地より涌く音(ハンター・ハント・ヘンドリックスの錯誤/百恵=正明の正義)
ここ数日「ハンター・ハント・ヘンドリックスは山口百恵が避けていた過ちをすべて犯し、山口百恵はハンター・ハント・ヘンドリックスでは到底為し得ない達成を20世紀の時点で次々と遺していた」というテーマが頭を掠めていたのだが、先ほど『完全版:山口百恵は菩薩である』を読んでいた(『チャーリー・パーカーの芸術』なら通読だけで30回は越しているが、平岡正明の著書で最も有名なこちらは未読のまま済ませていた)ところ、〔添付画像〕のような図表が目に入り、至当の反応として噴き出してしまった。
この図表を、あの Liturgy の、思い出すも不憫なアルバムカバー画像(ところで、ハンター・ハント・ヘンドリックスがハッジ〔巡礼〕やハック〔真実〕というイスラーム思想的に重要な語句を好き放題に捩って弄んだことについては、私は一般のムスリムとしてあいつに何発か喰らわせてやるつもりでいる。もちろん直接殴るのではなく作品の中でのやり返しだ)と比較してみるがよい。 Transcendental を標榜するハンター・ハント・ヘンドリックスの妄想世界をはるか下方に見る、いや上方に瞥見するがごとく、山口百恵はつねに地上の感覚を疎かにしない。「菩薩は下から涌くのである。天上から降りてはこない」(平岡正明)。
Liturgy 新譜のアルバムカバーが「西欧一神教と東洋宗教の融合」という、すでに前世紀においてユングやR・D・レインなど「自らの思想的袋小路をアリバイとして『東洋』を弄ぶしかなかった白人どもの内面探求」の類型から寸分も出ないものであること(これについては、筆者の「2021年宇宙の旅(雨天中止)」と「『内面』の炉で鋳潰されているもの」の両方をご参照いただきたい。前者に関しては、筆者が賞賛するメイナード・ジェームス・キーナンの “With my feet upon the ground...” がハンター・ハント・ヘンドリックスの標榜する Transcendental とは如何様に異なっているかについて留意して読まれたい。後者に関しては、筆者によるアブデヌール・ビダール批判の要旨がそのままハンター・ハント・ヘンドリックスに対しても適用可能であることに驚かれると思う)にすら気付けない=藝術や思想の歴史観を欠いた者どもが21世紀においても藝術の庇護者を自称し、こともあろうにハンター・ハント・ヘンドリックスが如き輩に一定の評価を与えているとはもはや笑止以下だが、これについて追加の批判の文言を費やす必要もあるまい。われわれ東アジアの人間は、ただ山口百恵を思い出すだけで Liturgy を遥かに凌ぐ音楽的達成の事績へと誘われることができるのだから。ちなみに『絶体絶命(1978年)』の「さあさあ さあさあ はっきりカタをつけてよ」は EL&P『Karn Evil 9』の “Roll up, roll up, see the show” の本歌取、さらに『マホガニー・モーニング(1979年)』はピンク・フロイド『Echoes』の歌モノ的仕上げ直しである。特に前者は、ベーシストではなくギタリストとしてのグレッグ・レイクの仕事をかっぱらうあたりの着眼点が犀利極まりない。しかしもちろん、これをいかにもプログレ好きな中年ブロガーが耽りがちな「歌謡曲に活かされたプログレ遺伝子」のような態度で消費してはならない。山口百恵の楽曲群には、ハンター・ハント・ヘンドリックスが自ら挙げる雑多な影響群から編まれた途方もなく貧しいカタログなど比較にもならないほどの豊かさが、それもシンガーソングライター的な自作自演イズムでは到底成立不可能な「本人以外による作詞作曲」の様式によって結果していたという事実の要こそを見なければならない(ちなみに、私はいつか『ジェラシー』──阿木=宇崎によらない作詞作曲であるにも拘らず、凄まじいほどの弾性と品性を備えた名曲で、私が今までに聴いた百恵楽曲の中で最も強く惹かれる──を「原宿の少女」ではなく「佐世保の少年街娼」の視点からカバーしてみたいと思っている。なぜ佐世保でなくてはならないか? ヒントをあげよう。山口百恵が育った土地は横須賀である)。
なにが『93696』だ。ろくに足を大地につけてリズムを取ることさえできない輩の駄法螺も大概にしたまえ。日本語圏が20世紀からすでに懐胎していた歌謡曲的真髄は、 Transcendental などという形容を拒絶したところにこそ根を持つ。地から涌いてくるのだ。
(さて、本稿も含む筆者によるハンター・ハント・ヘンドリックスへのディスリスペクトの数々を読んだ諸氏は、どうやら「同族嫌悪」とでも呼ぶべきものが筆者をしてそれらの言辞を書かしめているらしい事実にお気づきだろう。実際その通りである。筆者もハンター・ハント・ヘンドリックスと同様に、高校生──つまり作曲を始めたばかり──の頃、雅楽やオリヴィエ・メシアンのCDを買い、繰り返し聴き、「いつかこれらの特異な音楽を影響源として語ってやろう」とほくそ笑む者だった。しかしその試みは頓挫し、高校卒業後すぐにジャズミュージシャンに師事して初等から近代音楽理論を学ぶ道を選んだ。もちろん Parvāne にもその学習の過程で得られたものが存分に活かされている。筆者はLiturgy が──ディスとちょうど等量ほどの──過大評価を獲得している現状を見るに及んでも、「自分はああならなくてよかった……」としか思わない。西欧一神教の鬼っ子たる現代音楽と東洋の雅楽をオリエンタリズムまんまの仕方で溶かし込んで得られた物珍しさを商品とするハンター・ハント・ヘンドリックスのやり口に自分の作風が少しでも似ることがなくて良かった、と──実際、先述した現代音楽の既得権益性と雅楽のオリエント性を逆転させさえすれば、そのような音楽は日本人の私にも容易く実現可能となる。雅楽はともかくメシアンのことは今でも尊敬しているが、デューク本郷こと山口雅也が「オリヴィエ・メシアンの移調の限られた旋法をより完全化」したと称する著書を出していたように、メシアンは「既存の音楽をそのまま我が身に引き受けることすらできない屈辱を『超越性』で誤魔化してしまいたい」という欲望の持ち主から強い移入を受けやすい音楽家であることは疑い得ない。一方、私が Parvāne の2ndアルバムに活かすために分析しているのは専らバルトークの弦楽四重奏である。バルトークこそが世界各地の「民族音楽」を渉猟し「無調の民謡というものは無い」という結論に達した、「西欧」世界においてほとんど例外的に真摯な音楽家として尊敬すべき者であることは言うまでもない──。私は絶対に Transcendence など志向せず、凡俗の姿形をとったまま為しうるダンスの力にこそ人間の未来を見出す。これはもちろん山口百恵の遺した珠玉の作品群、および平岡正明がマイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンのアルバム、とくに『Sketches of Spain』と『Olé』を解題するにおいて「西欧史におけるイスラームの遺産」を常に加味していた事実とも響き合うものである。あとは諸氏による分析を期待し、歴史が百恵=正明、そして私の正しさを証明する日の到来を待つ。)
Integral Verse Patreon channel
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?