぬとも、モチベを大幅に下げたのは間違いない。
月に一度、翌日訓練がない土曜日は、内務班の兵隊だけで宴会があった。酒保から買い込んだ酒やビールを持ち込み、飲めや唱えやの無礼講となる。
その際、古兵が数え歌を唱うのだが、問題はその歌詞だ。
「一つとせ、二人娘とやる時にゃ、姉のほうからせにゃならん。かわいいすーちゃんと泣き別れ」というのが常套の歌詞。
それを古兵は「一つとせ、人の嫌がる軍隊に、志願で入る莫迦も居る・・・」と替えて唱う。
この時、古兵はきまって班で唯一の志願兵・浅井の顔を見て、ニヤニヤしながら唱うのだ。
「・・・すーちゃんと泣き別れ」という公式の方は、まだ子供の浅井にとって、その意味するところまで判然としなかった。
しかし、徴収古兵の替え歌の方は、「お前は世間知らずだ。みんな軍隊が嫌い。義務だから仕方なく来ているんだ」という本音をビンビン聞かされているような気がした。さらに、自分一人、満座でからかられているのが容易に判り、正に針の筵状態。居た堪れない気持ちになる。
また、軍隊でこんな替え歌が、公然と唱われていいのかと思い、肝を潰した。
耐え難きを堪え、忍び難きを忍ぶ浅井。
上級兵の手前、顔では笑っていたが、心中全くもって穏やかでなかった。
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