創作(2022/2/20 10:00)『人事天命』Part5(終)
原作『堕天作戦』
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『人事天命』Part5
『異人伝記』
後にアンダーはチャムに辿り着き、そこの司令官となっていたキューティに雇われ、サーデリー転勤の際に護衛として同行することになった。
身体を捨てて作り替え、偽名を名乗っていたが、同行中の戦闘の際に、正体はすぐにバレた。
戴天党の求める不死者として、アンダーは指名手配されて久しかった。
それでも命を救われたキューティは恩義を感じ、大ごとにせず、秘匿してくれることとなった。
***
襲撃を受け、負傷と治療で金がない。
長旅で野宿をしながら、火は目立つので早めに消し、それぞれの寝袋の中でいろんなことを語り合った。
キューティはコサイタス総裁への恩義があり、未だに党に残っているという。
アンダーは困惑した。キューティの語るコサイタスと、アンダーの見たコサイタスが、微妙に一致してくれない。
少なくとも最期のコサイタスは、民を守り身内を守る武装勢力の長というよりも、彼の旧友とシバの夢を見つつ敵を地獄に送る、恐ろしいが老いた魔人であった。
「結局、人には人の、やれることがあって、ふつうはその中でやるしかないんだよな。
ワシは総裁の夢を手伝える器じゃあなかったが、せめて陰ながら応援していたよ。
器がないって、嫌だよなあ。ワシは自分が情けないよ。」
「そんなことはないよ。やれることとやれないことがあるの、当たり前のことだろ。」
「総裁はやれなくてもやるだけやっているから偉いんだよ。真面目な方なんだ。ワシはいい加減だ。」
それはそうなのだろう。
アンダーの目から見ても、キューティは抜けているところは多々あったし、自分の会社の運営以外に、国家や世界に対する立派な目的意識があるようにも見えなかった。
それでも、チャムの治安を、彼なりに真面目に守っていたようには思う。
要するに、善の側の人なのだろう。
「そうかもね。でも、それの何が悪いわけ?
その総裁はその総裁のやることを、やるだけやってるんだろ。
参謀は手伝えていないが、見守ってるじゃないか。それでいいんだよ。やることやってるよ。
後は、その総裁や、そういうのがやれる他の仲間たちに任せて、成功を祈ってようよ。」
キューティはやや呆れたようにアンダーを見ていた。
「お前……身も蓋もないことばっかり言うなあ……でも、いい奴だな。」
「そう?
それに、参謀も何か、その総裁の役に立ってると思うよ。
だからそれなりの地位にいるんだろ。」
キューティは口を開いて唖然としていた。全く予想もしていない言葉だったのだろう。
「いや……それは……ただ生き残っただけで……そんなものは何の功績でも……ワシには何の役にも……」
「そうじゃないよ。生きて、仲間に顔を見せるだけで、たいしたもんだよ。
参謀は、生きて顔を見せて話をすることで、その総裁をちゃんと陰ながら助けてるんだと思うよ。」
「そうだろうか。ワシにそんなことができているとは、自分ではとても思えん……」
善人だが、非才故に、自信はない。
そういうことを、アンダーはキューティに感じていた。
「参謀、総裁に、結構いいこと言ってただろ。
真面目から解き放たれて、いい加減になって、天に任せてなすがままになってなすがままにしよう。
参謀はそういうことを総裁に伝えたじゃないか。
参謀のそういうところって、天性の良さだと思うよ。」
「そうか? だとしても、それが総裁の役に立っていたかどうか、ワシには分からん……」
「ひょっとしたらそれで、総裁も総裁の生真面目さから解き放たれたってことがあるかもしれないよ。
参謀はそんなつもりはないんだろうけど、総裁は総裁の方で、参謀の知らないところで、参謀のおかげで、勝手に救われてるんだと思うよ。多分。」
アンダーは思いつく限りのことを言ったが、キューティの反応はどうにも鈍かった。
「いや、ワシはそこまで総裁の近くにいた訳ではないんだよ。
シバ総裁補佐官や、シャクター将軍や、ギョーマン参謀の方が、より近い。
それに、ワシが入る前に亡くなられていた、当時の発起人のヘリオスが、おそらく最も近しかったはずだ。
ワシ如きの言葉が総裁に届いていたとは、とても考えられん……」
確かに、そんな名前を、コサイタスが叫んでいたように思う。
「変な話だけどさ。
人の距離って、親しい人だから伝わることと、そうでない人だからこそ、却って伝わることがあると思うんだよ。
たぶん、参謀と総統の話も、そういうところがあったんじゃないかな。
だとしたら、それはそれでいいんじゃないかな。
人の世の中、そんなのでいいんだよ。」
コサイタスは死んだのだ。
だが、アンダーは黙っていた。
キューティにとっては酷な話だろう。
党の上層部から伝えられるべきことであって、行きずりの自分の口から聞くべきことではない。
(この参謀にとっては、いい上司だったんだろうな。コサイタス総裁は。)
***
それはそれとして、彼らとは関係ない自分は、何をどうすればいいのだろう。
レコベルに会いに行きたい。
星への道について、もっと知りたい。
そのためにアンダーは戴天党に接近している。
とはいうものの、星に行けたら、もう彼らともそれっきりになるかもしれない。
その程度の距離感覚だった。
自分は行きずりの者で、彼らのことは他人事なのだから。
***
そして。
傍目には、コサイタス総裁は、後続の者たちから十分に慕われていたように見える。
曲がりなりにも人であることを尽くそうとして。
天から受け取ったつもりの使命を精一杯全うしようとして。
そして、こうやって曲がりなりにもついてきた人たちがいるのだ。
当の本人たちにとってみれば。
そしてあくまで、縁なき外野である、自分の立場から見るならば。
そういう話で、いいのではないだろうか。
******
『星道境界』
夜空の星の光と重なって、三ツ星衛星が横切る。
そうだ。この時点で考えるべきなのは、レコベルと星のことだけだ。
その後のことは、後で考えればいいのだ。
「それに、いつかは、誰かは、あそこへ行くんだろ。
それで、いいじゃないか。」
寝袋から這い出し、三ツ星衛星を指さすと、アンダーは自ら頷いた。
(その時に、俺も行けたらいいよなあ。)
よく分からない顔をしつつ、キューティもつられて寝袋から這い出し、同じように頷いた。
「明日にはサーデリーに入る。お前はどうする?」
「護衛としてついていっていいかい。また身体を作り替えたから、また何か別の偽名を名乗るよ。」
「そうか。よろしくな。」
アンダーは、キューティの目のあたりに、かすかに光るものを見た。
「それにしても優しいな、お前は。
皆、ワシとは上っ面の関わりしかしてこん。
ワシには信頼がないからだ。なのに……」
「俺だってあちこち流れて一期一会の身だしね。
だからこそ、その間に、ちゃんと話は聞くよ。
聞けなかったことで大変な目に遭うことも、後悔することもあるしね。」
「そうか。いずれにせよ、有難い……」
アンダーに見えないように顔を背けて、キューティは目の辺りをぬぐった。
「三ツ星か。綺麗だな。」
暗い中、キューティが数歩、前に歩く。
不意に、満天の夜空の星を、手を広げて仰ぎ見た。
その先には、三ツ星衛星がある。
「夢を見せてくれた総裁のために、ワシらは生き続けねばならん。」
おごそかに語るキューティを、アンダーは無言で後ろから眺めていた。
***
コサイタスもこうやって、太陽を仰いで死んだ。
そして、生者であるキューティも、こうして星を仰ぐのだ。
見えているものは違っても、やっていることは同じだ。
生者と死者を別つもの。
そして、生者と死者の境を超えるもの。
死者の生前の振る舞いを、生者が知らず行っている。
ならば、受け継がれている、他人の中で生きているのと同じだ。
キューティの中にも、コサイタスの生が、知らず知らずのうちに息づいている。
それは、それで、いい話ではないか。アンダーにはそう感じられた。
「それが、天命だと思う。ワシらも、人事を尽くそう。」
「そうだね。行けるところまで行こう。」
***
いずれこの星空は消える。
朝日が昇る。
明日がくる。
そうしたら。
自分たちも。
行けるところまで行こう。
(終わり)