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百二十九話 木霊

 決死隊が、すっかり暗くなった薩摩芋畠に出る。浅井は、出陣前の緊迫した場面シーンを見届け、我が山頂に戻った。
 ふと見ると、寺尾兵長がいた。
 「兵長殿!ご無事でしたか」
 「ああ、まぁ一応な」
 「兵長殿も現役時代は同じようなことを経験されたのですか?」
 「いいや、ないよ。河南は平野ばかりだったから、山岳戦はしたことがないんだ」
 「そうでありましたか・・・」
 兵長も緊迫した面持ちで、浅井の話などうわの空といった感じだ。

 暗くなるに従って、敵は間断なく照明弾を打ち上げて来る。日本軍が近付いて来るのを警戒しているようだ。
 山頂では、両軍が互いの動きを牽制して、夜通し射ち合った。
 先ずは、お互い闇に向かって射つ。その射ち合いが時折止むと、暗く深い静寂が、山合を果てしなく満たす。
 しばらくすると、暗闇の中、日本軍が近付いて来ているのでないかと思い不安なのだろう。警戒の意を込め、敵が山頂から一発射ってくる。
 すると、今度は味方がこだまのように一発射ち返す。続いて、敵が二発、こちらも二発。三発射ってくれば、また同じ数を繰り返すのだ。

 山合に響く互いの銃声は、まるで両軍の兵による掛け合い漫才のようだ。死と隣り合わせの緊張をほぐしてくれる。
 ただ一つ、思うことがあった。敵のポンポンと歯切れのいいチェコ機銃に対し、自軍の軽機はダダダダと鈍重な響き。実にダサい。浅井は内心風が悪い思いで居た。しかし、そのことだけは誰にも言えなかった。

 それにしても、日頃中隊長は「弾薬の補給がないから無駄弾は射つな!」と厳命していた。しかし、この夜の射ち合いに関しては奨励した。なぜなら、硬直状態を装う陽動作戦になるからだ。 
 突撃する小隊長以下二十名の一個小隊決死隊は、葉っぱの多い枝を全身に付け、迷彩を施している。機関銃の掛け合いは、前進している決死隊から敵の注意を反らす。決死隊が、夜影に乗じて山の裾まで近付くのを助けていた。
 結果、この二日間一歩も進めなかった隘路あいろを決死隊は匍匐で前進。照明弾の間隙を縫って芋畑を越え、ついには二十名全員が敵側麓に辿り着いた。

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