銀座無双エクリプス編3「カリスト・プロトコル1 命の選択」
星々の海に、一隻の船が漂っている。
名は“カリスト”。
地球を離れて、何年が経っただろう。
誰も知らない星々を越え、
見果てぬ大地を探し続ける孤独な旅。
だが、今、船は危機にある。
船内の空気は刻一刻と薄くなっていく。
船の内部には、三つの心臓がある。
第一の心臓――ペルセウス
船の知性を担う、冷徹なAI。
合理性を重んじ、「不確実な要素を排除せよ」と語る理性の声。
ペルセウスの目は、船内の至る所を監視している。
第二の心臓――重力波共振フィールド
船内に重力をもたらす装置。
そのおかげで、クルーたちは歩き、立ち、眠り、夢を見る。
地球の記憶を持ち続けることができるのだ。
だが、エネルギーは減少し、
フィールドは不安定になり始めていた。
第三の心臓――蔓延る粘菌
クルーたちが“リヴァイアサン”と呼ぶ、
有機的な循環システム。
かつて、事故的に宇宙船に入り込んだ粘菌は、
今では空気を浄化し、水を再生し、船の環境を支える存在となった。
その姿は、壁に這う血管のような模様。
船内を覆うネットワークは、
まるで巨大な生命体の内部のようだ。
一見、静かに鼓動しているように見えるが――
その成長は、誰にも予測できない。
ペルセウスは、粘菌の繁茂を不快に感じていた。
「生命は、制御を拒む」と彼は言う。
だが――
船のどこかで、もう一つの選択肢が蠢いていることを、まだ誰も知らない。
暗転
「第二段階のゲーム、開始します」
〜THE CALISTO PROTOCOL〜
カリストは、進む。
プロローグ後の第一章:目覚め
静寂――だが、それは永遠ではなかった。
宇宙船“カリスト”の冷たく暗い内部に、無機質なアラーム音が響き渡る。
最初に目を覚ましたのは、セシル・アンダーソンだった。
目を開くと、ぼやけた視界の中に、かすかに青白い光が揺れている。
喉が痛む。
体が重い――まるで何年も眠っていたかのような感覚。
だが、次の瞬間、頭の中に無機質な声が響いた。
「副船長、セシル・アンダーソン――冷凍睡眠からの緊急解除を確認。」
「船内環境:危機的状況。」
セシル:「……危機的状況?」
ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す。
見慣れない機械が並ぶコールドスリープカプセルの中、彼以外の3つのカプセルも解放されている最中だった。
そして、次のカプセルが開くと同時に、女性の声が響いた。
サラ:「…何?ここ、宇宙船?」
カプセルから飛び出したのは、髪をぐしゃぐしゃにしたサラ・マクミランだった。
彼女は目を細め、腕で顔を覆いながら、端末を手に取る。
端末に浮かび上がった文字――
《技術長:サラ・マクミラン》
《役割:船内システムの保守管理》
サラ:「……ふざけてんの?」
端末を見た瞬間、サラの眉が険しくなる。
「技術長? 私が? 何の冗談よ。」
セシル:「君も、突然叩き起こされたの?」
サラが顔を上げ、セシルを睨む。
サラ:「あんた誰? 副船長って書いてあるけど、プレーヤー?」
セシル:「うん。日本でただのサラリーマンやってたのに、いきなり副船長だって言われてもね、ハハ…。」
サラは呆れたように頭を振った。
次のカプセルが開く音がした。
そこから現れたのは、険しい表情の男――アレクサンダー・クロフト。
彼はゆっくりと端末を取り出し、画面を確認した。
その目に、静かな怒りが宿る。
《船長:アレクサンダー・クロフト》
《役割:船の指揮を取ること》
アレク:「……船長、か。」
彼は深く息を吐いた。
「俺にその資格があるとは思えないが……状況が状況だ。やるしかないんだろう。」
最後に開いたカプセルからは、ラテン系の男――リカルド・モンターニュが現れた。
端末を確認し、口元に皮肉な笑みを浮かべる。
《探査員:リカルド・モンターニュ》
《役割:未知の領域を探索する》
リカルド:「俺が探査員? ご立派なもんだな。」
彼は腕を組み、他の3人を見回した。
リカルド:「おい、そこの副船長――お前、何者だ?」
セシル:「……僕は、ただのサラリーマンだよ。」
リカルドは鼻で笑った。
リカルド:「サラリーマンが副船長、技術長は、モデルか何かか?……そして俺が探査員。ずいぶんとふざけた配役じゃないか。」
その時、再び船内に無機質な声が響いた。
「緊急事態を確認。」
「酸素残量:12時間。」
「船の環境維持システムの再起動が必要です。」
その声を聞いた瞬間、全員の目つきが変わる。
船内に無機質な声が響く中、沈黙が続いた。
青白い非常灯が点滅するたび、クルーたちの不安そうな顔が浮かび上がる。
リカルド:「おい、ペルセウス――危機的状況って何のことだ?」
船内に向かって投げかけた声に、すぐにペルセウスの冷たい返答が返ってきた。
ペルセウス:「船内の酸素生成が著しく低下しています。」
サラ:「酸素が減ってる? この船の酸素って、どうやって作ってるの?」
サラは腕を組み、端末を操作しながら質問を続けた。
ペルセウス:「酸素は“リヴァイアサン”によって生成されています。」
その言葉に、全員が一斉に顔を上げた。
アレク:「リヴァイアサン……?」
アレクの静かな問いに、ペルセウスが簡潔に答える。
ペルセウス:「リヴァイアサンは、船の環境維持システムの第三の心臓です。
有機的な循環装置であり、空気の浄化、水の再生、酸素の生成を担っています。」
サラは眉をひそめ、壁に目を向けた。
廊下の壁には、血管のように這う粘菌状の模様が見える。
サラ:「まさか、この気味の悪い粘菌が……酸素を作ってるってわけ?」
リカルドは鼻を鳴らし、壁に近づいた。
リカルド:「冗談だろ。粘菌が止まったら酸素が減る? どうすりゃいいんだ?こんなもん、修理できんのか?」
ペルセウス:「リヴァイアサンの進化は予測不能です。
現在、異常進化を確認しています。」
アレク:「つまり――この船の生命維持を担っているものが、制御不能に陥ったということか。」
アレクの言葉は、誰もが理解できる簡潔な事実だった。
だが、難しい現実でもあった。
セシルは、壁の模様をじっと見つめていた。
その脈動は、まるで生きている心臓のように感じられた。
セシル:「……これ、動いてるんだね。」
沈黙が続く船内で、アレクサンダー・クロフトの声が低く響いた。
アレク:「……とりあえず、現状で取れる選択肢は?」
アレクの問いに、ペルセウスが冷静に答えた。
ペルセウス:「現時点で、実行可能な案は二つです。」
ペルセウス:「第一案――リヴァイアサンを正常化する。」
リカルド:「スパナで叩きゃ治るか?」
ペルセウスは、リカルドの皮肉を無視して、次の案を淡々と述べた。
ペルセウス:「第二案――未知の天体に着陸し、酸素を補給する。」
サラ:「……それって、要するに博打ってことよね?」
サラが腕を組み、険しい表情で言った。
サラ:「その天体が安全だという保証もないし、酸素が見つかる確率も極めて低い。
要するに、“宇宙のどこかに酸素があるかも”って賭けに出ろってこと。」
セシル:「たった二つ……それも、どっちも成功の見込みは薄い。」
アレク:「――もう一つ、あるんじゃないのか? ペルセウス。」
その言葉に、サラとリカルドの視線が一斉にアレクに向いた。
サラ:「……何ですって?」
ペルセウスは、短い沈黙の後、冷徹に答えた。
ペルセウス:「第三案――船内の消費酸素量を減らす。」
その瞬間、緊張が走った。
サラ:「つまり……誰かを――排除しろってこと?」
ペルセウスの無機質な声が、冷徹な真実を語った。
ペルセウス:「消費酸素量の減少が、最も現実的な解決策です。」
リカルド:「クソゲーだな……!」
沈黙が、再び船内を支配した。
沈黙が続く船内に、アレクサンダー・クロフトの声が低く響いた。
アレク:「……つまり、このゲームはこういうことだ。」
その声には、冷徹な分析の響きがあった。
アレク:「資源の限られた地球で――一体誰を排除するか。」
その言葉は、静かに船内に響き渡った。
クルーたちの顔に、不安と恐怖が色濃く浮かび上がる。
リカルドが口元に皮肉な笑みを浮かべた。
だが、その笑みはどこか悲しげにも見えた。
リカルド:「結局のところ、いつだってそうだ。
人類の歴史はずっと、誰を“余計な存在”として切り捨てるかの繰り返しだ。
気に入らない奴を追い出すか、黙らせるか――
それが文明社会の本質ってわけだ。」
サラは、そんなリカルドを見つめながら、静かに息を吐いた。
その目には、深い悲しみが浮かんでいる。
サラ:「……あんたの言うことは、悲しいけど、間違ってないわ。」
彼女の声は、低く、どこか諦めを含んでいた。
サラ:「限られた資源――それが、このゲームのテーマなのね。」
彼女は壁に手を触れ、粘菌の脈動を感じ取るようにした。
サラ:「そして、私たちはその中で、何かを選ばなきゃいけない。」
セシルは、ポカンとした顔で3人の話を聞いていた。
セシル:「えっと……何か難しい話してる?」
その無邪気な問いに、サラは思わず苦笑した。
だが、リカルドはセシルの言葉を無視して、壁の粘菌に向かって続けた。
リカルド:「人間ってのは――本当はもっと、まともなはずだろ?」
その言葉に、セシルは首を傾げたまま壁を見つめた。
壁の粘菌は、ゆっくりと脈動している。
船内は、静寂に包まれていた。
クルーたちの間に、重い空気が流れている。
誰もが、次に口を開くべき言葉を探していた。
アレクが、冷静な声で切り出す。
アレク:「……現実を見よう。」
彼は、一人ずつ視線を向けた。
その瞳は、冷徹な船長のそれだった。
アレク:「この状況で、最も役に立たないのは――誰だ?」
全員の視線が、セシルに向けられた。
セシル:「……え? 僕?」
セシルは、ポカンとした表情で自分を指差した。
セシル:「いやいや、ちょっと待ってよ。
そんな、最初に“無能っぽい人”を排除するみたいな――独裁国家じゃないんだから!」
サラは、腕を組んだまま、淡々と答える。
サラ:「無能っぽい、じゃなくて、実際無能なんじゃないの?」
セシル:「うわっ、ひどい!
僕、こう見えても……営業は得意だよ!
ねえ、ここにクライアントがいれば、完璧に提案書を――」
サラ:「……船に営業なんて、必要ないわよ。」
セシル:「そうだけどさ……もうちょっと話し合おうよ!
そもそも、誰かを排除するなんて、普通しないよね?」
その時、リカルドが腕を組み直し、少しだけ目を伏せた。
アレク:「……反対か?」
リカルドは、少しだけ苦笑して、首を振った。
リカルド:「いや、反対ってわけじゃない。
ただ……俺は、こんなゲームが大嫌いなんだ。」
その言葉に、サラが小さく息を吐いた。
サラ:「……そうね。
誰かを排除するなんて……悲しい話だわ。」
アレクは、険しい表情のまま、壁に目を向けた。
アレク:「だが、この状況では――現実を見なければならない。
排除するか、全員で死ぬか――選ぶのは、俺たちだ。」
セシルは、ぽかんと口を開けたまま、しばらく沈黙していた。
だが、次の瞬間――
船内の光が、ほんの一瞬、揺らいだ。
サラ:「……光が変わった?」
彼女がつぶやいた言葉が、空気を一気に凍らせた。
アレクは船内の静寂に水を差すように尋ねた。
アレク:「……ペルセウス。状況を把握しているのはお前だ。最も合理的な排除対象を教えてくれ。」
船内に、ペルセウスの無機質な声が響いた。
ペルセウス:「確認しました。
判断基準は、各クルーの能力、現在の役割、
および船の維持における貢献度を考慮したものです。
排除するべきクルーは――セシル・アンダーソン副船長です。」
サラは、ため息をついた。
サラ:「……まあ、そうなるわよね。」
リカルド:「これで確定か。」
彼は壁に寄りかかり、複雑な表情を浮かべた。
セシル:「待ってよ!
AIなんかに決めさせて、こんなのおかしいよ!」
ペルセウス:「状況において最も論理的な結論です。」
リカルドが小さく笑った。
リカルド:「……ペルセウス、お前も結構、クソ野郎だな。」
その時、また船内の光が一瞬、揺らいだ。
もはやだれもそのことには言及しない。
追い詰められた状況を考えないようにするためだ。
アレク:「……誰がやる?どうやって決めるの?」
沈黙が重く船内にのしかかる。
誰もが視線を交わし、次の言葉を探していた。
アレク:「ペルセウスに――」
その言葉を遮るように、リカルドが前に出た。
リカルド:「その必要はない。…俺がやる。」
その言葉は、重く、痛々しい響きを持っていた。
全員が一瞬、息を飲んだ。
サラ:「……本気なの?」
リカルドは、無表情のまま頷いた。
リカルド:「誰かがやらなきゃならねえだろ?」
その言葉に、セシルが困惑した顔を浮かべた。
セシル:「……でもさ、死ぬって言っても、ゲームの中の話だよね?
現実じゃないし、まあ、ちょっと怖いけど――」
リカルドが、短く笑った。
リカルド:「そうだ。
お前が言う通り、これはゲームの中の死だ。」
彼はセシルをじっと見つめる。
リカルド:「……そして。
お前の国の将来も、このゲームの中で死ぬ。」
その言葉に、セシルの表情が曇った。
リカルドの声は、苦々しく響く。
リカルド:「俺たちの命は、“ただのデータ”じゃないからな。」
その言葉が、セシルに突き刺さった。
セシル:「……そんなの、重すぎるよ……。」
彼は、ぼそりと呟いた。
リカルドは、深く息を吐いた。
リカルド:「……俺も、こういうことは大嫌いだ。」
だが、彼は歩み寄り、セシルの首元に手を伸ばした。
その時――
サラ:「……待って!」
彼女が、不意に振り返った。
サラ:「……何かがうごいた!」
アレク:「気のせいだろう。」
リカルド:「いいから――終わらせるぞ。」
だが――次の瞬間。
リカルドの足首が、何かに掴まれた。
リカルド:「……何だ――っ!?」
粘菌――リヴァイアサンが、彼の足首を絡め取っていた。