インドの建築都市でコルビュジエの見た夢を思う
「セクター1はこの街の『頭部』である」
2019年夏に訪れたチャンディーガルという街の紹介文はこう始まる。
1950年に一人のスイス人建築家によってインドの北部にひとつの建築都市が造られた。
街は格子状に切り取られた「セクター」に分割され、各々番号を振られた。人体の有機構造に沿って、それらは頭部や「心臓」、「肺」といった身体機能にちなんだ特徴を備える。
まさに人間によるクリエイション、という言葉が浮かぶ。神の模倣というと少し大げさだろうか。
"creation" つまり「創造物」、この言葉を聞くと聖書を想起する人も多いかもしれない。
「神が創造したもの、宇宙や世界のうちのすべてのもの」という意味での creation とは実は17世紀以降の言葉らしい。
(実際の聖書では古英語である frum-sceaft という言葉が使われている。)
さらに、「人間の芸術によって生み出されたもの」という現在の僕らに馴染みのある意味でクリエイションという語が使われ始めたのは、1870年代以降フランスからだというのだから、比較的新しい言葉のようだ。
(Online Etymology Dictionaryを参照)
20世紀、まさにフランスで活躍する稀代の大建築家の壮大な夢は、現実のものになった。
「脳幹」にあたるセクター1には裁判所や議会、市庁舎が固まっている。
キャピトル・コンプレックスと呼ばれ、高等裁判所、議会会館、合同庁舎、様々なオブジェが堂々と並ぶ。(また投稿できたらと思う)
それらに囲まれた無機的な広場の最北部に、オープンハンドと呼ばれる都市の象徴となるモニュメントが大きな風見鶏のように飾られている。
(実際に風によって鈍く回転し向きを変える)
限られた旅程でこの街にいそいそと足を運んだ理由(わけ)は、コルビジエが好きなのは勿論だが、
それよりもひとりの人間の想像力が、何十万人の人間の日々の営みを形作るという、一見シンプルな嘘のような場所があることへの好奇心による部分が大きかった。
街の酷似したセクター間の道路は初見の旅行者には迷いやすく、おそらく当初の計画を軽く超えてしまった交通量で道は渋滞を極めた。
徐々に拡大する街のスラムは混沌と佇んでいた。
チャンディーガルはインドで最もクリーンな芸術都市といわれているものの、コルビュジエの提唱した「輝く都市」のイメージとはかけ離れたものというのが率直な印象だった。
特殊な宗教を背景とした階級制度や文化をもつ80万人の生活が行われる場はあまりに巨大だ。
なんとかその全体像に思いを巡らせようと試みても、それは脳内でぼんやりと塊を作っては拡散し、形を持たない概念でしかない。
少なくともそれは都市以上のものであって、個人が咀嚼し理解できる対象ではないように思える。
それはこの天才と呼ばれる創生者にとってもそうではなかったのだろうか。
セクター1は厳重に警備され、時間外に迷い込んだ僕は大きな機関銃を首に下げた警官によってぞんざいに追い出された。
「パーミッションはあるんだ、それにここには18時までは自由に入れると書いてあるじゃないか」
と食い下がると、怪訝な顔で応援を呼ぶ様子で、しばらくして銃器を積んだ装甲車が走り寄ってきた。
呆れたような両手をあげるジェスチャーをしてその場から逃げ出すように立ち去ったけれど、おそらく足はすこし震えていた。
オープンハンドはこの都市のもつスマートさと同時に平和の鳥をモチーフとして掲げられている。
ヨーロッパからこのアジアへと何度も足を運んだ建築家の巨大な一世一代の造型への思いが伺える。
そして、それだけではないと僕は思う。
どんなに天才と称され独創的で比類ない才能を持った彼にとっても、ひとりの人間としての「夢」は平和であったのではないか。
そしてそれは例え彼と何の縁もない南アジアの異世界であったとしても、その思いは共有され得たのではないか。
コルビジェの描いた創造とは、2021年に生きる僕にさえも伝播する夢なのではないかと。
現実にこの都市は様々な問題を抱えながら、実在する。
夕方の時間帯にはピンクや緑で怪しくモダンにライトアップされた議会会館の天井の無機的なモニュメントが80万人の生活を見下ろしていた。