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滑り込む

一月頭の三連休、夜十時の副都心線は煌々として明るい。爪を見ながら眉をひそめて、スマホをいじる緑色の女。

九時頃に母からの電話があった。さみしいを連呼する電話は、東京のうさんくさい街とかすかにつながる。五万円の中古パソコンの前で昔の不安を噛み締めていたんだ、とは言わなかった。海沿いの田舎町と、池袋隙間に積もる不安の種、鉄塔が運んで呼応した。テルミー、ヘルプミー。電報みたいな不便な不安を。

横浜で乗り換え、赤い電車は人身事故で大きな遅れが出ているようだ。歯がゆさは、日にちをまたいで会いにいく。いつもの町、少ない街灯をゆらす潮風、日常を壊していく赤い電車、母の日焼けした赤い車、四人乗りの古い車。

家に着いたらお風呂に入りなさい、今日は寒いから、星がくっきりときれいに見えるわよ。

左目の消えた犬と、正月から変わらぬ配置、誰かを思いやる家、赤ら顔の父、老眼鏡をかける母、間にそっと滑り込んでみる。

糸はわたしのせいで絡まり続ける。夜のてっぺんで明滅する鉄塔は、電報みたいな不便な不安を静かに消した。すっかり見えなくなった。でも、そこにいる。

加湿器が唸り、ホットカーペットはあたたかい。上八十二、下五十一と血圧は低い。くんとただよう静けさは、東京からこの町までりゅうりゅうと流れ続ける夜。


#詩 #現代詩

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