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【最新書評】Think Clearly~なぜ人は幸せになれないのか
1. "Think Clearly" ?
2019年4月の刊行から16刷(同年7月時点)を重ね、本稿執筆時点の9月でも未だ書店で平置きされている本書。
原題は「良い人生を過ごすための技術〜幸せへの驚くべき52の近道(The Art of the Good Life 52 Surprising Shortcuts to Happiness)」(抄訳)であり、実は本書にデカデカと書かれている
”Think Clearly”
といった言葉は一文字も出てこない。本書はスイス・ドイツの経済新聞に連載されたコラムを1冊にまとめたものであり、それらを52個の「思考の道具箱」として幸せへの正しいアプローチをまとめたものである。したがって、インテリ感漂う"Think Clearly"というより、52章あるバラバラの短編集のようである。会社帰りのビジネスマンが「つい」手にとりたくなるうまい邦題改変である。
2. 本書の優れた点
それぞれ独立した章立てのため、どこからでも読むことができる構成となっているが、本書に根底に流れるテーマは「どうしたら幸せになれるか」である。社会心理学やウォーレン・バフェットをはじめとするバリュー投資家、またストア学派という古代ギリシア哲学の観点から、平易かつ多彩な事例を用いて書き上げている。ただ他書と一線を画す点は、
「なぜ(どういうときに)人は幸せを感じることができないか」
を人間の数々の「バイアス」(脳の省力化)を駆使して述べている点であり、その点がポジティブの押し売りのような自己啓発書よりも、はたまた数年前から流行っているシリコンバレー発祥の「マインドフルネス」のように、これで仕事も家庭も恋愛も全てうまく行きます!というイデオロギーめいたものとも違う、実践的かつ現実的な内容である。
目を引く事例紹介として、こんなものがある。
"一九七八年に行われた有名な調査がある。何人かの研究者が、「宝くじの高額当選者たち」の幸福度を調べたのだ。その結果、「高額当選を果たした数か月後には、当選者たちの幸福度は、すでにそれ以前とあまり変わらなくなっていた」ことがわかった。"(本書131ページ)
これは物質的な幸せは決して永続しないという話ではなく、豊かさとはあくまで「相対的な価値」(隣のだれかと比べて、過去の自分と比べて)である点である。これは金銭に伴うものだけでなく、(心理的な)目標達成の金字塔ともいうべきオリンピックのメダリストにも見られるものである。
"あなたの幸福度が高くなるのは、銀メダルを獲得できたときだろうか、それとも銅メダルを獲得できたときだろうか?もちろん銀メダル、とあなたは答えるだろう。一九九二年のバルセロナオリンピック開催中、メダリストを対象に行われた調査の研究の結果は反対だった。「銀メダル」を獲得したメダリストは、「銅メダル」を獲得したメダリストより、幸福度が低かったのだ。どうしてだろう?なぜなら銀メダリストは、自分を金メダリストと比較し、どうメダリストは自分をメダルに届かなかった選手と比較したからだ。"(本書317ページ)
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