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マルタン・マルジェラ引退の謎!-なぜ最後の革命児はファッション界を去ったのか-[ファッションリベラルアーツvol.05]

Maison Martin Margiela 20周年を迎えた2008年。
マルタン・マルジェラは突如としてファッション界を去りました。

ラストを飾ることとなった2009年春夏のコレクション。
彼は「引退」を告げることなくショーを終えると、そのデザイナー人生に静かに幕を閉じることになります。

“ファッション界最後の革命児”と呼ばれたマルタン・マルジェラはなぜファッション界を後にしたのか。
社会的に認められていく功績とは裏腹に、彼が抱えた葛藤。

今回の記事ではマルタンに関するいくつかの資料と証言をもとに、革命児の栄光と没落、そして引退の真相に迫ります。


Ⅰ. アンダーグラウンドな香りが漂うマルタンの魅力と哲学

マルタン・マルジェラがブランドとしての産声をあげた当時1989年。
80年代といえば、「過剰と享楽の時代」。
あらゆるものが過剰に消費され、派手でグラマラスなものが好まれる風潮が蔓延します。日本のバブル景気やDCブランドの登場、海外ブランドの上陸はこの象徴ともいえるでしょう。

そんな社会に風穴をあけるが如く現れたデザイナーが他ならぬマルタンその人でした。
メゾン・マルタン・マルジェラのブランドとしての姿勢が端的に現れたのが1989年春夏デビューコレクション。
モデルの顔は布で覆われ、ランウェイに敷かれた白いカーペットをモデルが歩くと、靴裏に塗られたペンキにより歩いた場所が赤く染まっていく演出。

続く1989年秋冬では、多くのメゾンブランドが厳格な大聖堂や美術館でコレクションを発表する中、現地の子供や家族が遊ぶ空き地でのショーを敢行。演出としての役者ではなく、現地の人々が日常を過ごしている場所で服を発表するという試みです。
“服”というデイリーに利用するものは、厳かな場所よりも人々の日常の中にあるべきという感覚と、ストリートに対する美意識を窺えます。

他にもマルタンの精神性を象徴する表現として有名な“四つタグ”や“足袋ブーツ”が挙げられるでしょう。
四つタグが生まれた背景としてドキュメンタリー映画「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」の中で次のように語られた場面があります。

『服を買いにくるお客さんがタグを見て「あの誰それが作った服!!」と盛り上がるそんな時代。その風潮が嫌でたまらなかった。だから、四隅を縫い留めた真っ白いタグにした。』

「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」より内容がわかりやすいよう翻案したもの

足袋ブーツに関しては、マルタンが初めて東京に来た際に見た“足袋を履いた作業員”からインスピレーションを得て制作したというエピソードが有名です。

このようにマルタンはそれまでファッション業界で重んじられた形式やブランド主義の一切に迎合しようとはしませんでした。

1年もの時間を費やして制作にあたった1989年SSのデビューコレクションは多くのメディアから批判的なコメントが寄せられますが、それは当時のファッション業界に大きなインパクトを与えた何よりもの証拠。
きらびやかで、優美なものが好まれる「過剰と享楽の時代」にマルタンが発表したのは、その真逆とも言える、薄汚くどこかアンダーグラウンドな匂いのする作品ばかりだったからです。
このファーストコレクションを『見たくないものを見た』と表現するメディアまでいたといいます。

ファッションの可能性を次々と提示したマルタンでしたが、時計の針が進むにつれ、その表現や作品を通底する哲学が徐々に受け入れられる時代へと変貌を遂げます。
「過剰と享楽の時代」に幕を閉じ、それまでの派手一辺倒な社会に対して内省的な時代に突入するのです。

あれほどマルタンを批判した多くのメディアは、表舞台に姿を表さない彼に対し「ミステリアスな男」や「見えないスーパースター」などとラベリングして報道することで、ブランドMaison Martin Margiela、デザイナー マルタンに追い風を吹かせます。
しかし、その裏でマルタン及びMaison Martin Margielaは着実に危機へと直面しようとしているのでした。

Ⅱ. アンダーグラウンドからオーバーグラウンドへの逆説的な“没落”

その危機とは、ブランドのクリエーションを支える金銭の不足です。
マルタンがエルメスのレディース・クリエイティブ・ディレクターに就任する等、着実にファッション業界で認められていく中、Maison Martin Margielaのブランドとしての規模も加速度的な拡大を見せます。
それまでマルタンが試みたクリエーションやコレクションの規模を維持・拡大するためには、それ相応の金銭が必要に迫られる状況に陥ったのです。

そこでMaison Martin Margielaに手を差し伸ばしたのが、ディーゼルなどを擁するオンリー・ザ・ブレイブ(OTB)の創業者レンツォ・ロッソ。
そう、Maison Martin Margielaが大手のファッショングループに買収されたのです。

ここで思い出していただきたいのが、マルタンのクリエーションに対する姿勢。彼は作品を通じて、ファッション業界で重んじられた形式主義やブランド主義に対するアンチを示していたのです。多くのメゾンブランドやラグジュアリーブランドをオーバーグラウンドな存在とするのならば、彼らは徹底したアンダーグラウンドの世界で表現をしていました。

にもかかわらず、大手のファッショングループの下についてしまったことで彼らは、強制的に表舞台へと立たされてしまったのです。
この買収を契機に、Maison Martin Margielaのコレクションのキャスティングは美しい女性たちが急激に増加し、顔を覆うようなわかりにくい表現は一切廃されることになります。

マルタンの中に商業性と芸術性に揺れ動く葛藤があったことでしょう。しかし、金銭的な問題を前にして、ブランドやクリエーションの継続はできません。
オンリー・ザ・ブレイブ(OTB)のレンツォ・ロッソによる買収劇。これはある意味、マルタンの哲学性を大きく揺るがす出来事であり、同時に彼に引退の二文字を突きつける大きなきっかけとなったのです。

Ⅲ. 現代的なファッションシステムとマルタンの不一致

買収以外に、マルタンの“引退”を促す出来事がなかったかといえば、そうではありません。
OTBによる買収後、ファッションショーにも“配信”というシステムが導入されるようになります。
マルタンは、映画「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」の中でこの時代の転換点について次のように触れます。

(配信の導入により、ショーの)現場のサプライズが失われていた。
(そのことについて)悲しい気持ちになり、新しい何かがはじまるが、そのニーズを満たせる自信がなかった。

「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」より内容がわかりやすいよう翻案したもの

マルタンが目指した、単に“アヴァンギャルド”とも“カウンター”とも違う複雑なファッションの表現が、ブランドを取り巻く環境や社会的な立場の変化、そしてファッションシステムの変更により、希釈されようとしていたのです。
デビュー当時のようなエッジの効いた作品を空き地で発表するような表現は難しくなり、現環境でのクリエーションの限界を目の当たりにします。

20年目のコレクションを制作・発表する頃には、Maison Martin Margielaのアーティスティックデザイナー的な立場に置かれ苦痛すら感じていたとも発言しています。
マルタンと時代や社会が噛み合わず、いやむしろ適合しすぎたあまり、彼は引退を決意したのです。
そう、彼はあくまで“ファッションデザイナー”であろうとし続けたのです。

Ⅳ. 師匠ゴルチエが考える引退理由とその考察

1984年。Maison Martin Margielaでコレクションを発表する5年ほど前にマルタンはジャンポール・ゴルチエの元でアシスタントとして仕事を始めます。彼の本格的な服飾の道はここから始まったと言っても過言ではありません。
タトゥーデザインのTrompe L'oeilを始め、マルタンの作品はジャンポール・ゴルチエの意匠を受け継ぐものが数多く見られます。

そんな師ゴルチエはマルタンの引退について

「(ファッション界を去ったのは)モラルというより創造性のためだろう

「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」より内容がわかりやすいよう翻案したもの

と言及しています。
真意はゴルチエのみが知り得るところですが、「創造性のために去った」という言葉には、前節で述べた「ブランドの現環境におけるクリエーションの限界」により「彼の創造性が自由に表現できなくなってしまったため」というニュアンスが強いのではないかと感じます。
しかし、この発言から確実に窺えることは、師匠たるゴルチエでさえ、引退理由について断言せず、「創造性のためだろう」と推測の域を出ないということ。

マルタン・マルジェラ。
ファッション界最後の革命児とまで言わしめる彼は、一体なぜ去ったのか。
その答えは、ベールに包まれたまま。まるでファーストコレクションのモデルのように、表情を見せようとはしません。


insomniaです。
本日もご覧いただきありがとうございます。

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