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創作(2022/2/20 10:00)『人事天命』Part4

原作『堕天作戦』

山本章一『堕天作戦』4巻

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『人事天命』Part4

『最期看取』

 

清澄を感じてそのまま死んだコサイタスは、知る由もなかった。

 

影はヘリオスではなかった。

別の不死者。アンダー。

幼体成熟のレコベルを知る男。

 

レコベル。

魔人においては当代随一の知の巨人。星を目指す者。

私的な研究等のための多数多額の公金横領のかどで、片道の気球で虚空に向けて処刑された。

アンダーは彼女の実験動物であり、共に気球で処刑されたが、彼は生き残って、オーパス前線で大暴れして脱走したのだった。

 

処刑を命じた当時のオーパス前線旅団司令官、かつての若き当千術師、フランシスコ・バルトロム・ピロは、長じてなおも傲岸不遜、かつ冷酷非道だった。

アンダーの大暴れの後、人徳も人望もなかったピロはオーパス前線を放逐され、メイミョー・ハイデラバード連合勢力の下で不遇をかこっていたが、アンダーへの復讐を果たそうと、連合勢力の反発を押し切って襲撃してきたのだった。

 

アンダーは知らなかった。

レコベルが半生半死のまま墜落していたところを、戴天党の契約下の魔竜騎兵らが空中で確保したことも。

その後戴天党の保護・一部脳を含む欠損頭部再建・長期治療下にあったことも。

自ら研究を再開するに至るまで、その思考機能を取り戻したことも。

 

ピロはレコベルの生存を知っていた。ハイデラバードの派遣官からの又聞きだ。

だが、当然、知っていてもそれをアンダーに伝える義理がなかった。

何より、ピロという男は傲岸不遜なのであり、断じてお人好しではなかった。

 

だから。

ピロを返り討ちにして、戦火のサーデリーを立ち去った後も、アンダーはずっと、レコベルが死んだものだと思い込んでいた。

 

こうして、コサイタスからの遺言を聞くまでは。

 

アンダーにとって、レコベルは憎い敵ではない。

レコベルは虚空で、アンダーに人生を教えてくれた。

レコベルはここまでだ。アンダーは人生を謳歌せよ。

だから、自分はこうして生きて、世界を回って、いろいろなものを見て、やりたいようにやっているのだ。

レコベルに対しては、どちらかというと、人生に色彩を取り戻してくれた、感謝の念の方が強い。

 

今、アンダーは、コサイタスの最期に立ち会った。

自分が別の誰かと勘違いされていることは分かったが、自分が何を言っても、どうやら全く聞こえていなかったようなのだ。

 

レコベルの話は聞き捨てならなかった。

生きているという。

あの星にも行くという。

 

もっと話を聞き出さねばならなかった。

コサイタスの救命処置を試みたが、アンダーの腕ではどうしようもなかった。

 

呼吸器を外したコサイタスの顔は、安らかだった。

アンダーは、自分の心身から、みるみるうちにやる気が失われていくのを感じた。

 

『「……俺が赤の他人だって知るよりは、このままがいいか……」』

 

自分が不死者であっても、世界がこんな風に何もかも凍り付いて、誰もいなくなってはたまらない。

この紛争だらけの世界がいいとは思わない。

だが、凍り付いた世界は、もっと困る。

アンダーには、コサイタスの能力も実害も、あまりにもむごいものとして感じられた。

 

『「神様、いないといいな。でなきゃきっと地獄行きだ。」』

 

シバの名を最期に呼んでいたことを思い出した。

アンダーにとって、シバは、良くも悪くも因縁のある相手だった。

 

深手を負ったシバから受け取った、ましな方の縁、戴天党の腕章。

それを、硬直したコサイタスの手に渡す。

 

戴天党に接近するならまだ必要かも知れない代物だった。

だが、何となく、こうしたかった。

 

『「これ渡しとく。あいつしょっちゅう総裁総裁言ってたし。」』

 

この総裁とシバの間に。

そして、このコサイタスと、名前しか知らない赤の他人との間に。

何らかの形で、温かく豊かな関係があったのだと推測される。

 

『「こんな酷い魔法を使う奴でも、人間関係とか恵まれたんだろうな……」』

 

だから、最期には身勝手に救われた顔で逝ったのだ。

もちろん、救いなんて、そんなものでいいのだ。救いは個人のものなのだから。外野がとやかく言うことではない。

とはいえ。巻き込まれた者たちにとっては、とにもかくにも、いい迷惑であろう。

 

そして。

彼の遺した氷地獄は。

とにもかくにも、寒い。

 

死んだはずの旧知の名を頭に浮かべ、アンダーは首を捻りながら、その場を去って行った。

 

昇った太陽を拝むように、膝を折って凍てついた、コサイタスの亡骸を後にして。

 

(続く)

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