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随筆(2021/5/1):対人欲求は、基本エゴイスティックなものである(1.欲望の穢さは、欲望者の弾圧を、何ら正当化しない)
1.欲望の穢さは、欲望者の弾圧を、何ら正当化しない
1_1.対人欲求、たくさんあり、しばしば穢い
またしばらくシリーズものになります。
***
人に対する欲望というのはたくさんあります。(対人欲求とも呼ばれることがあるやつです)
例えば。
庇護されたい気持ち。
群れたい気持ち。
承認欲求。上昇志向。自尊心。
支配欲。独占欲。権勢欲。
ある種の性欲。愛したい欲求。愛されたい欲求。結ばれたい欲求。
そして、他人に抑圧されないで、自由にやりたい気持ち。etc.
***
さて、平たく言って、上記の単語リストの半分以上に対して、生理的嫌悪感を抱く方、世間的にもかなりいらっしゃると思うのです。
1_2.「対人欲求は、他人がいるものであり、対人倫理がビルトインされている」というキレイゴトの嘘
で、しばしば、こう言いたくなる。
「対人欲求は、他人がいるものであり、対人倫理がビルトインされている。
そうでない欲望を抱いているやつは、自分の欲望が分かっていない。
そんなコンパイルエラーしたバグった欲望に、周囲は付き合ってられない。
成り立たないんだから、消え失せろ」
***
たいてい、この手の言説は、拍手喝采をもって迎えられているように見えます。
なぜか?
これは、褒めたくなるような美辞麗句を並びたてた、キレイゴトだからですよ。
キレイゴトなのは構いません。広告代理店はここの価値を決してナメてはいないだろう。キレイゴトは、人を大規模に動員し得る、とてつもない大きな力だ。
それでも、そこで嘘を言ってはいけません。だってそれは誠実の価値に反するから。
後で書きますが、これは、ぶっちゃけた話、嘘です。
1_3.「キレイゴト言ってれば、それを盾に、他人を二等市民めいて、ボコったり路上で凍死させてもよくなるのだ」という帰結は、この社会では容認されない
キレイゴトと弾圧が切り離せなくなっていて、
「キレイゴトを理由に弾圧が許可・推奨されている」
という了解の下で行動している人を見ると、個人的には、
「オッ! 『キレイゴト言ってれば、それを盾に、キレイじゃない他人を二等市民めいて、ボコったり路上で凍死させてもよくなるのだ』論者!
いいか。この社会はもはや一等市民と二等市民の区別を認めてねーんだよ。
『自分たちは一等市民であり、二等市民を究極的にはボコったり路上で凍死させてもよいという権利がある。
結果的にそうなった場合、これは最終的には黙認、ないし積極的に是認される』
とか、抜け抜けと思い上がってんじゃねーぞ一等市民気取りが。
市民には市民と市民しかいない。一等市民と二等市民はいない。これが大原則だ。
これから外れている制度は、是正を問われるべきものだし、現に何かあると問われている。
少なくとも黙認や是認をされるべき性質のものではない。まして、『これをやりましょう』というの、話にならねーんだよ。
これは何遍でも言うし、そういう釘を刺されたくないんなら、そういうのをやめろと言っている」
くらいには抵抗がありますね。この手の言説。
1_4.いろいろな倫理
生理的嫌悪感はそういう美意識であり、道徳心理学者であるジョナサン・ハイトが著書『社会はなぜ左と右にわかれるのか』で書いている、たくさんある倫理の一類型、『神聖/堕落』の、心理的な根幹です。
「キレイなものは、生存や健康によく働くように思われるので、そういうもので生活世界を埋め尽くしたい。
穢れたものは、生存や健康に悪く働くように思われるし、そのうち死の恐怖をもたらすので、そういう感覚を刺激するものは生活世界から追いやりたい。出来れば物理的に存在しなくなるとたいへん安全である」
というやつです。
(なお、今のCOVID-19下では、こうした『神聖/堕落』の倫理が、他の倫理を激烈に破壊する形で肥大化しています。
「コロナ陽性者の身元と地区を公表しろ」
という電話を10回も20回も聞いていると、まあゲンナリはしますね。
「その後どうなっても、誰も構うべきではない。これは当然の仕打ちであるのだから」(放火後ティータイム)
という事態が排除できないし、そういうリスクがある時点で、後述の『ケア/危害』に激烈に反するんですよ)
***
んで、対人倫理として考え得るものは、基本
『ケア/危害』(優しさや親切と、脅威たりうる粗略や悪意や攻撃)
『公正/欺瞞』(投資や労務をしたら、若干の割増で報酬が得られる。公正取引においてもそれが成り立っている。等価はギリギリ容認されるが、割引だとそれは搾取であり、そんな投資や労務はやってられない)
『権威/転覆』(生きていくこと自体に、人権というか地位が認められていることが、決定的に必要なのである。だからこそ、ナメられたら、つまり「究極的には殺してよい二等市民である」という扱いをされたら、その時点で「先手打ってブッ殺してよい」理由になる。少なくともそういう社会は広範に存在した)
『(集団)忠誠/背信』(場というものは、少ないリソースでうまく回して食うために非常に大事であり、それをぶち壊して、場の仲間を路頭に迷わせるやつ、許さん)
『自由/抑圧』(やりたいようにやってよく、邪魔される理由がないのに邪魔される謂れはないし、自分が他人にそのような抑圧をしてはならない)
『誠実』(約束を守って破らず、守れない約束や破る約束はしない)
などにあるのであって、『神聖/堕落』(や、今回はこの話はしませんが『非効率・浪費』や『所有』や『自制』)は直結しないんですよ。
1_5.「穢い」と「弾圧して良い」の撞着が進んで区別出来なくなっちゃった保守主義者たち
しばしばあることだが、『神聖/堕落』と『権威/転覆』の撞着が進んで区別出来なくなっちゃった人、います。
つまりは、「キレイゴト言ってれば、それを盾に、他人を二等市民めいて、ボコったり路上で凍死させてもよくなるのだ」論者が。
これは概ね『保守主義者』(厳密には違うが、概ね幅広い意味での右派と重なるイメージ)に見られる傾向でしょう。
***
んで、保守主義者のそういうところに、ハイトは嫌悪感を抱いているように見えます。
ハイトは、ところどころ詭道が目立つとはいえども、統計を真剣に受け止める学者なので、
「保守主義者は多くの倫理観に目配せをしている。それはリベラル(厳密には違うが、概ね中道左派と重なるイメージ)よりはるかに幅広い」
ということを、否定できなくなっていた。
でも、保守主義者は個々の倫理観は幅広く見ていたが、これら倫理観の体系化については不適切さがあまりにも目立つもので(「キレイゴト言ってれば、それを盾に、他人を二等市民めいて、ボコったり路上で凍死させてもよくなるのだ」)、だからこそハイトはどうしても保守主義者には乗れなかったのではないか。
『社会はなぜ左と右にわかれるのか』から滲み出る、ハイトのリベラルなんだか保守主義者なんだかよく分からない煮え切らない態度は、そういうところから出て来ているのではないか。と勝手に思っています。
(ハイト本人は自分がリベラルであると自認しているようですので、まあそうなのでしょう。
なおハイトは『リバタリアン』(厳密には違うが、概ね非政府主義者と重なるイメージ)の話をあまりしていません。
ハイトはリバタリアンにあまり興味がないのかも知れませんが、そこは他の著書だと違うのかもしれませんし、他の著書を読んでいない私にはよく分かりません。
また、『共産主義者』(概ね極左と重なるイメージ)の話をほとんどしないように見えます。
こちらは、歴史的経緯から、共産主義者が、アメリカにはほとんどいないせいなのかもしれない)
1_6.リベラルは美意識に重きを置いていない(はずである)が、その分、「穢い」と「弾圧して良い」の無自覚な混同のリスクは、むしろ高いと見るべき
なお、直ちにピンとくる人もいるでしょうが、この
「キレイゴト言ってれば、それを盾に、他人を二等市民めいて、ボコったり路上で凍死させてもよくなるのだ」
という傾向は、リベラルもしばしば持つものです。
論敵を公職や業界から抹殺しようという話は、何も保守主義者の専売特許ではない。
というか、リベラルが一般に勝利している社会では、これをやっている主体は、ふつうリベラルです。
逆に、リベラルが一般に勝利している社会で、何かをやる主体が、一体「誰」だと思っていたのだ?
***
しかも、この傾向は、無自覚なものです。
ハイトが統計で洗ったのは、
「リベラルは何らかの理由で『ケア/危害』『公正/欺瞞』『自由/抑圧』に関心が強く、他に関心が弱い」
という傾向です。
つまり? リベラルは『神聖/堕落』にも『権威/転覆』にも興味は薄い。
***
「A.保守主義者は『神聖/堕落』と『権威/転覆』を区別できないので、穢く見える相手は二等市民としてボコったり路上で凍死させることがある。
B.リベラルは『神聖/堕落』と『権威/転覆』を区別できるので、穢く見えるかどうかと、二等市民であるかどうかを、区別して考えられる。
C.あと、リベラルが支配的な政治体制下では、二等市民を制度として認めていないことが多い。
D.そうなると、リベラルは基本、穢く見える相手を、二等市民扱いしない」
こういう話は、一般に広く受け入れられています。
***
さっきの話は、これを部分的に、そして決定的に破壊するものです。
「B.は成り立たない。
そもそもリベラルは『神聖/堕落』と『権威/転覆』に大した関心を持たない。
興味がないのに区別できる? そんなやつの認識面での解像度、信頼に足るわけないやろ」
こうです。
***
だから、むしろ、
「A.保守主義者は『神聖/堕落』と『権威/転覆』を区別できないので、穢く見える相手は二等市民としてボコったり路上で凍死させることがある。
B'.リベラルは『神聖/堕落』と『権威/転覆』を区別することに大した関心を持たないので、穢く見えるかどうかと、二等市民であるかどうかを、区別できない。
C.あと、リベラルが支配的な政治体制下では、二等市民を認めていないことが多い。
D'.そうなると、リベラルは、いてはならないはずの二等市民と、現に穢く見える相手が、実際には区別できていないことになる。
E.いてはならないが現にいる者を適正に扱えている? そんなやつの認識面の解像度も、行為面での解像度も、信頼に足る訳ないやろ」
こういう話になってしまう。
***
「保守主義者はそういうことをするやつらだが、これでは困る」
と言いたくもなりますし、それは実際にもそうで、政治的政策的にももちろん正しいのですが、じゃあ
「リベラルは少なくともそういうことをするやつではないはずである。
だが、現にやっている。
これを、広くリベラルが、「保守主義者のみならず自分たちも抱えている」問題として、重く受け止めているようにも到底見えない。
その上で平然として、保守主義者にこれを問題として突き付けている」
というの、
「二枚舌使ってんじゃねーぞ。人の振り見て我が振り直せや。吐いた唾吞まんとけよ」
という話になっちゃいますよ。
当たり前だよ。こんなの。
1_7.いずれにせよ、欲望の穢さは、欲望者の弾圧を、何ら正当化しない
いずれにせよ、『神聖/堕落』と『権威/転覆』は別物なんです。
これを区別できない人、保守主義者でもリベラルでも、大いに脅威ですよ。
「キレイゴト言ってれば、それを盾に、他人を二等市民めいて、ボコったり路上で凍死させてもよくなるのだ」
という話を、素通しするだけだから。
そこは本当に注意しましょう。
欲望の穢さは、欲望者の弾圧を、何ら正当化しない。
1_8.対人欲求にも、穢さがある。だが、それも、対人欲求者の弾圧を、何ら正当化しない
ちなみに、それは、単なる欲望とその穢さだけでなく、対人欲求とその穢さにおいても、同じことが言える。
これを「対人欲求とその穢さに限っては、そうはならない」と無効化したいのなら、無効化できるだけの理屈を持ってこなければならない。
さっきも書いたように、『神聖/堕落』を『権威/転覆』を区別しないで、というか『神聖/堕落』を『権威/転覆』の理由としてほぼ直結して使う理屈、平たく言って何ら妥当ではない。
2.対人欲求は、基本エゴイスティックなものであり、対人倫理がそのままの形でビルトインされてなどいない
2_1.欲望や対人欲求は、「他人や対人倫理が否定してなおもそこに在るもの」であり、対人倫理が「逆にこちらから否定すべきものとして」ビルトインされている
だいぶ初めの方で述べた
「対人欲求は、他人がいるものであり、対人倫理がビルトインされている。
そうでない欲望を抱いているやつは、自分の欲望が分かっていない。
そんなコンパイルエラーしたバグった欲望に、周囲は付き合ってられない。
成り立たないんだから、消え失せろ」
という理屈、一見キレイですが、
「他人がいるからといって、直ちに対人倫理がビルトインされているのか? 本当に?? というか端的に嘘では???」
という、かなり致命的な問題があります。
***
むしろ、欲望の局面では、これはふつう、逆でしょう。
「他人と分断された身体と脳においては、衝動や忌避や愛着や固執は「あるもの」だ。
対人倫理は、それを妨げる抑圧として、効き目のあるものだ。
人は処世のためにこれを受容して馴れていくが、ある日
「周囲が妨げてでも、どうしてもこれをやりたいのだ」
という欲望と、周囲への反抗があり、そこから自由意志が生えて来るのだ。
欲望が対人倫理と整合的になるのは、その後の激烈な、そして苦痛を伴うすり合わせの成果であって、何らビルトインではない。
何なら「逆にこちらから否定すべきものとして」ビルトインされているまである」
こちらの方が、はるかに「ある」話です。
***
欲望一般自体が、対人倫理を否定する形で成り立っている。
こうなると、その部分である対人欲求が、例外であるとは考えにくい。
ここで様々な事情を加味しても、それはこの状況を覆すどころか、ふつう強化することになる。
こうなると、最初の話はやはり、キレイゴトであるばかりか、嘘になってしまう。
次回はこの辺の話をしたいと思います。乞うご期待。
(続く)
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