働き方改革時代に求められる「アサーション」スキル:本能に基づく心理学的アプローチ2-⑮
はじめに:働き方改革とアサーションの重要性
昨今、働き方改革やメンタルヘルスの重要性が叫ばれる中で、特に注目を集めているのが「アサーション」というコミュニケーションスキルです。
アサーションとは、自分の意見や感情を尊重しつつ、他者の価値観や立場も同時に尊重する「適切な自己主張」のことを指します。
このスキルを習得することで、ビジネスや日常生活における人間関係を円滑にし、より良い環境を築くことが可能になります。
本記事では、アサーションの基本的な考え方や具体的な効果、実践方法について、心理学的な視点を交えながら解説します。
アサーションとは何か:基本的な概念と本能的な背景
アサーション(assertion)は、「主張」を意味する言葉ですが、その本質は単なる意見表明ではありません。
心理学的には、アサーションは以下の原則に基づいています。
人間の本能に基づく相互尊重の原則
人間は社会的な生き物であり、他者との関係性を築く中で「自己主張」と「他者尊重」のバランスを自然と求めます。アサーションは、この本能的なニーズを意識的に満たすスキルです。心理的安全性の確保
アサーションを用いることで、自分や相手が心理的に安心できる関係性を築けます。これにより、人間関係の摩擦が軽減し、ストレスフリーな環境が実現します。
アサーションの3つのタイプと特徴
アサーションを理解するためには、以下の3つのコミュニケーションタイプを知る必要があります。
1. アグレッシブ(攻撃的)タイプ
特徴:自分の意見を押し通し、相手の感情や意見を無視する傾向が強い。
本能的背景:自己保存や競争本能からくる行動。
リスク:対人関係の摩擦を生みやすく、周囲からの信頼を損なう。
2. ノン・アサーティブ(非主張的)タイプ
特徴:相手を優先しすぎて、自分の意見を押し殺してしまう。
本能的背景:群れの中での調和を優先する適応行動。
リスク:自尊心の低下やストレスの蓄積に繋がる。
3. アサーティブ(自己主張的)タイプ
特徴:自分と相手の意見をバランスよく尊重し、適切に意見交換ができる。
本能的背景:協力と共存を重視する社会的本能。
メリット:健全な人間関係を構築し、双方にとって有益な結論に導ける。
ビジネスシーンでのアサーションの活用例
職場は、多種多様な価値観や背景を持つ人々が集まる場所です。
そのため、相手の意見や感情を尊重しつつ、自分の主張も的確に伝えるアサーションスキルが非常に重要です。
以下に、ビジネスシーンでの具体的な活用例を詳しく解説します。
1. 上司と部下の関係調整
職場では、上司と部下の間におけるコミュニケーションが業務の効率や職場の雰囲気を左右します。
アサーションスキルを活用することで、以下のような問題を解決できます。
課題例
部下の立場:「上司が仕事を一方的に指示してくるが、実現が難しいことを言い出しにくい」
上司の立場:「部下が遠慮して意見を出さないため、業務が停滞する」
アサーションによる解決
部下の場合:「〇〇という目標は理解しました。ただ、現在のリソースでは期限内の達成が難しいため、優先順位を再確認させていただけますか?」
→ 上司の意図を尊重しながら、自分の状況や課題を冷静に伝えることが可能になります。上司の場合:「君の考えや取り組みをもっと聞きたい。何か改善案があれば気軽に教えてほしい。」
→ 部下が発言しやすい環境を作ることで、業務の質が向上します。
効果
お互いの意見を対等に交換できることで、職場の信頼関係が深まり、問題解決がスムーズになります。
2. 同僚間の意見交換やプロジェクトの調整
同僚同士の意見の違いや優先事項の対立は、プロジェクトの進行を妨げる原因となります。このような場面でもアサーションスキルが役立ちます。
課題例
「会議で一方的に話を進められ、自分の意見を言うタイミングが見つからない」
「他のメンバーが非効率なやり方を提案したが、指摘すると関係が悪化しそう」
アサーションによる解決
意見を伝える場合:「提案に賛成です。ただ、もう少し効率的な方法として〇〇案も検討できると思います。皆さんの意見をお聞きしたいです。」
→ 相手を否定せず、代替案を建設的に示すことで、前向きな議論が可能になります。意見を求める場合:「この部分で悩んでいます。あなたの視点からどう考えるか、教えていただけますか?」
→ 相手に発言を促し、相互に理解を深める姿勢を示します。
効果
プロジェクト内での意見の衝突を減らし、チームの調和と生産性向上につながります。
3. クライアントとの交渉
顧客や取引先との関係では、相手を尊重しつつ、自社の立場や要望を的確に伝える必要があります。
特に、無理な要求や納期の短縮依頼などの場面では、アサーションスキルが活用できます。
課題例
「納期を短縮してほしい」という依頼を断ると、クライアントが不満を抱くのではないかと心配。
「料金を値下げしてほしい」という要望に対して、会社の利益を守りつつ対応したい。
アサーションによる解決
納期の交渉の場合:「ご依頼ありがとうございます。この納期では品質を保証できない可能性が高いため、現実的なスケジュールとして〇月〇日を提案させていただきます。」
→ 相手の要望を受け止めつつ、代替案を明確に提示します。料金交渉の場合:「現行の価格は、品質を最大限に保つために設定しています。ただし、〇〇のサービスを除くことでコストを抑えることも可能です。」
→ 一方的に拒否せず、相手のニーズに対応する選択肢を提供します。
効果
クライアントとの信頼関係を維持しながら、双方にとって最適な結論を導き出すことができます。
4. ハラスメント防止と職場環境の改善
職場での不適切な発言や行動を指摘することは、当事者にとって大きなストレスになることがあります。
しかし、アサーションを用いれば、対立を避けつつ問題を改善できます。
課題例
「上司や同僚が無意識に発した不適切な発言に対して、どう対応すればいいかわからない」
「チームの中で偏った負担が発生しているが、誰も声を上げない」
アサーションによる解決
不適切な発言の場合:「先ほどの発言についてですが、少し気になりました。もしかしたら誤解を生む可能性があるので、別の表現にしていただけると助かります。」
→ 相手を責めるのではなく、具体的な改善点を提案します。負担の偏りの場合:「最近、〇〇さんに多くの業務が集中しているようです。他のメンバーも分担できるかどうか、話し合いませんか?」
→ 客観的な視点から提案し、平等な解決策を模索します。
効果
ハラスメントや不公平な負担を未然に防ぎ、職場全体の信頼関係を高めます。
アサーションをビジネスで実践する際のポイント
冷静さを保つ
感情的にならず、相手と自分を対等に扱う姿勢が重要です。具体的かつ建設的に伝える
抽象的な表現や否定的な言い方を避け、具体的な代替案や提案を行いましょう。非言語コミュニケーションを意識する
穏やかな声のトーンや、リラックスした姿勢が相手に安心感を与えます。
ビジネスシーンにおいてアサーションスキルを活用することは、個人の成長だけでなく、組織全体の効率化や雰囲気の改善につながります。
相手を尊重しながら自分の意見を適切に伝えるこのスキルは、あらゆる職場でのコミュニケーションを円滑にし、働きやすい環境を作るための鍵となるでしょう。
アサーションの心理学的基盤:非言語コミュニケーションの重要性
心理学では、コミュニケーションの大部分が非言語的要素(表情、声のトーン、身振り手振り)によって成り立っていることが明らかにされています。
アサーションでは、この非言語的なアプローチが非常に重要です。
非言語的アサーションのポイント
視線:適切なアイコンタクトは、相手に対する尊重と関心を示します。
姿勢:リラックスしたオープンな姿勢は、安心感を与えます。
声のトーン:穏やかで安定した声は、相手に落ち着きを伝えます。
日常生活におけるアサーションの活用
アサーションはビジネスシーンでの活用だけでなく、日常生活でも大いに役立ちます。
友人や家族、恋人、地域社会など、あらゆる人間関係において、適切な自己主張が円滑なコミュニケーションを築くカギとなります。
ここでは、具体的な日常の場面でのアサーション活用法を詳しく解説します。
1. 友人との会話や意思決定の場面
友人との付き合いでは、相手の意見に合わせすぎると後から不満を感じることがあります。
アサーションを活用することで、双方が満足できるコミュニケーションが可能になります。
【例:遊びに行く場所の相談】
非アサーティブな対応
「どこでもいいよ」と意見を控える。結果的に友人の提案に不満を抱える場合がある。アグレッシブな対応
「絶対に〇〇じゃなきゃ嫌だ」と自分の希望を一方的に押し付ける。相手が困惑や反感を抱く可能性がある。アサーティブな対応
「〇〇に行きたいけど、あなたの希望も聞きたいな。一緒に考えよう」と伝える。相手の意見も取り入れながら、自分の希望を明確に示す。
このようなコミュニケーションによって、友人との関係がより良いものになり、結果的にその場を全員で楽しむことができます。
2. 家族との日常的なやり取り
家族は距離が近い分、意見を言いづらいことや感情的なすれ違いが起きやすい関係です。
アサーションを活用すると、穏やかで建設的なやり取りが可能になります。
【例:家事の分担について】
非アサーティブな対応
「自分がやるしかないか」と黙って全ての家事を引き受け、不満を溜め込む。アグレッシブな対応
「なんで私だけがやらなきゃいけないの!」と感情的に不満をぶつける。アサーティブな対応
「最近、家事が偏っているように感じるから、分担について話し合いたい。どんな分け方が良いと思う?」と提案する。
冷静に事実を共有しつつ、相手の意見を求める姿勢を見せることで、家族全員が納得のいく解決策を見つけやすくなります。
3. 恋人やパートナーとの関係構築
恋人との関係では、相手を傷つけたくないあまり、本音を言えずにすれ違いが生まれることがあります。
アサーションを用いれば、相手を尊重しながら自分の気持ちを素直に伝えられます。
【例:相手の予定が急に変更されたとき】
非アサーティブな対応
「仕方ないね」と我慢するが、内心ではモヤモヤが残る。アグレッシブな対応
「どうしていつも勝手に予定を変えるの?」と怒りをぶつける。アサーティブな対応
「予定が変わると聞いて驚いたけど、私もこの予定を楽しみにしていたから、次回はもう少し早めに教えてくれると助かる」と伝える。
このアプローチなら、相手に対する不満を和らげつつ、自分の感情をしっかり表明できます。
4. 近隣や地域社会でのやり取り
地域社会の中では、ゴミ出しや騒音トラブルなど、小さな問題が人間関係の摩擦を引き起こすことがあります。
アサーションを活用すれば、相手に過剰なプレッシャーを与えずに問題を解決できます。
【例:隣人の騒音に困った場合】
非アサーティブな対応
「迷惑だけど、直接言うのは気まずいし我慢しよう」と思い込む。アグレッシブな対応
「うるさい!いい加減にしてくれ!」と怒鳴り込む。アサーティブな対応
「最近夜遅くまで音が聞こえてきて少し気になっているのですが、少し音量を下げてもらえると助かります」と冷静にお願いする。
相手が状況を理解しやすく、感情的な衝突を避けられます。
5. 店や公共の場での自己主張
お店での接客や公共の場での不便な状況に対して、自分の意見を冷静に伝えることも重要です。
アサーションを用いることで、相手に失礼なく適切な対応を求められます。
【例:レストランで注文した料理が間違っていた場合】
非アサーティブな対応
「忙しそうだし、このまま食べればいいか」と諦める。アグレッシブな対応
「これ、違うじゃない!どういうこと?」と強い口調で責める。アサーティブな対応
「すみません、注文したものと違うようですが、確認していただけますか?」と穏やかに申し出る。
このように適切に伝えることで、相手も快く対応してくれる可能性が高まります。
日常でアサーションを実践するためのポイント
冷静さを保つ
感情的になると、非アサーティブやアグレッシブになりがちです。深呼吸をして冷静に話す準備をしましょう。Iメッセージを使う
「あなたが悪い」と責めるのではなく、「私はこう感じた」と自分の気持ちを軸に話します。相手の立場を尊重する
相手の意見や状況を理解しようとする姿勢を示すことで、良好な関係を保つことができます。非言語コミュニケーションを意識する
穏やかな表情や優しい声のトーンを心掛けることで、相手に安心感を与えられます。
日常生活におけるアサーションの活用は、身近な問題を解決するだけでなく、自分と相手の関係をより良いものに変える力を持っています。
友人、家族、恋人、そして地域社会でアサーションを意識的に実践することで、誰もが安心して本音を語り合える環境が広がります。
少しずつ取り入れて、自分の生活に変化をもたらしてみましょう。
アサーションを実践するためのトレーニング
アサーションスキルを向上させるための具体的な方法をいくつか紹介します。
1. Iメッセージを活用するトレーニング
アサーションの基本は、自分の感情や考えを相手にわかりやすく伝えることです。
その際、「Iメッセージ」を活用することで、相手を攻撃することなく、建設的なコミュニケーションが可能になります。
Iメッセージとは
「私は〇〇だと感じる」「私は〇〇を望んでいる」といった、自分の感情やニーズを主語にした表現方法です。練習方法
日常の中で、気持ちを表現する場面を見つける。例えば、同僚が書類を期限内に提出しなかった場合。
「あなたが遅れたせいで困った(Youメッセージ)」を使わず、
「私は期限通りに進めたいと感じていたので、遅れて少し焦りました(Iメッセージ)」と言い換える練習をする。家族や友人に協力してもらい、ロールプレイ形式でさまざまなシナリオを試す。
2. ロールプレイによる実践練習
実際のコミュニケーション場面を想定した練習を行うことで、理論を実践に結びつけやすくなります。
ロールプレイのステップ
身近なシナリオを選ぶ(例:会議中に意見を言う場面、取引先に無理な要求を断る場面)。
自分と相手の役割を設定し、相手役の視点も取り入れた練習を行う。
練習後に振り返りを行い、改善点を見つける。
ポイント
必要に応じて台本を用意し、自分が伝えたい内容を明確にする。
声のトーンや視線、表情などの非言語要素も意識する。
初めは簡単な場面から始め、徐々に複雑なシナリオに挑戦する。
3. ノーと言う練習
日本では、相手を尊重する文化から「ノー」と言うことが苦手な人が多い傾向があります。
しかし、アサーションでは、自分の立場をしっかり伝えることが大切です。
トレーニング方法
日常で「ノー」と言いたい場面を振り返り、その理由と適切な伝え方を考える。
例:友人からの食事の誘いを断る場合。「時間がなくて無理」と言うのではなく、
「ごめんね、今日は予定があって行けないけど、また次回誘ってほしい」と前向きな代替案を添えて練習する。
ポイント
自信を持って発言するために、姿勢を正し、落ち着いた声で伝える。
相手が受け入れやすい表現を工夫する。
おわりに:アサーションの未来
アサーションは、個人の成長だけでなく、職場や家庭、社会全体の調和をもたらす可能性を秘めています。
働き方改革が進む中で、アサーションスキルは、これからの時代に不可欠な能力となるでしょう。
心理学的な視点を取り入れながら、日々の生活や仕事の中で実践し、より良い人間関係を築いていきましょう。