ファッションとアートの関係性[ファッションリベラルアーツvol.14]
わたしたちが身に纏うすべての衣服は“デザイン”と“アート”に分けられます。
快適性を追求し、マイクロ繊維を使用した機能性素材による衣服は、紛れもなく“デザイン”です。
あるいは、かつて鉱山での採掘を行う際に作業着として使用されたデニムパンツも立派な“デザイン”といえます。
実のところ“デザイン”とは、問題解決のための手段として位置付けることができます。
例えば、今では列記としたファッションアイテムであるサングラスも、「北極圏における雪の照り返しによる強烈な眩しさの遮断」という問題解決のためにデザインされた道具でした。
わたしがこれを執筆しながら身につけているTシャツも、「アメリカ軍兵士がウール素材の暑い制服に耐えかねて生み出した服」であり、問題解決のデザインであることがわかります。
このように我々が身につける衣服の源流には、問題解決のための手段として生み出された“デザイン”領域のファッションアイテムが無数に存在します。
上記した“デザイン”に分類される衣服の共通項は問題解決のために“機能面”に注目されている点です。
あくまで全てが“道具”の延長線上で解釈され、使用されているのです。
しかし、どうでしょう。
我々の身の回りの衣服を見渡した時、この“デザイン”領域(問題解決としての服)だけではおよそ解釈することのできない衣服が存在するはずです。
単なる道具としての衣服という領域を超えた、これらの衣服こそが“アート”領域の衣服なのです。
そして、ファッションはしばしばこれら2つの領域をいとも簡単に越境し、わたし達を翻弄してみせます。
では、「何が“デザイン”領域で何が“アート”領域の衣服なのか」。
その鍵となるのが“アート”の本質とはなにかという議論です。
以下の写真を見てください。
あなたにはこれが何にみえるでしょうか。
「カエルの置物」と思った方が多いかもしれませんが、これは他でもなく「カエルのクラッチバッグ」です。
ほら、口の部分がこの通り(↓)。バッグにしか見えません…よね?
しかし、「これのどこかバッグなんだ!無理があるだろ!」と思った読者の方も少なくないでしょう。それもそのはずです。
持ち手らしいディテールもなければ、素材はプラスチックの合成樹脂。
我々が従来認識していた所謂“バッグ”とは、似ても似つかぬデザインです。
ところが、このバッグの本質とは、そこにあるのではないかと感じます。
「あなたの知るところの“バッグ”とは一体なんなのか?」
このバッグを見ていると、どうもこう問いかけられているように思えてきます。
このように観る者に、揺さぶりを与える存在こそが“アート”なのだと考えます。
先ほど“デザイン”とは問題解決のための手段と定義しましたが、
一方の“アート”とは問題提起のためのオブジェクトなのです。
“アート”領域における衣服には、ほとんど必ず「問い」が含まれています。
見るものに内省と新たな気づきを求めるのです。
このファッションにおける“デザイン”と“アート”の差異、それから各々の交差点を把握することで、衣服を捉える視点が一気に多層化していきます。
わたしが提唱する“ファッションリベラルアーツ”という知見もまた、ファッションを“アート”領域の視座で再解釈していこうという試みです。
当ブログを通じて、ファッションがわたし達に問いかけている声に耳を傾け、「あなただけの答え」を見つけていただければと思います。
↓カエルのバッグについて詳しく言及しています。是非。
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