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百二十三話 幹候受験
暑さや寒さ、戦場では自然も大敵だ。日夜、広大な大地を行く中で、浅井は骨の髄まで叩き込まれていたが、今回の敵は想像を絶した。
中支の集中雨は、いかにも大陸的で、常識というものがない。凡そ内地ではあり得ない、超弩級のスケールだった。
事に至って、浅井は、大自然の猛威を改めて思い知らされた。
黄河を渡河して以来、殆ど寝る間もなく進軍していた聯隊は、百余名の戦死者が出た。五月二十四日、揚子江岸の都市、湖北省漢口に到着。漢口は、租界もあり、日本軍の占領下の街だ。
ここで遂に、三日間の大休止が出る。待ちに待ったという言葉では到底表せない、渇望の大休止。死線や緊張から解き放たれ、皆一斉に街に繰り出した。
我先にと遊びに行く兵を尻目に、浅井は勉強を始めた。翌日、下士候試験を控えていたのだ。
露営地の中でも陽の差す場所を探し、おもむろに背嚢から『歩兵操典』や『作戦要務令』を取り出す。受験勉強自体、聯隊駐屯地が在った錦西以来だ。
この頃、浅井は、急成長していた。
足の肉刺に悲鳴を上げる弱兵の姿は、もうどこにもない。激烈な戦場が、命知らずの強兵に変えていた。
命令が下れば、いの一番で戦場に飛び出す。
弾が飛び交う稜線から、平気で顔を出す。
当たれば即死だ。
単に無謀なだけとも言えたが、当の本人は、錦西の内務班で実戦経験をひけらかしていた召集兵たちより勇敢になったと思い、手応えを感じていた。
自分が戦力として認められている――そう思った浅井は、チャンスがあれば、率先して無闇な行動をとった。この向こう見ずな行動は、すぐ班長の目に止まる。
浅井は、班長田村に怒鳴られ、激怒された。これを契機に、単なる戦馬鹿では駄目だと気付く。
元々、浅井は、陸軍志願時から、幹部候補生を目指す気でいた。それが、班長の怒号や広大無辺な大陸にいることもあり、戦争をもっと大きな視野で捉えてみたいと思うようになっていた。
翌二十五日、幹候受験生は、中山公園の隣にある大きな講堂に集められた。
明日死ぬかも知れないのに、想像以上の数の受験生が居る。全員享楽に身を任せ、街に遊びに出たとばかり思っていた。それだけに、浅井にとって、想定外の事態だった。