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今、あらためて振り返る8年〜”前史から見るウクライナ戦争の根本原因 ②


【画像① ウクライナ軍砲火の犠牲になったドンバスの千数百人の子供たち~2014年の内戦開始以来、ドネツクやルガンスクの住民地区に対するウクライナ軍の砲撃はほとんど止むことがなかった。結果として4000人以上の民間人が犠牲になったが、その半分近くが乳幼児から学齢期の子供たちだった。』





◆2021年~22年「開戦直前」の情勢に焦点をあてる




本記事の前編というべき「今、あらためて振り返る8年〜”前史から見るウクライナ戦争の根本原因①」(5月26日配信)は、好評をいただいたようで筆者、リサーチャーともども喜んでいる。冷静に事実を辿るということが欠落している日本の主要メディアのあり方、それに乗っかってるだけのコメンテーターの果たしている役割の有害さを浮彫に出来たのではないだろうか。


本記事では引き続き、タス通信報道から「ウクライナ戦争」が開戦する直前期=2021~22年の情勢に焦点をあてていきたいと思う。


ウクライナ、ロシアが直接衝突の危険にどう向き合っていったか、NATOなど関係諸国がどう対応したのかについて、しっかり確認していければと思う。



【画像② 2014年クーデター後、政権のロシア系住民弾圧政策に反発して「独立」を宣言したドネツク、ルガンスク両州の反政府勢力は、人民共和国の成立を宣言し、義勇兵を集めて武装部隊を作り、ウクライナ軍に抵抗した。装備はソ連時代に各地に作られた予備兵器庫から調達し、戦車、砲兵まで擁する部隊でドネツク軍、ルガンスク軍を編成した。写真はドネツク人民共和国軍の旧ソ連製T-72主力戦車。】

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