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電車走る

赤い太陽がどくどく言いながら海に沈んで行く日だった。内房をなぞるように走る電車は、あの沈む太陽に追いつかれまいと必死だった。女子中学生がポテチを頬張りながら、死に物狂いで走る電車を遠く他人事のように哀れみながら、今回のテストの出来に思いを馳せていた。膝丈のプリーツスカートが振動にあわせてゆらゆら笑い、覗く足は白く細かった。左手に海を、右手には高い山々と田んぼが続く田舎の景色を、少女は日常ごとだと、果たして理解しているだろうか。

電車内に充満する潮の香りは車体を根の様に這い始め、少女の革靴にもねちねち絡みついていた。車掌のアナウンスは駅を過ぎるたびに切羽詰まったものになってゆき、しかし既に太陽に追いつかれて意味のないことだと、少女はやはり哀れんでいた。そのうち根っこは電車のモーターにもゆっくり根をおろし、電車は血を流す太陽と同じ色になってしまう。数少ない乗客も、少女もなにもかもを染めてしまう。少女はそこまで理解してなお、ポテチを無神経に小さな口へと運んでいた。田舎の馬鹿者は気付けない馬鹿者でもあると、膨らみかけた胸で呆れていた。

太陽がそのうち大きな音を立てて海へと沈めば、夜の匂いが高らかに声をあげ、自分のためだけに辺りを覆う。この内房をなぞる哀れな線路の隅々、海の表面を掬い、高い山々の呼吸へ侵入して行く。少女の爪の間にまで入り込んで、穴を大きく広げてしまう。

中学校の指定鞄からノートを取り出して、明日の勉強を始めた少女の指には赤黒い斑点が浮かんで、消えた。もう最終のフェリーには間に合わないことを少女は悟る。死に物狂いで走り続ける鈍色の電車は絡みつく根っこにも夜の匂いにも、どくどく鳴る太陽にもすでに追いつかれているのに、と少女は小さな口で最終宣告をはかった。

#詩

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