第68回:思い出し笑い「夏の鰻にて志ん朝をおもう」(&ツルコ)
第68回:夏の鰻にて志ん朝をおもう
*intoxicate vol.123(2016年8月発行)掲載
夏に鰻を食べると、古今亭志ん朝を思い出す。という落語ファンの人、少なからずいらっしゃるかと。生前、志ん朝は鰻を食べなかったそうです。それは、嫌いだからではなく、大好きだけど断っていた。まだ二つ目の朝
太だった頃に悪いことが続いたとき、母(古今亭志ん生の内儀さんですね)に勧められて寅年の守護仏である虚空蔵菩薩を奉ったお寺にお参りし、それ以降、虚空蔵菩薩のお使いである鰻を断つことにして数十年、というのはファンにはよく知られたことでした。女性で初めて真打ちになった三遊亭歌る多も、寅年なので鰻を食べない、と言っているのをきいたことがあります。
古今亭志ん朝は2001年10月1日に63歳で急逝されました。その年の8月、志ん朝が中心となり夏の恒例企画になっていた浅草演芸ホールでの〈納涼 住吉踊り〉での高座が最後になってしまいました。当時、久米宏の「ニュースステーション」の番組内で、著名人が人生の最後に何を食べたいかを久米宏と語り合う「最後の晩餐」というコーナーがあったのですが、9月に志ん朝が出演したんですね。生出演ではなく収録したものの放送で、死ぬ前に食べたいものは「鰻」だと話し、そのいきさつを語っていたのですが、まさかそれから1か月経たずして亡くなられてしまうとは! 偶然のタイミングだったのでしょうが、最後に志ん朝の姿を見たのがその番組だったこともあり、好きだった鰻を食べることはできたのかな、ということを、毎夏、思い出してしまいます。
亡くなった後、残された音源や映像が次々と世に出されることで、志ん朝不在の喪失感が少し慰められていますが、もしいまだ存命だったらきっとこんなにはリリースしたがらなかっただろうなとも思います。あの世で「しょうがねえなあ」って苦笑してそう。今年も命日を前にして、未発表だった貴重な音源が登場します。横浜にある神奈川県民ホールで、80年からスター
トした〈県民ホール寄席〉に、70年代に独演会をやっていた縁で、引き続き毎年出演しており、81年から亡くなる前年の2000年の会までの38席と、78年の独演会のときの高座1席を加えた39席がBOXで一挙にリリース! 予約特典として《お化け長屋》収録CDがあるそうで、買うならもちろん予約必須で、全40席のボリュームです。よく残していてくれたと思いますが、81年から2000年まで抜けることなく毎年の高座が収録されているので、80年代、90年代の20年間の志ん朝を定点観測的に聴けますね。このBOX、DISC1の《文七元結》上・下から始まって、《あくび指南》《柳田格之進》《火焔太鼓》《唐茄子屋政談》《野ざらし》《三年目》《大工調べ》《宿屋の富》《付き馬》《四段目》《今戸の狐》《坊主の遊び》《抜け雀》《干物箱》《芝浜》《もう半分》《幾代餅》《碁泥》《寝床》《三枚起請》《鰻の幇間》《そば清》《船徳》《井戸の茶碗》などなど、もうネタを見ただけであの声、あの調子、聴きたくなるでしょう?お客様は、今年はなにが聴けるかな、と毎年楽しみにしていたのではないかと思います。数年前に大須演芸場での音源もリリースされて、地方ならではのリラックスしたマクラを聴けることでも話題になりましたが、この〈県民ホール寄席〉での高座もそんな感じでちょっと長めのマクラを楽しめたりも。
この10月1日で16回目の命日を迎えますが、生きていれば78歳。六代目・古今亭志ん生として高座に上がってたかもしれないし、人間国宝にもなっていたかも。円熟の高座、聴きたかったな。
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