小さなお店の数字でみるコロナ(飲食編)
Ⅰ はじめに
全世界で現在までにコロナウィルスによる疾病により亡くなられた全ての方に哀悼の意を表するとともに、療養・治療中の方の一日も早いご快癒をお祈りいたします。
また病疫の最前線でご対応頂いている医療関係者の方への最大限の感謝を捧げますとともに、一日も早い病疫の収束を祈ります。
私は飲食店を何店舗か経営する小さな会社で管理部門を担当しているサラリーマンです。
普段は会計・財務・商品開発・印刷物作成・発注・システム回りなど、総務・経理などなど小さな会社ならではの雑用全般をする、いわば営業中の現場以外の全てに関わる何でも屋(つまりは雑用係)を生業としています。
昨今のコロナウィルス(COVID-19)に端を発する病疫によって生命的にも心理的にも経済的にも大きな社会的影響が出ていることは皆さんもご承知の通りです。
営業自粛や時短営業をしている多くのお店や、テイクアウトに通販などを始めたお店、少数ですが通常営業をしているお店、などなど自粛要請が及ぼす影響は様々で外部からも多様なご意見を頂くことも多い業界ではありますが、中で一体何が起きているかを知って頂くことが今後の何かを考える際のささやかな一助になればと思い、初めてnoteを書いてみることにしました。
今回のコロナ禍で激甚な影響を受けている最中の業種はもちろん飲食業以外にも様々あるのですが、我々飲食業界で何が起きたのかについて、とある架空の小さなお店の具体的な数値モデルをいくつか例示しながらお話してみたいと思います。
前提として業界外部の方や業界内でも数値関連職種でない方向けに、数値的なわかりやすさを第一とした内容となっておりますので、ご同業やご専門の方は色々業態やビジネスモデルごとにも、会計手法やキャッシュフローのタイムラグなど、あれこれツッコミたいところもあるかと思いますが、あえて簡易モデルで簡潔化した数値構造分析である旨はご理解いただけますと幸いです。
いわゆる事業者や会計士の使用する財務会計(簿記)形式ではわかりにくい方でもご理解いただけるように、できる限り数字の内訳の設計もシンプルにしています。
それと念のための注意喚起ですが、現在私を含め多くの業界の方がすさまじい苦境の中で、それぞれのお立場や見解の中でできることに取り組んでいらっしゃるかと思います。
その中でも数字は時に残酷な現実を突きつけるものでもありますから、特に現在ご心痛の大きな方には相当にセンシティブな内容を含みますので、本記事をお読みになることをお勧め致しません。
また業種業態ごとに様々な数値傾向はありますが、数字モデルはあくまで仮想のもので、実際に存在する特定の店舗とは一切関係ありません。
モデル想定しているのは小規模な薄利多売型の地方の人気繁盛店です。
私の勤務先は個人店ではなく法人であり、個人店モデルとは異なる課題も多いのですが、もちろん私の勤務先をモデルにしたものでもありません。
私が現在地方都市にいることもあり、東京の過去から現在ではなく、東京で起きていることを見聞きしながら地方都市で何が起きたのかについて、架空のお店の中の人という目線をイメージして記述しています。
なお基本的に本記事はあくまでも筆者個人の見解であり、特定の個人や業界や政党の意見に賛同や反対をする趣旨ではない旨も先に申し上げておきたいと思います。
図表も多用しておりますので、基本PCやタブレットでの閲覧を推奨しますが、スマホの場合は結構厳しいかもしれません。
トップ画像は無料写真素材写真ACさんよりダウンロードし加工したものです。
それでは上記をご理解いただけたものとして、早速本題に入りたいと思います。
Ⅱ とあるお店のモデル
ある地方の大都市の主要駅から徒歩数分ほどの立地に、いわゆるコスパのよいとされるような、一人3000円前後で楽しめる、超常連さんが週に1~2回くらい、リピーターさんが月に1~2回、ご新規さんもネットや口コミなどでちらほらという具合の、一般に繁盛店と呼ばれるような小さなお店がありました。
業態は居酒屋でもワインバルでもカジュアルで思い浮かべやすいお店を。
近隣の住民には割と知られていて、いつも賑わいがある3000円ちょっと位で満足できる近所にありそうな地域密着のお店を想像してみて下さい。
小さなお店で広さは20坪ないくらい、客席数はカウンターとテーブル合わせて16席~20席くらい。
レギュラースタッフが3人、あとは学生のアルバイトスタッフが店を切り盛りしています。
月の売り上げは300万円として、平均客単価(一人あたりのお客さんが支払うお代の平均)が3000円、つまり月に1000人にご来店いただいているとしましょう。
月に平均25日営業(週一休みと月一連休)とするとイメージとしては、平日なら2回転しない(約30名)くらい、週末は3回転近く(約50名)くらいのお客さんにご来店いただいているとすると、平日の売上は9万円くらい、週末は15万円くらいで、一日平均の売上は12万円ほどになるでしょうか。
このお客さんの数からすると週末は予約しないとそもそも入店が厳しいでしょうから、かなり繁盛しているようですね。
それでは数字でお店の中身を見てみましょう。
下記の表には前提となる各種数値項目が記載されています。
図表①
次にそれを2次元で可視化したものが下の図です。以降もこのパターンで図表を示していくことにします。
簡単な用語の解説もあわせて後述することにしましょう。
お客さんにできるだけ楽しんで欲しいというオーナーの想いからか、原価率(売上のうち仕入が占める割合)は40%のようです。比較的高めですからコスパがよいといわれるのも頷けます。
このお店の家賃は25万円、人件費はレギュラー3人とアルバイトの全員分で90万円、他に水道光熱費や電話代に消耗品に雑費を含めて25万円の販売管理費(売上を作るためにかかる費用)がかかっていますね。
するとこのお店の販売管理費の合計は140万円となります。
売上から仕入と販売管理費を支払って残る営業利益(粗利-販売管理費、すなわち本業で得た利益)が40万円、営業利益率(売上に対する営業利益の割合)は13.3%ですから、飲食業界では10%あれば優秀という説を採用するとかなり利益も出ているといってもよいかもしれません。
(もちろん計算方式にもよりますし、指標値も諸説あります)
店長=オーナーである場合、店長の給与の30万+営業利益の40万の合計70万が月の収入となりますね。
(正確には実際他の経費や借入金の返済に税や保険料もあるので違うのですが)
ちなみにこれは一般には薄利多売といわれるモデルといってもよいでしょうが、特に飲食業界で原価率40%というのはあくまでも高めであって、最近ではそれほど珍しくはないと思います。
売上に対する人件費と原価(仕入)の合計の割合をFL比率と呼び、業界内ではよく使われる指標値です。
単にFLやFLコストと呼ぶこともあります。
「F」はFoodで食材原価の意味で、「L」はLaborで人件費を意味します。
これが70%というのはかなり高い比率で、いわゆる薄利多売型です。
業態にもよりますが55%~65%程度が一般的でしょうか。
店長=オーナーである場合、この給与取り分を人件費やFLコストに含めるのかには議論があると思いますが、ここでは一旦置くことにしましょう。
昔は原価は30%が基本といわれていた時代もありましたが、むしろ現在その手法は現在の飲食店モデルとしてはかなり古くなっていると思います。
そのあたりの数値構造や経営手法は様々なバリエーションがありますので、こちらも今回は割愛します。
さて、このお店はもうオープンして数年経ちますが、お店はいつも元気に営業していて、オーナーは黒字になってしばらくした頃に結婚し子供も生まれたようです。
Ⅲ これまではどうだったか(損益分岐編)
このお店はオープンして半年目くらいから軌道に乗り、常連さんやリピーターさんが定着して認知され、ご新規さんも増えて、3年目くらいからは今のように安定して経営できるようになったようです。
ご存じの方も多いかと思いますが、いわゆる飲食業は競争が激しく開店してから3年持つお店は半数以下(諸説ありがますがおよそ3割程度)といわれています。
ですからオープンして数年が経つこのお店はローカルでは競争力がある程度あるお店であるとイメージしていただいてもいいのかなと思います。
では現在のこのお店の損益分岐を計算してみましょう。
会計的にいうと厳密には違いますが、ざっくりと販売管理費=粗利の状態が損益分岐ですので、一番簡単な方法で割合計算すると、このお店は原価が4割、粗利は6割ですから、今の販売管理費のままとすれば、販売管理費が売上の6割になるところが損益分岐となります。
本来はお店の状況により、特に変動しやすいアルバイトの人件費などは異なるはずですが、わかりやすさのためそのままで、計算も簡易的に単純割合計算で行います。
今回は 販売管理費÷0.6 でシンプルに計算します。
140万 ÷ 0.6 =233万3333円の売り上げが必要ですから
233万3333 ÷ 3000円 = 777.7人のご来店が必要なので778人で黒字です。
では、赤字から黒字に切り替わる、損益分岐点の売上で月が終わった数値モデルがこちらになります。
図表②
すなわち、当たり前ですが今の販売管理費で運営する場合、最低でも233万3334円≒778人分の売上がないと赤字になってしまうわけです。
前の①の図でお示しした現在の売上であれば、オーナー=店長である場合、店長の給与分+営業利益がオーナーの収入(繰り返しますが、正確には他にも経費や税に借入金の返済等もあるはずなので違うのですが)ですから、給与30万+利益40万=70万の収入となり、損益分岐の売上のころより随分収入が増えていることがわかります。
もしオーナーがお店に出ず、全てのスタッフを雇用している場合はオーナーの取り分は営業利益の中からとることになりますから、損益分岐以下の場合、オーナーの収入はゼロまたはマイナスになります。
ただし、図表②のこの数字は今の体制での損益分岐なので、おそらく開業当初はこの構造ではなかったはずです。
せっかくなので参考までに、このお店が軌道に乗ったというオープンから半年のころの数字を見てみましょう。
以前は夫婦(当時はまだパートナーでその後結婚妊娠出産で今はお店に出ていない)とアルバイトスタッフのみで運営していたと仮定して、その頃の人件費に調整したバージョンはこちらです。
二人のレギュラースタッフの人件費を25万(世帯で50万)を確保してアルバイトスタッフを10万円分としてみます。
いわゆる家族経営の場合、実態イメージとしてのオープン当初の損益分岐は実際にはこれに近いと思います。
図表③
図表①の現在(安定期)の売上は300万円、図表②の現在の損益分岐が233万4000円ですから、月あたりのお客さんの数でいえば、①が1000人、②が778人、③当時(達成した開業半年目)は612人ですから、当時からするとお客さんの数は随分増えているようですね。
この③の頃はこれくらいの売上でも二人で世帯あたりざっくりと50万ほどの収益があったことになります。
さて、お店もオープンして数年が経ち、妻は育児もあり現場を離れ、その頃に入店した後輩で元同僚のベテランのスタッフに加えて、最近では元々同じ業界でお客さんとして来てくれていた新しいスタッフも雇い、お店も安定して繁盛してきた頃オーナーは考えます。
色々あったけれどなんとか経営も安定してきたし、長く働いてくれているスタッフ①くんに2号店を出してもらおうか、それとも今のお店に設備投資してもっとやりたいことをするお店にしようか、改装中にはスタッフを研修旅行にも連れて行ってあげられるかもしれない、などと想像していた2020年の矢先に突然現れたのが、そうまさに渦中のコロナ禍です。
Ⅳ 感染拡大と加速する自粛要請・緊急事態宣言
ある日ニュースを見ていると、中国でコロナという聞きなれない名前の病気が流行し大変なことになっているらしいという話が飛び込みます。
うわー大変だなとは思いつつも、まだ日本だけでなく世界にその甚大な災禍が降りかかるとは、その頃にどれほどの人が想像していたでしょうか。
日に日に亡くなった人の数や中国の状況が報じられるにつれ、さらには中国の他の都市や外国に広まり、とうとう日本でも感染者が発生というニュースも報じられました。
どうやら東京が大変になっているようだ、こっちは大丈夫だろうか、と地方では不安になりつつも、まだ日常には特に変化はなかった頃です。
ただ、どこにもマスクが売っていないということを除いては。
そして地方でもトイレットペーパーが品薄になり、それが落ち着くかなと思い始めたころ・・・・・・
営業の自粛要請、医療崩壊、オーバーシュート、クラスタ、ロックダウンなど耳慣れない言葉がどのチャンネルやネットサイトでもあふれるようになり、東京を中心とする同業者や旅客観光業界その他を中心に悲痛な声が上がり始めます。
営業自粛に補償が、いや感染拡大が、などなど業界内外でも様々な見解が噴出し、それぞれの事情や立場ごとに意見が分かれ、分断や対立が起こり始めます。
これが2月後半~3月中旬にかけての頃で、まだ地方都市圏では日常が続きながらも、少しずつ客足に影響が出始めた頃ではないでしょうか。
3月中旬以降も暗い不安なニュースばかりが続き、先行きも不透明感を増す中である一人の有名人が亡くなります。
お笑い芸人の志村けんさんです。(改めてご冥福をお祈りいたします)
全国区の有名人でほぼ日本人全員が知る彼のコロナウィルスによる急な病死と、その後の緊急事態宣言の影響、全国の自治体から各所への自粛要請の波及と緊急事態宣言地域の拡大の流れは、もはや一週間も経たずに地方都市まで完全に伝播することになりました。
東京を中心とする関東圏からおよそひと月のタイムラグともに、全国の多様な業種が今回のコロナ禍による生命や実態生活や経済的影響に急激にさらされていくことになり、それは現在も続いています。
まったくもって先行きは不透明で収束時期も未定ですが、このお店にはどのような影響があったのでしょうか。
地方でも「どうも大人数の飲み会はよくないぞ」といった話が世の中に広まりだします。
でもこのお店は小さなお店だしなぁなどとオーナーは考えていましたが、どうもやはり売上が悪いと思っていると、どうやら来店いただいているお客さんは知った顔ばかりでご新規さんはほぼ見かけません。
その結果、月間のお客さんの人数は全体でいつもの7割ほどに減ってしまいました。(=お客さんの数が元の3割減少)
それではシミュレーションでみてみましょう。
図表④
①で毎月1000人だった来店客数が700人になると、②で損益分岐を出していた778人を下回ります。
結果赤字の発生です。14万の赤字ですね。
オーナー店長であれば、自分の人件費が30万計上されているので、差し引き16万は手元に残りますが月の生活費には足りるのでしょうか。
足りなければ当然自己資金(預貯金)から生活費を捻出することになります。
まぁこれくらいの赤字なら、こんな時のために今まで蓄えた運転資金も多少あるし、今までもいい時も悪い時もあったし、今ではお客さんもついてくれていることだし、あわてずしばらく持ちこたえればなんとかなるだろう。
14万 ✖ 3か月=42万 くらいの赤字ならば・・・
そう思っていた矢先、病疫は全国へ拡大し、行政の自粛要請が報道の中心となり、有名人の訃報や、東京での緊急事態宣言に続き、全国の主要都市も次々に緊急事態宣言の対象となります。
主要駅や商業施設の閉鎖なども相次ぎ、都市中心部では通勤以外の人は凄まじく減少していきます。
スーパーやホームセンター、昼間の公園には子供をはじめ多くの人がいるけれど、夜の街は不気味なほど静かです。
さすがにここにきて今までに無い不安がオーナーの頭をよぎります。
これは本当に大丈夫なんだろうか・・・・・
Ⅴ 自粛要請と緊急事態宣言は一瞬で世界を変えた
筆者が全国も含めた各所から実際に聞いている範囲ですが、1月以降の飲食店の売上については30~80%の減少はざらで、もっとひどい地域や業態もあるとのことです。
休業しているお店は他に副収入がなければ当然売上はゼロです。
今回は地方のお店目線で書いていることもあり全国の売上データや地方のニュース記事をご参考までにリンクしておきます。
いきなり売上が半減というのは通常ではまずないことなのですが、今回多くの店で半減では済まないレベルの売上減少が起きているのは紛れもなく事実です。
このお店のケースとして、半減した場合、30%まで減少した場合、一時休業した場合について、オーナーは従業員の生活もあるからと、どのパターンでも人件費は全額支払う決断をしたとしてシミュレーションしてみましょう。
ではお客さんが半分になってしまったケースです。
図表⑤
50%減少で今度は50万の赤字の発生です。オーナー店長の給与30万をとらず【生活費ゼロ】でもマイナス20万円ですね。
家族も子供もいますし、ゼロというわけにもいきませんので普通に30万を生活費として使うと赤字は当然50万円です。
これが毎月となると、3か月で 50万 ✖ 3=150万、半年ならその倍の300万の赤字です。
次に7割が減少するとこのお店は一体どうなってしまうのでしょうか。
図表⑥
70%減少で今度は86万の赤字の発生です。
これが毎月となると、3か月で 86万 ✖ 3=258万、半年ならその倍の516万の赤字です。
恐ろしいのは、これが3か月で済むのか、半年後なら大丈夫なのか、それが誰にもわからないということです。
緊急事態宣言が終わっても、お客さんが再び戻ってきてくれるのか、誰もその答えを知る人はいません。
営業を継続すること自体にも風当たりは強まり、同業者同士でも意見が分かれ対立さえ生まれる中、オーナーは熟考の末1か月の休業を検討することにしました。
従業員の生活も考えて給与は保証したいけれど、そうするとどうなるか計算してみることにしました。それが次の図です。
売上をゼロとすると、売上を基準とする比率では0で割ることになりますので元のエクセルの数値の一部が#DIV/0!となってしまいますが・・・・・・。
図表⑦
あくまでも自粛で営業を止めるのはお店の都合だから、レギュラースタッフの給与は当然として、シフトの決まっていた学生アルバイトの給与も全額払ってあげたい、その力が自分にあるのだろうかと電卓をたたいたオーナーの前に数字は残酷でした。
売上ゼロならば140万の赤字の発生です。
もはや毎月自動車が買えるほどの金額です。
これが複数店舗経営している会社だとしたらどうなるでしょう。
仮にあなたが会社の経営者だとしてこのお店を4店舗運営していたとしましょう。
すると人件費はすべてお給料として支払い、あなたの役員報酬はこの営業利益からとるわけです。
単純に4倍で計算すると、①の安定期なら毎月会社に50万×4店舗で200万の利益がもたらされ、そこから他の経費や、事務員さんのお給料を払うわけですが、③の場合ですとひと月で、86万×4店舗で344万円、④の場合140万×4店舗で560万の赤字に「プラス」して、あなたの報酬や事務員さんのお給料にあわせてその他の経費を「加えた金額」が会社の口座から減っていくことになります。
一体いくら資金があれば大丈夫なのでしょう。
もしこれが10店舗運営する会社であればどうでしょうか。
そしてこれはいつまで続くのでしょうか。
Ⅵ 経営手法と運転資金によるけれど
「Ⅳ 感染拡大と加速する自粛要請・緊急事態宣言」~「Ⅴ 自粛要請と緊急事態宣言は一瞬で世界を変えた」で ④30%減 ⑤50%減 ⑥70%減 ⑦売上ゼロ の4パターンについて簡易シミュレーションしましたが、このモデルでは実際には人件費の割合が最も大きいため、一般的にはこの削減をしようと考える経営者も存在します。
ただ、この小さなお店の経営者は「それをしない」を方針としたので、特に赤字が大きくなっています。
当然個別具体の事情も判断もそれぞれ事業者ごとに異なります。
例えばこのお店の運転資金がいくらあるかによってもとれる対策はかなり幅がありますが、単純に赤字(現金流出)にどれくらい強いかで考えると以下のような表になります。
ABCDとそれぞれ月売上の任意の月数分の運転資金がある場合に、④30%減 ⑤50%減 ⑥70%減 ⑦売上ゼロ のパターンが特になにもせず現状と変わらず続くとしてどうなるかを簡易的に計算したものが上の表です。
最も簡単にいえば、支払不能=倒産です。
上の表で( )つきの赤字がマイナスの部分ですから、そこで資金が尽きて倒産しますし、その前に資金繰りの悪化により支払遅延(取引先への支払や給与の遅延)が起こります。
数年経って繁盛しているこのお店も今の資金繰りですと、早ければ2か月~4か月で潰れてしまうことになります。
特に売上が半分以下になった時の現金残高の減りは恐ろしいものがあります。
飲食業の場合、これも諸説ありますけれども一般に運転資金として月売上の2か月分があれば安定するといわれています。
実態としては小規模事業者の場合は1~1.5か月分あればわりと資金余裕があるほうで、実際は1か月弱のところも多いのではないかと思います。
ほとんどの小規模事業者はAかB、またはよくてもCのパターンで、Dまたはそれ以上資金余裕がある事業者はそれほど多くはないのではないでしょうか。
しかし今回のケースでは2か月分の運転資金がある安定ラインといわれる資金量でも相当危険な状況です。
法人でなく個人の場合は、運転資金と自分の預金はほぼ同じ意味になりますので、単純に預金が多いとしても赤字となればそれを食いつぶすのと同じです。
個人事業であれば、事業資金=全財産(ただし現預金)といっても過言ではありません。
しかも、大体の場合はすでに事業資金を借金していることが多いのです。
創業時期に借入をしているとすれば、およそ5年~7年くらいで返済期間を組むことが多いと思いますので、開業から数年はまだ残債があることでしょう。
それを踏まえてみると、家計のお金が激減し、下手をするとゼロやマイナスになるということなのですが、その意味でもう一度上の表を見てください。
お店のお金ではなく家のお金を含めた全ての残高がその動きをするということの意味がわかりますでしょうか?
オーナーはもちろん、その妻と子供、スタッフとその家族の生活も、この小さなお店には多くの人の人生に連なっているのです。
さてこの状況でオーナーにはどういう選択肢があり、どのような行動をするべきなのでしょう。
この先行きの不透明な中、果たしてそこに共有可能な正解ともいうべきものは存在するのでしょうか。
Ⅶ 働いている人たちはどうなるのだろう
経営は経営者の数だけあるともいわれますし、王道はあっても正解はないと個人的には筆者は考えていますので、何かについてそれをするべきかそうでないか、についての議論はここで行うつもりはありません。
赤字を減らすために何をするかには様々な選択肢があります。
今回は詳細は割愛しますが、基本的には粗利(≒売上)を増やすか、経費を下げるかの2種類とその合わせ技になります。
他に体力的な意味では資金調達(融資=借入=借金)という方法もありますが、当然赤字のままではいつか資金が枯渇します。
もちろん今までにお示した資金繰りは現状維持の場合の簡易モデルですから、それらの手法により事業が継続できる可能性はかなり変わります。
しかし残念ながらお店が無くなれば、結果として全員が職を失うことになります。
このお店がもし雇用保険に加入しているなら、加入している従業員には失業給付などのセーフティーネットがありますが、オーナーにはありません。
アルバイトなど非正規雇用の人も一般には対象とならず、下手をすると個人店の場合はレギュラースタッフでさえその対象から漏れてしまうことさえあります。
世間にはいろんな環境で生活している人がいますので、個人ごとの自分がどうかはとても大事ではあるのですが、そうでない状況の人もいるかもしれないという視点も大切かもしれません。
このお店ではアルバイトの人は学生さんですから、親が経済的に安定していれば経済的な支援は受けられるでしょう。
しかし、残念ながらそうでない人もいます。
レギュラースタッフにも家族や子供がいるかもしれません。
よくセーフティーネットとして「生活保護」を口にする人もいるのですが、これはいわゆる「最後の砦」でして、実際に生活保護を受けるための支援に携わった一部の人を除けば、とても実態を知らない他人事のような主張も多く、そんなに誰でも簡単に受けることができるとは限らないし地域差もあるものです。
話の本筋からそれますのでこちらも詳細は割愛しますが、本来はまず仕事を失うことを防ぐのが先という考え方もあるのではないかとだけは申し上げておくことにしましょう。
Ⅷ これからのことはまだ誰も知らない
今回のコロナ禍は100年に一度レベルの災禍という呼ばれ方をしたり、過去の「スペイン風邪(インフルエンザ)」などの過去の流行病を引き合いに出されたりすることも多いのですが、何よりも一番厄介なのは、治療法やワクチンも確立されておらず収束時期が全くわからないということです。
つまり店舗の生命線としての資金繰りについて基本的に中長期では予測は困難であり、短期的にも相当危機的な状況にあるお店が相当数存在しているとも言えるでしょう。
自粛要請や緊急事態宣言によって、各事業者ごとに様々な選択と行動をしているのですが、業界の誰にも何が正しい選択かを語ることはできないのではないでしょうか。
業界の外からも様々な意見が出ますが、自粛要請はあくまでも要請ですから、法的な強制性も罰則もなく、あくまでも各自の見解を前提とするモラル論の対立が日々起こっています。
これは業界内でも同じです。
私はこの国は一応法治国家であるという認識ですので、違法行為をしているのでなければ議論はあってもよいが、圧力や実力行使でそれを阻止しようという考え方には基本的に同意できないと思っています。
これは当然に違法でないのだから営業したいものは営業するべきであるという趣旨ではありませんし、何があってもどんなかたちでも絶対に営業するべきでないという意味でもありません。
あくまで法的拘束力のないことを、考え方の違う人が何らかの力によって別の人に強制するということは、いかに緊急事態であっても良いこととは思えないということです。
(法的拘束力があるものはそれ自体に思うところがあっても別です)
今私を含め、おそらく全国、いや全世界の皆さんが不安の中にいます。
その不安から生まれるストレスが人から健全な思考を奪い、極端な結論と正義を生み出してしまうこともあるかもしれません。
しかし正義というものは本質的には立場の違いというべきもので、ある正義の反対には別の正義が存在するのも過去の人類の歴史を見れば想像に難くないとも思います。
大切なことは病疫の収束のために何が必要かを考えることだったはずです。
そのためにはまず何が起きているかを知ることではないでしょうか。
そのヒントになるかどうかさえわかりませんけれども、まずは私のいる業界で起きていることをお知らせすることが何かに役に立てばよいのですが。
Ⅸ おそらく今後書くこと、所感
私の仕事の状況にもよりますが、最近テイクアウトにもいろいろ業界内外で様々な話が出ているので、余裕があればこのお店がテイクアウトを始めるとどうなるのか、くらいまでは書いていきたいとざっくり考えています。
今回は会計専門の方や業界の詳しい方向けではないので、キャッシュフローにおける掛取引のタイムラグや、途中で何か対策した場合の補正、個人モデルの人件費やFL比率である場合に店長=オーナーの人件費を計上することの是非、本来発生が予測されるその他の経費科目などなど様々な突っ込み所満載なのは充分に承知しておりますので、その手のお話は是非お手柔らかにお願いしたいと思います。
行政支援を含む、助成や補助、融資などを含めて経営を支えようとする場合どうなるか、などもシミュレーションして解説する気持ちもないわけではないのですが、キャッシュフロー含め煩雑になりますのでどこまでできるのか、正直今のところは何も決めていません。
おそらくですが、今後もnoteではそのような精密なものは書かないと思いますし、あくまでも簡易的なモデルについて記述することになるでしょう。
(仕事では当然より実情に沿った正確な試算をしています。念のため。)
今回画像作成のために作成したエクセルは各事業者モデルごとに数字を変更できるようにして後日公開予定です。
単純計算なので実務的には問題がありますが、簡易シミュレーション程度には使えるでしょう。(もちろん公開する際は無料で行います)
率直に書きながら考えたことですが、もともと数値関係の話はどこかのなにかの媒体で書こうとは思っていました。
私の勤務先はインバウンド向けのお店ではありませんでしたが、昨年末からのインバウンド減少なども、そちらに特化したお店には大きな影響を与えていましたし、そもそも増税による影響もありましたので、そのうち何か書くかなくらいの気持ちでした。
勤務先も正直なところある程度備えはしていたとはいえ、予測以上に事態は深刻でして日々対応に追われています。
結果として最初に書くのが今回のような話になるとは露も思わず、前向きさを失ってはいませんが、正直なところ辛く悲しい気持ちは大きいです。
業界の友人知人から融資や補助に助成を含め、資金関係の相談がこれほど集中的にきたことも、業界に入って10年超となりますが初めてのことです。
それが開業など明るい話であればよいのですが、悲痛な声が現実でも、SNSでも日々届く毎日です。
特に今回のコロナ禍では人が集まることのリスクについて情報が飛び交うとともに、飲食に限らず人が集まることで利益を生んでいた事業ほどダメージが大きいという特徴もあり、あえて繁盛型の小さな飲食店をモデルとしましたが、これはそのまま業界全体に波及している問題でもあります。
そんな同業者の中でも、何とか経営努力で外販など様々な取り組みを始める人や、あえて日常だけを語り明るく振る舞う人もいますし、最近では様々な事情から沈黙を保つ人もかなり増えたり、休業中に時間を持て余す人もいれば、スキルアップに邁進する人もいます。
皆不安の中をそれぞれの立場でそれぞれができることをやっていることと思います。
これは書くべきか特に悩んだ部分でもあり、多くの方にはあてはまらないことのほうが圧倒的に多いとは思うのですが、特に本業では飲食をされていない方(異業種の一部門など)や、業界外の方の一部に最後にお伝えというか、お願いしたいことがあります。
昨今SNS等で基本的に善意から発信されると思うのですけれども、こうすればいいといったアドバイスなどは業界内の多くの人にとって大変ありがたい側面もあるのですが、なぜこうしないのかといったご叱咤も含めて、正直な所、各事業者や業界の事情を踏まえないものも多く、法律的な側面からできないケースなどもあり、各現場を必死に守っている人たちを傷つけることもあるという視点には是非ご配慮いただけますと幸いです。
もちろん公的なものや法令・許可関係など有益な情報をまとめて公開して下さっている方もいらっしゃるので個人的にもそのような業界向けの情報発信には同業の一端として大変感謝しております。
また、多くの同業者が破綻するからその後にチャンスがあるなどといったビジネス的ポジショントークのようなものも、どうせ破産すればチャラ、ポジティブ破産などといった軽々しい言説も、現在苦境の中でできることに必死で取り組んでいたり、まさにそのような債務整理の最中の方もいらっしゃるわけで、そうのような文面がまさに今そのような立場におかれた方々の目に入るかもしれないという想像力もお忘れないようにお願いしたいと思います。
現在は平時ではないのです。事情も状況も各事業者ごとに様々です。
まさに災禍の中で被災ともいうべき深刻な状況にある方が大勢いらっしゃいます。
最前線の現場ではないにせよ、その意味では私もまたその一人です。
比較できる類の話ではありませんが、東日本大震災の際にご自宅を失った壮年の男性が、「失った家はまた建てたらいい」という趣旨の言葉を発せられた映像を報道でご覧になったご記憶のある方も多いかもしれません。
ただ、その類の言葉は正に当事者が発してこそ力がある言葉なのであって、被災で甚大な影響を受けたわけではない方が当事者に投げかけた言葉だとしたらどうでしょうか。
価値観は人それぞれとはいえ、大切なものをすでに失ったり、失わないために壮絶な努力を積み重ねている人が沢山います。
平時ならばよいというわけでもないのですが、大切なものを必死に守ろうとしている最前線にいる人に届くかもしれない言葉については、是非深呼吸してご一考いただいた上でご発信下さると幸いです。
初めてのnoteは1万3000字を超える長さとなってしまいましたが、ここまでお読みくださった全ての方に感謝いたします。
それではこの病疫が一日も早く収束することを祈願して、ひとまずは筆を置くことにしたいと思います。
※ 2020/04/25/19:11 (誤字脱字・太字等について修正しました)
2020/04/26 本記事の補足とエクセルの公開に関する記事をUPしました。
2020/05/07 テイクアウト編をUPしました。
基本的に記事や配布物は全て無料の方針です。 もしご支援を賜った場合は飲食業をはじめとする今回のコロナ禍で甚大な影響を受けた業種に還元し記事作成に資するよう使わせて頂きます。