
Opeth の新たな名盤『The Last Will and Testament』を称賛する (とくに、『§5』に凝縮されている彼らの「オルタナティヴヘヴィメタルフラメンコ」的音楽性を分析に供して)
Opeth の文化的ルーツは何処にあるか? と訊かれて「えっ? ……スウェーデンでしょ」とだけ答えて事足りてしまうようでは、21世紀的ヘヴィメタルヘッズの態度とは到底言えまい。このバンドの出世期を支えた2人のマーティンことメンデス(ベーシスト:現役)とロペス(ドラマー:『Ghost Reveries』を最後に脱退)は、ともにウルグアイの出自を持つ(前者はモンテヴィデオ出身/後者は出生こそスウェーデンであるがウルグアイアンの両親の家庭)。つまり『Ghost Reveries』でキーボーディストが正式加入し・5人体制となるまで Opeth はスカンディナヴィアン50%:ウルグアイアン50%のメンバー構成だったのであり、「スペインによって植民地化された南アメリカでも不思議にカトリックの影響力が薄弱な国家」ことウルグアイの文化的影響を音楽に汲んでしまうのも、また当然の成り行きであった。
Opeth の音楽的特徴として「アラビック」な音階の使用を挙げるなども、やはり前世紀的なクリシェに過ぎない。ここでは表層的な印象による不鮮明さを遠ざけるため、人々が喋々する「アラビック」または「エスニック」な音の正体を「フリジアンドミナントスケール」1本に絞り込むとしよう。筆者こと田畑佑樹は、このフリジアンドミナントスケールを、前世紀末から現在にいたるまで瞥見されつつ・等閑に付されてきたからこそ新たな音楽的豊穣をもたらしうる端緒だと認識し、幾度も具体的な分析に晒してきた。既発の記事は以下のとおりである。
煩雑を避けるため、率直にいこう。フリジアンドミナントスケールとは、たとえば Rainbow 『Gates of Babylon』のメインリフで使われている音階のことだ。これを西洋音楽理論的に解釈するなら、ハーモニックマイナースケールの音列を完全5度から弾き始めた、たったそれだけのものにすぎない。が、逆をとるなら、飽くまで「クラシカル」で「西欧的」なハーモニックマイナースケールを完全5度の音から弾き始めるだけで、「アラビック」または「エスニック」な音に聴こえてしまうのだ。この一種錯聴的な特徴を解明するには、音楽理論以外にも文化史的な分析さえ動員しなければならないと思われるので、ここではすべて省略する。
重要なのは、「クラシカル」で「西欧的」な技法をハードロック&ヘヴィメタルに導入した名奏者として評価が定まっているリッチー・ブラックモア当人が、明らかな自覚的意図のもとにこの音階を使用していたことだ。『Gates of Babylon』で使われている音を拾うだけで、実はリッチーが志していたのはハーモニックマイナーの単独使用による「クラシック音楽」ではなく、同じ音列の別の弾き方による「アラビック」または「エスニック」な要素の導入までもが試みられていた、その事実は明白に看取できたのだ。が、「クラシカル」で「テクニカル」ならなんでも偉いと思いたがる、実に前世紀的「洋楽」リスナーの権威主義的姿勢が、このような基礎的事実さえをも長らく眩ませていた(そもそも「洋楽」とは明治期にプロイセン文化を輸入する過程で設定された語であり、それは直接的にベートーヴェンの音楽を指すものであった)。
さらに、別の錯誤も指摘しておかねばならない。『Blackwater Park』以降の Opeth が汲んだ音楽的影響源として Tool (とくに『Ænima』)があるが、その根拠としてはドロップDチューニングの使用くらいしか挙げられない者が大半であった。これもまた、実に前世紀的メタルヘッズに典型的な態度と言えよう。既に勘のいいリスナーならお察しの通り、 Tool の『Forty Six & 2』のメインリフは先述のフリジアンドミナントスケールで作曲されており、その中心音は(ドロップDチューニング常用バンドに相応しく)Dである。『Forty Six & 2』はこの1曲のみを分析するだけでいくらでも豊かな音楽的知見がもたらされうる重要性を備えているので、ここでは筆者による既発稿を紹介するにとどめよう。
重要なのは、Opeth は Tool から『Forty Six & 2』経由でフリジアンドミナントスケールのドロップDチューニング的使用法を学んだのみではないということだ。さらに源流を遡ろう。 Opeth が『Ghost Reveries』期に基本チューニングとして採用していたDADGADチューニングは、低音部の3弦こそ同じであるものの・90年代以降に猫も杓子も真似るようになった単なるドロップDチューニングとは異なった特性を持っている。ごく簡略に言えば、これはジミー・ペイジが『Kashmir』を作曲・演奏するために必須としたチューニングである。つまりDADGADチューニングには、90年代以降のオルタナティヴヘヴィメタルよりもさらに数段階前の、フォークとロックの分化が曖昧だった世代の弦楽器観までもが反映されており、その影響を表層的なレベルに留まらず・源流から汲み上げた作曲家が他ならぬ Opeth のフロントマンことミカエル・オーカーフェルトであった。『Ghost Reveries』におけるDADGADチューニングの全面的採用は、 Tool が『Forty Six & 2』1曲のみで体現してみせたオルタナティヴメタルの作曲技法的拡張の可能性(それはもちろんフリジアンドミナントスケールの斬新な使用による)を、70年代末〜80年代初頭のジミー・ペイジとリッチー・ブラックモア双方に学ぶことで一層豊かに推し進めようとする試みに他ならなかったのだ。
〔後註:本稿をアップロードした数十分後に、実は Opeth が『Ghost Reveries』期に採用していたチューニングはDADGADでなくDADFAEであることが判明したが、「Dを最低音とする変則オープンチューニング」という意味で本稿の論旨には障らないため、文中の記述も初出時のままとする。〕
◎Led Zeppelin『Kashmir』の作曲に宿っている「中東」感の正体に関する簡素かつ錯綜した分析
https://www.patreon.com/posts/led-zeppelin-qu-79639164
◎モードジャズ発ファンク行 radioGA 06: 2024 11/02
https://www.patreon.com/posts/modoziyazufa-06-115206675
以上の内容を踏まえれば、その果敢なる試みがスカンディナヴィアン50%:ウルグアイアン50%のバンドこと Opeth によって果たされた理由も明確になったろう。マーティン・ロペス在籍期最後のアルバムとなった『Ghost Reveries』では、このバンドが堅実に備えていたフリジアンドミナント的作曲技法が華麗に結実している。筆者としては過小評価も甚だしい名曲として『Beneath The Mire』を挙げておきたいところだが、ここでは『Atonement』に備わったフリジアンドミナント的特性をさらに拡大させたカバー版を紹介しておけば十分だろう。もちろんロペス脱退以降にも『Cusp of Eternity』をはじめとするフリジアンドミナント採用楽曲が欠かさず発表されている事実など Opeth のファンにとっては周知であるはずなので、個々の楽曲紹介などはすべて割愛する。
さて、ようやく Opeth の新譜『The Last Will and Testament』に収録された新たなる名曲こと『§5』を紹介する段取りが整った。とはいえ、本稿の記述をお読みになった方におかれては、筆者が開陳したい内容は既にお察しだろう。そう、『§5』は、アコースティックとエレクトリックギターの同時使用という意味で、かつてないほど全面的にフラメンコのスタイルが押し出された作編曲になっているのだ。今まで Opeth は、とくに『Still Life』以降顕著なように、暴虐的なディストーションギター→一転して静寂なアコースティックギター の両極端な転換を作編曲に導入していた。ディストーションギターが鳴らされているのと同時にアコースティックギターも同じような役割を果たしている事例は、実は極めて少なかったのである(具体的には、『The Drapery Falls』の激しい5拍子パートが終わる瞬間に突如挿入されるアコースティックギター単独パートや、『Ghost of Perdition』全編において明確に棲み分けられたアコースティックとディストーションギターの編成を参照すべし)。しかし最新作において彼らは、満を持して「ディストーションギターに平然と並走するかたちでのアコースティックギター」の使用に踏み切った。そこで展開されている音像がどれだけ豊かなものかについては、ここでくだくだしく述べるまい。これから読者が繰り返し聴く楽しみとして取っておこう。しかし踏まえておきたいのは、彼らが『§5』として結実させた「オルタナティヴヘヴィメタルフラメンコ」とでも呼ばれるべき音楽性は、すべて必然的成果であること。ミカエル・オーカーフェルトがお気に入りのアルバムとして Carmen の『Fandangos In Space』を挙げていたことから、ウルグアイ出身のマーティン・メンデスが重要なメンバーとして在籍し続けていること。さらには彼らがリッチー・ブラックモアに代表される前世紀的ハードロック&ヘヴィメタルの「クラシカル」で「西欧的」な表層的ムードに惑溺するのではなく・依然として「アラビック」または「エスニック」とソフト差別的に呼称されるしかない要素を取り出し、2020年代の現在にいたるまで確実に発展・拡張させていること。これらの実践による収穫の豊かさに勝るものはなく、であるからこそ Opeth は雑多な亜流バンドでは及びもつかない重要性と先進性を帯び続けている。
『The Last Will and Testament』は、最も端的に耳を引く名曲『§5』のみに限定されない結晶をいくつも備えた、驚くべき名盤である。彼らの新たにして堂々たる出立をここに讃えたい。このアルバムが第一次世界大戦直後の混乱期を題材としたコンセプトアルバムであること自体は、ひとまずどうでもよいとしよう。重要なのは、そのようなコンセプトが据えられたアルバムの中で「オルタナティヴヘヴィメタルフラメンコ」的音楽性が臆面もなく露出した、端的な結果ひとつに存ずるに違いない。言うまでもなく第一次世界大戦とは、いわゆる「西洋」なるものが「没落」する最初にして最大の端緒として世界史上に記録されている。となれば、100年越しで「西洋」のみならず世界史そのものが夥しい数の関節を脱臼させている2024年末の現在に、 Opeth が「クラシカル」で「西欧的」なヘヴィメタルの旧弊を脱胎し・今まで「アラビック」または「エスニック」と呼ばれるしかなかった音楽に新たな彩りを与えようとしていることは、もはや歴史の要請する必然としか言いようがないのである。
本稿中で論じ漏らしたことの補遺:
1:
Opeth が前世紀末において突如の飛躍を見せたアルバム『Still Life』1曲目のタイトルは『The Moor』、「西欧大陸においてイスラーム的ルーツを持つ者」を指す。これはシェイクスピアの『オセロ』(17世紀初頭発表)の副題が「ヴェニスのムーア人」(The Moor of Venice)であったように、15世紀末にグラナダが陥落してから急速にそのイスラームおよびユダヤ的行績が脱色された「西欧」の歴史性に根差しており、『Still Life』のコンセプトもそれを前提に読解されるべきであろう。というか何度も繰り返すが、スカンディナヴィアン50%:ウルグアイアン50%のメンバーによるバンドが『The Moor』で始まるアルバムを出していたのにも拘らずその音楽性を「白人的」と理解する無知が罷り通っていたのならば、それは我々の歴史・文化的感性が惨めに衰弱していた証以外の何事をも意味しないのである。
2:
Opeth は『Sorceress』で60-70年代に対する様々なオマージュを捧げているが、4曲目の『Will o the Wisp』は Miles Davis の『Sketches of Spain』にも同名の楽曲が収録されている(正確には、後者の o についている ' が前者では省略されている。また、曲名が同じのみでカバー曲ではない)。『Sketches of Spain』が平岡正明によって「ジャズからアラビア音楽への接近」として繰り返し分析されているアルバムであることを述べておけば、 Opeth の進路との相同性は明白であろう。そしてこの『Will o the Wisp』のアイリッシュ的ネーミングがスペインおよびイスラーム圏とどう関わるかについては、現今のパレスティナが被っている世界的政治力学による犯罪を真っ向から告発せんとする国家がアイルランドとスペインである事実を踏まえておけば、自ずと理路が開けよう。
3:
筆者の音楽プロジェクトである Parvāne の楽曲は、本項で述べたフリジアンドミナント/ハーモニックマイナーの2面性を基調に作曲されている。その技法は『鱗粉1』所収の全曲に採用されているが、『尸者』のギターソロ(全3回)で使われている音列が都度どのように変化しているかを分析するだけで、これから本格的に到来する21世紀の「非白人的」音楽がいかに多様で豊かな可能性を秘めているかが論理的に納得されよう。その作曲技法的クオリティは他ならぬ筆者が確約する。
4:
↑ Opeth が静かに・また確かに育んできた「非白人」を端的に指摘したものとして、「Welcome To My ”俺の感性”」の『Pale Communion』評を紹介しておきたい。これは何度読み直しても惚れ惚れするほどの名文である。なぜなら「非白人」になることは「非ノンケ」になることであり、「南欧的」であることは「ゲイ的」であることだからだ。今でもフラメンコの歌詞として親しまれる詩を数多く作ったフェデリーコ・ガルシア・ロルカはスペインのアンダルシア出身であり、その詩人と同じ誕生日を持つ筆者こと田畑佑樹は鹿児島市出身である。「陸地の南端で生まれた者が、アラビア由来の音楽に魅かれ、なおかつゲイであること」。これは音楽と文学双方からの歴史的召命を受けた証であり、そのような者として実作を続けることの政治的意義は計り知れないのである(より具体的に考えたければ、スペイン内戦期にロルカがたどった運命を、その役90年後の現在における九州人の未来に重ねてみること)。