ラヴレター
オープンカーで灯台を目指す昼下がりに、隣で運転するあなたの中に沢山のあなた達がいる。追いやられた東京の端っこで安い酒を飲んでいた、昨日のあなたは何番目のあなただろうか。私の横で楽しそうに車を運転しているあなたは、何番目のあなただろうか。
車は潮風を一身に受け、赤い車体をぶるぶる震わせてトンネルに滑り込む。あなたの髪の毛がさらわれて、私の膝の上にあるお弁当箱から卵焼きが一つ消えていった。
泡粒のような沢山のあなた達、おはよう。一昨日のあなたは何番目のあなただろう。地球を軸にして時計の針は進むから、私にとってそれはちっぽけなことではあるのに。
カーステレオは古びた音楽を流して、昔話を千切っては投げている。大きなハンドルはあなたの手にはぴったりだけど、一年前のあなただったら馬鹿にしているかもしれない。ガソリンの代わりに日本酒でも飲めよと、欠けた前歯で笑うかもしれない。
私とあなたはもうキスなんてすることはない。きっとセックスもしないかもしれない。それでも現実とファンタジーの境界線を行ったり来たりする精子と卵子を見て、私達は笑っていられる。
脳内にあふれ出る沢山のあなた達、おはよう。灯台を目指す笑顔のあなたが一番目、安い酒で涙を流した昨日のあなたが二番目、錠剤を心臓へ隠した一昨日のあなたが三番目、と順序をつけるあなたは何番目だろう。
海は太陽の光を反射してきらきら光ったまま、ごうごう唸る風と一緒に夜に向けて無理心中を図りたいのだと、こっそり私に教えてくれる。灯台まで行ってくれれば秘密の地図も用意してやると、エンジンを絶え間なく震わせて車はこっそり教えてくれる。泡粒のような沢山のあなた達、電車で運ばれることなく潮風にのり私のもとへやってきて、そして口々に、おはよう。私の横であなたはあなただ。
もうちょっと頑張れよ、とか しょうがねえ応援してやる、とか どれもこれも励みになります、がんばるぞー。