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普段着のスーツと真新しいスーツとこれからの僕と

小春日和と呼ぶにふさわしいある春の日。まだ真新しいスーツに身を包み、長い坂道を登る19歳の僕がいた。「やっと大人になれる」そう思っていた。これまで身に纏ったことのない少し光沢のある紺色の生地と細めのストライプが、浅はかな思いを後押ししていたのだろう。

今となっては「大人になる」なんて簡単なことではなく、もはやどこからがどう大人なのかなんてわからないものだと知っている。定義が非常に難しいので、「大人になる」を年齢で定義するのには納得がいく。それほど難しいこととはつゆも知らないスーツの若者はぐんぐんと坂を登っていった。

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大学まで片道2時間。往復4時間の電車の旅。旅から帰ってくると行き着く間も無く、バイト先の塾に駆け込んで働く。そんな日々を繰り返していると着替える時間ももったないと感じた。めんどくさがり屋の僕は、どうせ着替えるならと大学にはスーツで行くようになった。

普段着がスーツの日々が1年半くらい続いた頃、学習支援のボランティアを始めた。偶然か運命か、幸か不幸か、そこでもスーツが指定されていた。寝巻きのジャージを着ているよりもスーツを着ている時間の方が長い日々が始まった。
いつしかボランティアではなく、学生であるもののNPO法人の職員という立場になっていた。スーツが普段着の生活を数年も続けていると、いつしかハリがあった生地にはシワやほつれが目立つようになった。

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擦り切れるほど着ていたスーツ。あれほど普段着として愛用していたのにくたびれたままクローゼットの奥底に暦3周分ほどの時間置き去りにされていた。子どもたちと話したり、遊んだりすることが仕事になり、むしろフォーマルさが邪魔になる生活をするようになった。普段着はスーツではなく、文字通りの普段着となり、その服装が仕事着になっていた。

けれど、1年前のセミも少しずつ店じまいを始めた頃、真新しいスーツに袖を通した。大人一人がようやく入れる箱の中で真剣な表情でフラッシュを浴びている僕がいた。

企業には馴染まないであろうNPOでの経歴を書き連ね、必死に自分の能力と経験を伝えようと職務経歴書をつくった。多くの人が通る就職活動という道を周回遅れで進む覚悟を決めたからだった。

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「スーツを着て働くちゃんとした社会人」になると覚悟決めたはずだった。多くの人が歩く道を歩いていくのだと思った。職務経歴書を書き、面接の準備をする自分と裏腹に今までのことを思い出す。

家庭の経済的理由で進学を諦めざるを得なかった子。学校に馴染めずに勉強がわからなくなってしまった子。両親との関係に悩んでいると話してくれた子。どうして勉強をするのかを一緒に考えた子。

ひとりひとりの顔が浮かぶ。10年のうちに出会ったたくさんの子どもたちとの時間が、その当時の感情が僕のどこかにこべりついている。

「生まれ育った環境に関わらず、子どもが当たり前に育ち、学ぶ社会」を諦めたくない。諦めてはいけない。躊躇いとうしろめたさは真新しいスーツと一緒にクローゼットにしまっておくことにした。

「やりたいことをやろう。やるべきことを続けよう」そう誓った。

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学力の遅れや家庭環境があまり良くない小学生、中学生に学習支援をしているとふと思ったことがある。「学びを届けても、その先でこの子たちは自分の力で生きていけるのか」と。

早い段階での学びや育ちの支援は絶対に必要だ。しかし、その支援から漏れる子はこれまらも生まれるだろう。また、子どもたちが大人になったときに経済的にも精神的にも自立していることが必要になる。そうなっていなければ結局貧困の連鎖から抜け出せず、根本的に解決したとは言えない。

そう考えていたこともあり、1年前からCLACKで働き始めた。CLACKは、困難を抱える高校生に無料でプログラミングとキャリア教育を届けている。


この1年、ずっと教室にいた。高校生が成長していく姿を見るのは嬉しいし、心強さすら感じる。時折悩みながらも、未来を切り拓こうとしている姿はたくましい。自分も負けてられないなと思わせられる。

こんな場所をもっと増やしたい。「どんな環境に生まれ育ったとして、子どもたちが当たり前に育ち、学び、生きていく」そんな社会をあきらめたくない。

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井上 泰孝|Yasutaka Inoue
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