ツィゴイネルワイゼン
ツィゴイネルワイゼン - 鈴木清順 1980年公開
今年の夏はたくさん悪夢を見た。具体的な内容は覚えていないのだが、何か心理的な圧迫で夢から追い出されるように夜中に眼を覚ますことも多く、いつも非常に嫌な感覚だけがその後もしばらく残った。水を飲んでも喉の一番乾いた部分に吸収されていかないように感じられ毎度気が滅入った。気温差の変化についていけなかったというような単純な肉体的問題が原因だったのかもしれないが、とにかく疲れた夏だった。
夏の初め頃、毎年ツィゴイネルワイゼンを観返す。別に時期を選んでいるわけではないのだが、気温がだんだんあがっていく頃合いに、ふと観ようと思うことが多い。本や漫画、音楽など、すべてにおいてそうだが、何かひとつだけを自分にとってのベストとして据え置くことはとても難しい。しかしこと映画に関して言えば、ツィゴイネルワイゼンは完全に俺のマスターピースであり、これが覆されることは多分一生なさそうである。外の暑さを置き去りに、クーラーをつけた暗い部屋で一人この映画を見ているとなんだか自律神経が整っていく気さえする。
ツィゴイネルワイゼンのストーリーは説明するのが難しい。陸軍士官学校の教授・青地の視点を中心に、青地の元同僚である中砂(なかさご)との交流が大枠の骨組みとして描かれるが、そこには生 / 死、性、夢 / 現 といった感覚を具現化したような突飛な描写や受け手の解釈に差が出るような展開が散りばめられており、「起承転結」の継ぎ目が非常に曖昧だからだ。夢は大抵、いつ始まったのかわからないし目覚めるという結末以外はすべてがあやふやだ。夢のようでもあるツィゴイネルワイゼンのストーリーはだから、説明が難しい、というより説明することにあまり意味がないのかもしれない。しかし、ではこの映画が最初から最後まで取りつく島もない作品なのかというと、そうではない。そもそもツィゴイネルワイゼンは内田百閒の短編小説 「サラサーテの盤」と「山高帽子」を下地としていて、その他の百閒の短編作品の内容も継ぎ接ぎされたように登場する。夢のようではありながら、どこか一貫したものがあり決して観る者を試すような難解さにはなっていない。内田百閒の短編は怪談、悪夢的な質感をもつ作品が多く、その百閒の世界を感覚的な手法で編纂して再構築した鈴木清順の世界、という明確な基盤がツィゴイネルワイゼンにはあるように思う。百閒原作には存在しない映画オリジナルのシーンでもこのバランス感は一貫していて、だからこそか、感覚的ではあるが同時にすべてのシーンが必然性を帯びて繋がっているように、自分には映る。
食事シーンが良い映画はすべて名作という持論があるのだが、ツィゴイネルワイゼンにもうなぎ、精進料理、蕎麦、すき焼き、水蜜桃、麦酒、とたくさんの食事シーンが登場する。これも「御馳走帖」という食べ物特化の本まで出していた百閒の世界観の再構築だろうか。
ツィゴイネルワイゼンの舞台、鎌倉は山に囲まれた地形なので、外界との窓口として山をぶち抜いて作られた切通しと呼ばれるトンネルが点在している。交通や物資運搬のために重宝されたのはもちろんだが、戦の時の重要な防御地点として多くの人が死ぬ場所でもあった。鎌倉在住の友人に聞くところによると、切通しは大体どこも心霊スポットになっているらしい。
映画の中では象徴的な場所として「釈迦堂切通し」が登場する。生と死、夢と現の境目になるような印象で登場するのだが、それでもやはりその解釈が正しいのか判然とはしない。この判然としなさ、はツィゴイネルワイゼンを形作っている重要な要素だと思う。考えてみれば怪談話などの不気味さなんかも判然としなさからくるのではないか。
ツィゴイネルワイゼンのレコードに吹き込まれたサラサーテの言葉は判然としない。中砂が旅先で女を殺したのかは判然としない。小稲の弟の骨がなぜ赤くなったのかは判然としない。青地が周子と聞いた声が誰のものだったのかは判然としない。妙子が何を見たのかは判然としない。戸棚に鱈の子があったのかは判然としない。中砂と周子の関係は判然としない。青地と園の関係は判然としない。山盛りのちぎりこんにゃくが判然としない。家の屋根に誰が石を投げたのかは判然としない。門付3人組の最期がどうなったのかは判然としない。青地の枕元の水が何故なくなるのかは判然としない。小稲が本当は誰なのかは判然としない。豊子がいないのは幼稚園に行っているからなのかは判然としない。誰が生きているのかは判然としない。
俺が見た悪夢がどんなものだったかは判然としない。俺がツィゴイネルワイゼンをこれからも何度も観ることだけが、はっきりとしている。
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