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中国が北朝鮮にウクライナ派兵と核実験の停止を申し入れ~重要外交問題の決裁者=金与正氏は無回答


【画像① 動向が不透明で象徴的な場面にしか登場しない兄・「金正恩」総書記に比べ、実質的な外交責任者として各国との関係を取り仕切って存在感を高めているのが妹の金与正氏(右から2人目)だ。この間、米韓演習に対する抗議声明などでも、軍や外務省の声明の他、指導者個人としての名前入りで声明を出すのは、「金正恩」氏ではなく朝鮮労働党中央組織指導第1副部長の金与正だけだ。】




◆在平壌中国大使館から朝鮮労働党中央委員会へ申し入れ


10月中旬に中国共産党中央対外連絡部(中連部)が在平壌中国大使館を通して、ロシアとの関係深化の中で本格的に始まっているウクライナ戦線への北朝鮮兵士派遣と11月中に実施される見通しで準備が進められている地下核実験(水爆実験とも言われている)を中止するよう朝鮮労働党中央委員会に申し入れた。この申し入れについて受け入れられなければ、中国側は「対北貿易の断絶」「北朝鮮労働者派遣の受け入れ停止」の措置をとるとしている。


中国共産党筋が北京で流布している情報によれば、この度の申し入れは北朝鮮のロシア寄り姿勢強化に伴う強気での派兵推進(実質上、外貨稼ぎ)と水爆実験の強行が軍事的協力関係を再構築して強化しつつある日米韓三国の対抗措置を激化させ、北東アジア情勢を悪化させかねないとの懸念に基づくものであるという。しかし、重要外交問題を差配し決裁権を持つとされる朝鮮労働党中央組織指導第1副部長である金与正氏(最高指導者・金正恩の妹)はなんら反応せず、中国側の申し入れを無視する構えだ。


【画像② 5月29日、岸田文雄首相(当時)を表敬訪問した中国共産党中央対外連絡部長の劉建超(りゅうけんちょう)部長。中国の権力は二重構造で、党が政府(国務院)に優越し、党中央対外連絡部は政府外務省を指導する立場にある。つまり、党の外交責任者である劉氏が事実上、中国共産党治下の中国の外交トップだ。そのトップが北朝鮮に「ウクライナ派兵」「核実験」の停止を要求したのだが…。】



◆「中朝国交樹立75周年」の節目に関係は最悪化


この10月は、1948年9月に成立した朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国が正式に国交を樹立(1949年10月)からちょうど75周年の節目だったが、両国関係はかつて朝鮮戦争での中国義勇部隊派兵の事績から「血で結ばれた友誼」などと言われていたにも関わらず、最悪の状況に向かいつつある。この背景には、かつて常に経済不振が慢性化し食糧不足も常態化した北朝鮮を中国が原油などエネルギー資源の供給や食糧支援で支えていたものに代わり、ウクライナ戦争勃発でロシアが北朝鮮から軍事資材買い入れを開始したことを皮切りにして食糧もエネルギー資源もロシア側から北朝鮮が有利な条件で入手できるようになったことがある。


そもそも、金正恩政権はそれ以前から中国からの「新しい市場経済を前提とした開放・改革路線」という中国流の社会主義市場経済主義の導入圧力に反発し、親中派の筆頭だった叔父の張成沢(チャンソンテク)を銃殺にするなど、中国共産党路線からの独立傾向を強めていた。同じ共産主義政権だとしても、北朝鮮は「建国の父・金日成から代々つらなる革命的血統」による全人民社会の指導という特殊な”世襲王朝”的システムを柱にするチュチェ思想を統治の原理としており、中国流の市場経済主義ではこれが崩壊しかねないと見ているためだ。中国共産党の党独裁とは、毛色がだいぶ異なる。


それでも、大量の北朝鮮労働者の受け入れや原油、食糧供給などを中国に頼ってきたことから、北朝鮮はウクライナ戦争以前までは中国との関係に配慮し、2017年9月の地下核実験を最後にここ7年間にわたって実験を行ってきていない。ところが、核大国ロシアとの関係を深め、秘密裡にロケット及び一部の核技術の移転をロシアから受けた北朝鮮は強気になり、中朝国境に近い地下核実験場での「水爆実験」準備をことしに入ってから本格的に進めるようになったのだ。

【画像③ 北朝鮮の北東部、豊渓里(ブンゲリ)に所在する地下核実験場坑道入口。3つある坑道のうちのひとつで水爆実験の準備がほぼ終了段階にあるといわれている。】



◆”経済制裁”の脅しも効かず…


米国、韓国は北朝鮮の核実験準備は既に終わりつつあり、11月に入っていつでも実施できる状態であると見ている。また、この度の実験は過去のどの実験よりも規模の大きなもので、国境の向こうの中国にも何らかの環境上の影響を及ぼすとも見られている。


そうしたことで、実際に北朝鮮のウクライナ派兵が韓国をいたく刺激し、米国なども対応措置をウクライナ側はもとより太平洋、北東アジア側でとる構えを示していることも踏まえ、中国は北朝鮮に対して派兵と核実験の停止を経済的な制裁も具体的に示して強く迫っている。しかし、以前とは異なる状況に置かれた北朝鮮に対し、”経済制裁”の脅しが効かないことが中国を焦らせている。


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