邦人作曲家シリーズvol.3:田中カレン(text:磯田健一郎)
邦人作曲家シリーズとは
タワーレコードが日本に上陸したのが、1979年。米国タワーレコードの一事業部として輸入盤を取り扱っていました。アメリカ本国には、「PULSE!」というフリーマガジンがあり、日本にも「bounce」がありました。日本のタワーレコードがクラシック商品を取り扱うことになり、生れたのが「musée」です。1996年のことです。すでに店頭には、現代音楽、実験音楽、エレクトロ、アンビエント、サウンドアートなどなどの作家の作品を集めて陳列するコーナーがありました。CDや本は、作家名順に並べられていましたが、必ず、誰かにとって??となる名前がありました。そこで「musée」の誌上に、作家を紹介して、あらゆる名前の秘密を解き明かせずとも、どのような音楽を作っているアーティストの作品、CDが並べられているのか、その手がかりとなる連載を始めました。それがきっかけで始まった「邦人作曲家シリーズ」です。いまではすっかりその制作スタイルや、制作の現場が変わったアーティストもいらっしゃいますが、あらためてこの日本における音楽制作のパースペクティブを再考するためにも、アーカイブを公開することに一定の意味があると考えました。ご理解、ご協力いただきましたすべてのアーティストに感謝いたします。
*1997年5月(musée vol.7)~2001年7月(musée vol.32)に掲載されたものを転載
田中カレンインタヴュー
text:磯田健一郎(音楽プロデューサー)
*musée 1997年9月20日(#9)掲載
本誌museeでもおなじみのパリ在住の作曲家、田中カレンさんのピアノ曲集『星のどうぶつたち』が、人気ピアニスト仲道郁代さんによって収録され、10/22のリリースとなる。ピアノの初心者にも演奏可能なよう、難易度自体は易しく認定しつつも、豊かな和声的、旋律的魅力を持ったこのミクロコスモスに、仲道がさらにファンタジーの翼を広げ、とても素敵な一枚に仕上がっている。さっそく、週末にもかかわらず国際電話によるインタヴューをお願いし、快く受けてくださったので、ご紹介したい。
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ーまず、この曲集の作曲の動機など、お聞かせください。
「これは最初にカワイ出版さんからの委嘱がありまして、着手しました。絵本のような感覚で仕上げてみたいと考えたものです。」
ー各曲の曲想の発想は、どのようにつくられていったのですか?
「それぞれの曲のタイトルには、星座に登場する建物の名前を使いましたが、そこからイメージをふくらませていきました。魚なら水中を泳ぐイメージですとか、ウサギなら飛び跳ねる様子とかですね。そういう発想を掘り下げて、全体が絵本のような曲集になればと…。私自身、絵本を見るのとかとても好きですので。」
ーぼくは聴かせて頂いて、まず和声に対する配慮が非常に素敵だなと思ったのですが。今の子供たちは、日常ポップスなどでごく普通の響きとして例えば9度の和声なんか馴染んでると思うのですが、ひとたびクラシックの練習となると3和音の世界になってしまう。それは、子どもたちにとって非常に不自由な世界じゃないかという感覚がぼくにはあって…。
「ええ、不自然ですよね、それは。私はここで意識的にフランス和声をつかって、弾いていくうちにもっと豊かな和声感が得られるように、ということを考えたのです。また、書くにあたっては、バイエル、チェルニーの難易度で、という制約はありましたが、それはあくまで難易度であって、音楽的には大人にも楽しんでいただけるもの、ということも重視したつもりです。」
ー一曲一曲、アイデアが違うのも、巧みですね。
「それぞれに違うテーマを持って作っています。例えばこの曲はリズム的なアイデアで、こっちは半音階を使って、というようにして。子どもだけでなく、易しいですから大人の方にもぜひ弾いてみていただきたいと思っています。」
ー現代の作家として、こういったわかりやすく美しい作品を書くことについて、どう感じられますか。
「人それぞれいろいろなお考えがあるとは思いますが、私個人は作曲家としていろいろな欲望がありますので、私の中では抵抗感はありません。」
ーこんなこと言うと、性差別者みたいで大変失礼とは思うんですが、僕は時折、女性の作品にサイズ的な違和感を感じることがあるんです。ここにはそれが微塵もない。お見事、という印象なんですが…。
「そういうサイズの直感力みたいなものは、作曲家にとって決定的なものだと思いますが。」
ーはい、その通りですね。大変お恥ずかしい…。別に男性なら全部ジャストってわけでもないですし…。
「サイズの話で言えば、映像作家の編集感覚なんか、大変参考になります。映画や、ビデオ・クリップも注意して見るようにしていますね。そう言えば、ジョン・ウイリアムズと話をした時に、彼がスピルバーグはとても音楽的センスをもった監督だ、と言っていました。実際、スピルバーグはクラリネットを演奏していたわけですし。」
ー田中さん個人がご覧になって参考になった映像作家名を挙げて頂けますか?
「ヒッチコックや、ウッディ・アレンなどがそうですね。」
ー本当は映画ネタで盛り上がりたいんですが、強引に話を戻します(笑)。今回の仲道さんの演奏についてはいかがですか。
「楽譜を深く読んでくださって、感動しました。彼女の非常に豊かなイメージに、いろいろ学ぶことができました。実は彼女とは大学の同級生で、この曲集もできた時に差し上げていたんですよ。今回は、彼女も母親になったということもあって、子どものためにアルバムを作る、というよいタイミングで、それでこれをやってくださることになったんです。彼女はややゆっくりめのテンポなんですけれども、でもより美しい世界になったと思っています。」
ーありがとうございます。ここで少し曲集から離れて、ほかの作曲の仕事の近況などお教え頂ければと思います。
「委嘱がいくつか入っています。まずオランダ国立ダンスシアターのバレエ音楽ですね。これはジリ・キリアンとフィリップスの方からお話しいただきまして、来年の公演のために70分の作品を書いています。声を使ったテープと弦楽五重奏という編成です。バレエはいろいろなスタッフとの共同制作ですから、刺激があって楽しいですね。あとラジオ・フランスの委嘱作品はクラリネット、ハープ、ヴィブラフォンと弦楽器の8人編成です。それにBBC交響楽団の大編成の作品の委嘱もあります。」
このような超多忙の中、ぼくの唐突かつ失礼なインタヴューに応じてくださった田中さんは、想像通り素敵な方であった。
田中さんの音楽をご存じの方もそうでない方も、ぜひ今回の曲集に接してみていただきたいと思う。
優しく、そっと絵本を開くように。
(取材協力:BMGビクター)
■プロフィール
1961年東京生まれ。桐朋学園大学にて作曲を三善晃氏に師事。在学中第52、53回日本音楽コンクール、トリエステ国際交響楽作曲コンクール、ヴィオッティ国際作曲コンクール入賞。1986年フランス政府給費留学生としてパリに留学。IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)研究員となる。作曲をトリスタン・ミュライユ氏に師事。1987年ガウデアムス作曲賞第1位。1988年村松賞受賞。1990ー91年、文化庁海外派遣研修員としてフィレンツェで研修。作曲をルチアーノ・ベリオ氏に師事。これまでにISCM入選5回。現在ラジオ・フランス、ジリ・キリアンとオランダ国立ダンス・シアター、BBC交響楽団、ノルウェーのBIT20アンサンブル等より委嘱を受けている。98年は八ヶ岳音楽祭の音楽監督も努める予定。作品はロンドンのCHester Musicより出版されている。パリ在住。
https://www.tokyo-concerts.co.jp/artists/karen-tanaka/
星のどうぶつたち〜こどものためのピアノ曲集
[BMGビクター BVCC-1094]
[Score]
星のどうぶつたち
[カワイ出版 ISBN:978-4-7609-0526-3]
プリズム
[BIS cd490]
イニシウム
[カメラータ 32CM319]
ウェーブ・メカニクス
[DG POCG-1860(廃盤)]