第30回:思い出し笑い「この人たちのおかげで」(&ツルコ)
第30回:この人たちのおかげで
*intoxicate vol.83(2009年12月発行)掲載
ニ〇〇九年もあとわずか、なこのタイミングで、なんとも悩ましいリリースが。古今亭志ん朝の、未発表音源がなんとニ五席も蔵出しされちゃうんですよ、皆さん! 「水屋の富」、「片棒」、「幾代餅」など、これまで発売されているCDや去年のDVD全集にも入っていなかった演目もたくさんあるので、これはもうぜひ!なんですが、ああ、またしてもボックスセットなんですね。一気に買わないと聞けないという。もうサンタクロースが来てくれる歳でもないしなー。今年一年頑張った自分へのご褒美に、でしょうか。なにを頑張ったかは置いといて。
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存命であれば、このリリースはなかったかもしれないと考えると複雑な気もしますが、ファンの「もっと志ん朝を」の要望に応えてくれた【来福レーベル】に感謝、ですね。もちろん監修は、志ん朝の録音を初めてのときからすべて手がけ、信頼の厚かった京須偕充氏。三十代で昭和の最後の名人・三遊亭圓生にアプローチして、大作『圓生百席』を世に送り出してから現在まで、数多くの落語作品を手がけている名落語プロデューサーですが、『圓生百席』の次に、落語界で頭角を現していた三十代の古今亭志ん朝を説得し、勢いのある若き日の貴重な高座の数々を残してくれました。当時、志ん朝は、「芸は消えもの」だと言い、まだ自分の芸は完成していないからと録音することを渋ったそうですが、京須氏は、あのカラヤンだって三十代の頃から録音し、年を経てから同じ曲を何度も録音している、十五年後、三十年後にも「居残り左平次」を録音することができるが、三十代には三十代のときの芸があるはず、と説得。時間をかけてようやく録音にこぎつけ、志ん朝が三十七歳のときから始めたそうです。
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この十一月に、年に一度のお楽しみシリーズ『アナザーサイドVOL.3』をリリースした柳家喬太郎ですが、このシリーズも彼に惚れ込んだプロデューサー、十郎ザエモン氏とのコラボレーションから生まれました。古典落語も新作落語も手がける喬太郎、自身の創作による新作落語はワザオギ・レーべルの「柳家喬太郎落語秘宝館」シリーズで、古典落語はポニー・キャニオン
からの「柳家喬太郎名演集」シリーズで聞くことができますが、この<アナザーサイド>は、喬太郎が他作家の落語作品をレコーディングしたもの。大学時代の落研同期がつくったネタや、江戸川乱歩原作を落語にしたり、夢枕獏が喬太郎のために書いた落語などが収録されています。最新作のVOL.3は、なんと「源氏物語」を落語化、もう一席は落語教室のお弟子さんの作品です。
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十郎ザエモン氏は、初めて喬太郎の高座を聞いたときに、演劇の匂いを感じ、後に話をしてお互いにつかこうへいファンであることがわかり意気投合したのだそう。喬太郎の芸の、描写力だけではなく、登場人物の個性のつくりかたの素晴らしさ、リアリティとデフォルメのバランスのよさ、語彙の豊富さと言葉選びの巧みさなどの、類い稀な力を認め、いつか喬太郎作品を、との思いを温めてきて、このシリーズが生まれました。ずっと音楽のフィールドでお仕事されてきただけあって、十郎ザエモン氏が手がける作品にはいつもなにかしら音楽的な要素が盛り込まれているのですが、このアナザーサイド・シリーズにも、演目の始まる前にラジオのようなジングルが入っているのがかわいい。
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そうそう、喬太郎×十郎ザエモンのコラボは、このシリーズの前に、忘れてはいけない一作があったんでしたね。あの名曲《東京ホテトル音頭》。
まさかCDになるとは思わなかった、高座ではおなじみの曲ですが、これこそプロデューサーなしではありえなかったリリースです。この喬太郎の初CDも、そういえば三十七歳のときだったのでは? なんだか奇遇ですねー。